12-2
「所長、どうします?」
「どうもこうも……予定通りにするしかないだろ?」
「ですよね……レデリックさん、よろしいですか?」
「ん?ああ、いいぜ。あの子と一緒に行けばいいんだろ?」
「ええ。お手数をかけますが」
「いいって。指名依頼扱いで報酬と評価をキチンと処理してくれれば」
「はは……」
それじゃあ、と少女をダンジョンへ、と思ったらそのダンジョンの方から悲鳴が聞こえてきた。
「何だ?!」
「それが!ホレスたちのパーティが!」
「昼前に入った連中だよな。どうした?」
「瀕死の重傷……うわああああっ!」
「何だ?!」
「ま……魔物が出てきた!」
「何?!」
ダンジョンから魔物が出てくることは無い。これはこのダンジョンに限らず、世界中どこのダンジョンでも同じ常識だ。もちろんダンジョンの外にも魔物はいるのだが、ダンジョンの中にいる魔物と外にいる魔物は、同じ種類の魔物でも別物というのが常識。そしてダンジョンの中の魔物はダンジョン内に充満する魔素とか言う物が無いと生きていけないとかそういう研究論文をどこかの国の偉い魔導師が発表しており、だからこそダンジョンから魔物が出てくると言うことは無い。それがこの場にいる者のみならず、世界の常識であった。が、それが覆されたとなると大事件だ。
「何が出てきた?!」
「ハイオークが三体」
「行くぞ!」
「おう!」
少女の護衛というか監視(?)のために集まってもらっていたレデリックたちはベテランぞろい。ハイオーク程度に怯むこともなくすぐに武器を手に駆けていった。
悲鳴……そして、ギルド職員が駆け込んできて何かを叫んで、私の近くにいたハンターたちが武器を手に飛び出していったので、そのあとに続いて外へ。
騒がしいのはダンジョンの方向……ありゃ、ダンジョンから魔物が出てきちゃってる。と言うことは結構ヤバい感じかしら?出てきているのは……ハイオーク?よくわからないけどオークの上位種とかそんな感じだったと思う。今までにダンジョンの中で倒したような記憶もあるけど、いちいち確認してないからなんとも言えないけど結構強い魔物だったはず……ああ、向かっていったハンターさんたちでどうにかなりそうね。
それじゃ私がすることは、そのハイオークに追われてダンジョンから飛び出してきた四人の治療かしら。
レデリックたちがハイオークに向かい武器を振るう横からホレスたち四人をどうにか引きずって距離を取る。
「何があった?」
「それが……いきなりあんな……襲われて……それで」
「ああ……うん。落ち着け……落ち着け……俺も落ち着こう。もう大丈夫だ、レデリックたちなら何とかしてくれるから」
四人の状態はとにかくひどい。中でも一人、完全に意識がないのを無理矢理引きずってきていたのだが……腹にひどい傷を負っていて、顔には血の気がなく、とてもじゃないが助かる見込みはない。
「すまないが……その……」
助からない、助けたくても助けられないと告げようとしたら、少女が割り込んできた。
「え?おい」
何をするんだ?と問うより早く少女は無造作に傷口に手を突っ込むとそこからバキッと音がして、傷口に食い込んでいたらしい鎧の破片が取り出された。
「は?」
駆け出しハンターの防具など大した物では無いが、それでもそこそこ厚みのある鉄を難なくへし折った?
