11-15
「とりあえず急いで出発するようにするわ。もう一つ、東側は?」
「穴が開くまで十日ほどかな」
「休み無しで動くことになりそうね」
「そうかも」
「はあ……ある程度覚悟していたというか、了解していたとは言え、結構ブラックな労働環境ね」
「それに関しては、申し訳ない。解決したらゆっくり幸せに暮らせることは保証するけど」
「魔王があと何人いるかもわからない時点で、道のりが長いわねえ」
苦情を言ってる間に戻ってきた……と言うか、追い出された感じかしら。
とりあえず、為すべきことをしようと、礼拝室を出るとセインさんへ紙を渡す。
「こっちの方は既に穴が開き始めているそうです。ダンジョンの規模も大きいので急いで行かないとちょっとマズいかも。こっちはまだ穴が開くまで十日ほど猶予があるとのことでした」
「わかりました。すぐに手配いたします。が、出発はしばらくお待ち願います」
「へ?」
「先ほど連絡がありまして、ラガレットからの書面をもっていった方が良いと」
「真っ当な方法でダンジョンに入り、かつ中のハンターを撤退させるために、と?」
「そういうことになります。一応ラガレットからは事前の連絡は入れているそうですが、念のためと言うことで」
「わかったわ」
「よろしくお願いします」
一礼してすぐにセインさんが出て行った。
さて……まあ、そうなるわよね。
「タチアナ、厨房へ行くわよ」
「はい」
足取りがうれしそうな上に、小さくガッツポーズ。わかりやすいわぁ。
「と言うことで、作るのですが……先ほど頼んだものは用意できたかしら?」
「はい。こちらに」
「では始めますか」
あらかじめ下拵えとして水につけておいたものを用意してもらった物と一緒に並べ……ん?
「クラレッグさん、あの部屋の隅にあるのは何でしょうか?」
「油です」
「は?」
樽が空になるまで使い切ったけれど、僅かに残っているからとそれをかき集めるようにして濾過して……少しだけ集まっていた。何という執念。
「はあ……あと何ヶ月か待てばいいというのに」
「待ちきれなくて……その」
「それにこれっぽっちじゃ唐揚げは無理よ」
「そうですよね」
「でも、代わりにいい物を思いついたわ」
「え?」
僅かに油の集まった鍋を手に戻る。量は少ないが、これくらいなら何とかなる、多分。
「さて、やるわよ」
「あの?」
「しっかり見ておいて。そして、私が何を伝えたいか……言葉ではなく、私の行動から理解してみて!」
「わかりました」
実に体育会系な台詞のやりとりだけどね。自分で理解して欲しいと思うのよ。
さて、手始めに……ラド麦は二つに分け、一つはおはぎ用にグズグズと煮ていき、もう一つは蒸し器で蒸す。
そしてその横であんこを作っていくと、クラレッグさんがすこし怪訝な顔になる。そう、あんことラド麦の量のバランスがおかしいし、ラド麦を蒸すというのは初めてだ。
だけどその疑問に答えることはせず、別の鍋にほぐした魚の干物を投入して出汁を取り始める。ますますわからないという顔になったけど、私がやっている作業を必死にメモしている。そう。わからなくてもとりあえずメモするという姿勢は大事よ。
そうこうしている間にあんこが完成。おはぎ用のラド麦もいい感じになったので、手早くおはぎに加工。そして、タチアナのもとへ。
「一個?」
フルフル
「二個?」
フルフル
「三個?」
コクリ
いやしんぼめ、と心の中で思いながら皿に三個乗せて渡すとそのまま隅の方で食べ始めた。何だろう、あの小動物感。かわいいんですけど。
「さて、アレはアレとして」
蒸したラド麦をボウルにあけて布巾をかぶせる。さすがに色々用意できなかったので、その辺の細かいところはあとで説明しよう。