一体何が起こっているのかと思っていたら、さらにそこに非常識が降ってきた。
申し訳ないけど、一刻を争いそうな人がいるので、ギルドの職員さんを押しのけて状態確認。傷はかなり深く、曲がってしまった鎧が傷口に刺さっているのでこのまま治療してはダメと判断。ハンターの装備品ってそこそこお高いのは知ってるけど命あってのなんとやら。エイヤと手を突っ込んでバキッと折って……よし、大丈夫ね。
「ヒール!」
面倒なので周りにも届くようにかける。多分だけど、ギルド職員さんの肩こりや腰痛も治ると思う。一時的なものだから、姿勢とかストレスとか気をつけないと再発すると思うけど。
ダンジョンから出てきちゃった魔物の方は……うん、片付いてるね。
私が今までに見たことのあるハンターって、村がゴブリンに襲われたときに来た四人と、王城で会ったギルドマスターの人と、リンガラのダンジョンで助けて回った人だけで、こうして魔物相手に戦ってちゃんと勝ったのを見るのは初めて。そして五人とも特に全力出してギリギリの勝利というわけではない辺り、結構強いのだろうと思う。
さて、状況把握はこんなところかしら?そろそろダンジョンへ入りましょうか。
「おい、大丈夫か?」
「げふっ……げふっ……ぶはっ……ここは……外?」
口から大量の血を吐いたので、一瞬不安になったが、喉にたまっていた血らしく、すぐに呼吸が落ち着いて、周囲の状況も把握出来たようだ。
「ああ、外だ。大丈夫か?」
「え……ええ……大丈夫って、何だこりゃ!」
全身血まみれで口からも血を吐いた直後なら確かにそういう反応も致し方なし。だが、特に問題はなさそうだと判断したバイルズは、やれやれといつものように腰を叩きながら立ち上がろうとして、その手を止めた。
「腰が痛くない」
「あ、バイルズさんもですか。俺も肩の痛みがすっかり消えてまして」
「え?どういうこと?」
「あの子がさっきやった、ピカッと光るアレじゃないですか?」
「え?マジで?」
傷や病気を癒やす治癒魔法というのは何度か見たことがあるが、ちょっとした傷を治すだけでもかなり時間がかかり、目の前のハンターのように腹が裂けて内臓が飛びだしかけてるようなのを治せる時点で、神の奇跡に等しいというのに、余波(?)で周りにいるオッサンたちの腰や肩を治したというのか。
「うーむ……とりあえず文書に書かれていたことは信じるしかないな」
「そうですね。ただ、ダンジョンに入っても平気かというと、なんとも」
どんな怪我でも治せます、と言っても魔物相手に戦えるとは限らないと言う判断は、この場では正しいだろうと思う。だからこそその不安を払拭するためにも腕利きのハンターを同行させたい。幸いにして呼び寄せた五人組は数年前にこのダンジョンの十二層まで到達し、その後はさらに危険度の高いダンジョンで腕を磨いてきている。同行させるには十分な実力であり、この申し出はあの少女にとっても損がないどころか、願ったり叶ったりではないだろうか。
「だが、言葉が通じないのにどうやって伝える?」
「一番大きな問題ですね。明日の朝まで待ってもらえるかどうか」
連絡の文書は早馬も使って届けられたが、通訳の出来る者はそうも行かず、現在こちらに向けて移動中。到着は早くて明日の早朝だ。出来ればそれまで待ってもらい、色々と確認をした上でとしたいところだ。
「って、勝手にダンジョンの方へ歩き始めてますけど」
「え?あ!ちょっと!ちょっと待ってくれるかな?」
ダンジョンへ向けて歩き出したらギルド職員さんたちが慌てて追いかけてきたのでとりあえず立ち止まる。まだ何かあるのかな?ダンジョンから魔物が出てきている時点で色々マズそうだから急ぎたいところなんだけど。
「普通ならダンジョンから出てこないはずの魔物が出てくる事態になっています。神様の予想よりも少し早まっているのか、私の到着が遅かったせいなのかわかりませんが、ことは一刻を争う可能性も高いので、そろそろダンジョンに入ります。念のためダンジョンの入り口を固めて下さい。出来るだけ中の魔物を退治しながら進みますが、魔物が溢れてしまったらなんとか耐えて下さい。あと、中にいる人たちも出来るだけ外に出られるようにしますので」
そう言って中に入りたいんだけど、どうやって伝えればいいんだろう。