「実際には専用の道具を使ったりするけど、今回は私が素手でやります」
「は、はあ……」
「結構熱いから、道具が出来るまでは真似しないでね?」
「わかりました」
返事を確認するや否や、布巾の上からドス、とラド麦を叩く。ドス、ドス……と何度も繰り返す。丁寧に粒が潰れるように。
何度か叩いたら布巾を取って軽く混ぜてまた叩く。また叩く。
要するに、素手で餅つきをしているわけです。
この体、いくらすぐにダメージが回復すると言っても、熱いことは熱いし、両手は真っ赤になっている。でも続ける。
しばらく続けると、いい感じになってきた。
「んー、まだイマイチだけどこのくらいにしておきますか」
やっぱ、杵と臼って偉大だわ。手でやると面倒なのよ。それに熱いから誰にでも出来る作業にならないし。
それはそれとして、いい感じになったところで、布巾に包んで取り出して、台の上にドンと広げる。餅とり粉とか用意しておくべきだったわ。杵と臼を作るときには用意することにしましょう。材料に苦労しそうね。
クラレッグさんが不思議な顔して餅を見ている前で、軽くペチペチ叩きながら伸ばしていき、端っこの方を手でくるくるしながら細長くして、適当な長さでちぎる。
こうして布巾の上には平たく広がった餅と、細長くまとめた餅が並んだ。
「実際には自然乾燥させるんだけど、魔法で解決します」
「は、はい」
クラレッグさんが「乾燥させる」とメモしたところで、細長い方に魔法をかけると、固くなった。よしよし、いい感じ。
ちょうど火にかけておいた油もいい感じになってきていたので、パキパキと折って投入。からっと揚がったところで塩と砂糖を混ぜた物をまぶしていく。本当は醤油味にしたいけど我慢して、餅あられの完成。少量を軽く揚げるだけだからこの少ない油でも何とかなりました、と。
そして、平たく伸ばした方も軽く乾燥させてから一口大に切断、金網の上にのせて軽く焦げ目がつくまで焼く。その間に出汁を取った鍋の中に、青菜っぽい野菜と鶏肉を投入。焦げ目のついた餅を入れれば、雑煮もどきの完成。
「で、あとはパンに切れ目を入れて」
一口サイズのパン、と指定しておいたので、いろいろな堅さのパンが並んでいたけど、問題ないでしょう。切れ込みを入れて、あんこの残りを入れていく。あふれすぎない程度に。これであんサンド完成。見た目はうぐいすあんパンね。
そしてまだ残っているあんこはどうするかというと、
「お皿にのせたアイスの横に添えるだけ」
作る工程とか冷やす手段とかの関係で貴族を始めとする富裕層しか口にする機会はない高級品、アイスがあったので横に添えてみた。大丈夫、これだけでも十分なはず。
「さ、お待ちかねの試食タイムよ」
「はい」
って、クラレッグさんよりも先にタチアナが返事をするとか、何なのよ。そして、私が作っている間に屋敷の皆がだいたい揃っていたりするし。
とりあえず雑煮もどきを食べるときに餅を喉に詰まらせないように注意することを伝えて試食会が始まった。
「これは……ふむ。なるほど」
「うわ、これおいしいっ!」
「こっちもなかなかのもんだぞ」
クラレッグさんが一つ一つ確かめるように口にしている一方で、他の皆は好き勝手に食べている。まあ、そういうものよね。
「タチアナ」
「は、はいっ!」
「そこまで。セインさんの分を残しておきなさい」
「は、はい……」
全部食べきりそうな勢いのタチアナをたしなめてからクラレッグさんの方へ。
「どう?」
「わかりました。そういうことだったんですね」
「あら、何かわかったかしら?」
「はい」
ふう、と一つ息をついてクラレッグさんは私の期待したとおりの答えを口にした。
「それぞれ、別々に作って食べることも可能。ならば一つずつレシピを固めるべきだ、と」
「ん、正解」




