11-13
「仕方ない。レオナ様。六人の分もお願いしたいのですが」
「待ってくれ、それなら俺の分も」
「あら、あなた。私の分も欲しいわ」
「それでしたら私も欲しいですな」
宰相さんまでのってきた……どころか、聞き取りの時に記録を書き続けていた書記官さんも「それでは私も」と手を挙げてるし。
結局この部屋にいる全員が「食べたい」と。うーん、私に言わせれば、不思議な色――鮮やかな緑色でどう見てもずんだ――のおはぎなんですけどねぇ。まあいいか……あ。
「え、えーと……その……」
「ん?どうした?」
リリィさんが怪訝そうな顔でこちらを……正直に言わないとダメなことと、言わない方がいいことの区別はつくので、言うべきことだけ言っておこう。
「えっとですね……その……お茶も一緒にいただいた方がいいかと思いまして」
「おお、そうだな。そうしよう」
「ちょっと支度をして参ります」
席を立つと、私のすぐ側に立っていたタチアナの襟首つかんで退室する。ここを切り抜ける、というかどうにか収めるためには彼女の協力も必要だ。
「いきなり首根っこつかんで引っ張らないでください。用件をおっしゃっていただければその通りに致しますので」
「そうね。次からは気をつけるわ」
「よろしくお願いします。それでレオナ様。ご用件は?」
「四つね」
「四つですか」
「まず一つ目、さっきも王様に言ったとおり、お茶の用意」
「はい」
「あれに合うお茶、タチアナならわかるわよね?」
「お任せ下さい」
私には茶葉の名前がわからないのよ。
「二つ目、お皿」
「お皿?」
「直接手渡すわけにはいかないでしょ?」
「それもそうですね」
私がアイテムボックスにしまっているのをタチアナは「魔法的な何か」と理解しているので、この場におはぎが出てくるのは問題ない。だけど、お皿も箱もなしにそのまま放り込んである状態なのよ。
さすがの私も「王様、手を出してください」なんて言って、差し出された両手の上にポン、というのはマズいと言うことくらいはわかる。
「三つめ。ぶっちゃけて言うと……名前が覚えられなかった」
「はあ……大丈夫です。フォローします」
「あははは……」
仕方ないじゃない。いきなりゾロゾロやってこられても、ねえ?
「そして最後の一つ、とても重要なことよ」
「重要ですか」
「ええ。その前に、簡単な質問だけど、私たちも含めて室内には何人いたかしら?」
「十六人です」
「正解」
さすが、そのあたりは抜かりないわね。
「で、問題は……今の手持ちが十五個なのよ」
「え?」
「十五個よ」
「そ、それは……」
「状況的に私が食べない、というのはないでしょう?そして、皆さんに一つずつ食べていただくとしたら」
「ま、まさか……」
「タチアナの分は無し」
ガクリ、と膝をついて崩れ落ちた。
「そ、そん……な……」
そこまでショックか。
「レオナ様、教えてください」
「何かしら?」
「私の何が至らなかったのでしょうか?」
「いや、あなたに罰を与えるとかそういう話じゃないから」
「しかし!」
これは何を言っても引き下がらない感じね。
「安心して」
「え?」
「出かける前に色々用意、下拵えしておいたから。帰ったらすぐに作りましょう」
「ほ、本当ですか?」
「嘘を言ってどうするのよ。んで、出来たら一個目はタチアナが食べていいわ」
「わかりました。では、お茶と食器の用意を」
「うん、よろしくね」
立ち直りが早いというか何というか。仕事してくれるなら別にいいか。
さて、支度をするわけだけど、さすがのタチアナも王城内のことを把握して……いるか。まあ、見て回るのは簡単にできる人だけど、勝手にあちこち入るわけにはいかないわけで。すぐ側で私たちの漫才じみたやりとりにどう対応していいのか困っていた侍女さん達に色々と用意してもらう。
「食器はこちらでよろしいでしょうか?」
「そうね。大きな物でも無いし」
「甘味と言うことでしたが、ナイフとフォーク、スプーンはこちらに」
「あ、そうか」
うーん、ナイフとフォークねぇ……一応試してみたんだけど、ラド麦を蒸して作ったおはぎ……ナイフやフォーク向きじゃないのよね。なんて言うか……手が一番。
「ねえタチアナ。直接手づかみというのはマズいかしら?」
「うーん……多分大丈夫だと思います」
「じゃ、そういうことで」
「何か手を拭く物を用意してください」
「わかりました」
「お茶ですが……ああ、この銘柄がありますね」
「えっと?」
「失礼しました。勝手に中を確認させていただきました。保管棚の上から二段目、右から三つめの銘柄……苦手な方がいらっしゃるようでしたら……」
「その系統でしたら、そこから左に三つめの茶葉でもよろしいのでは?」
「おや。コレは見落としていましたね」
お茶も当然紅茶なんだけど、香りが抑えめで、やや苦みのある葉を用意してもらった。まあ、緑茶に近い感じね。おそらく一番たくさん食べたことのあるタチアナの選択なら間違いはないでしょう。
しばらくすると侍女さんが色々乗せたワゴンを押してやって来た。
「えーと、どうすればいいのかしら?」
「何をお出しするのかわからないのですが……先にお皿に取り分けてしまいましょう」
「了解」
十五枚のお皿の上にポンポンとおはぎを乗せていく。何もない空間から出てくるおはぎに最初こそ驚いていたみたいだけど、途中から何て言うか……達観したような目で見られていた。うん、聞こえたからね。「レオナ様なら仕方ないですよね」とか「これがレオナ様の日常らしいですよ」って声。
そしてもう一人、面倒くさいのが。
「ああ……やっぱり」
「あのね」
「あと一個!実は残っていたりしませんか?」
「往生際が悪いわね!」
「あう」
ペチッとデコピンをして黙らせる。
「さて、行きましょう。みんな待ってるでしょうから」
「はい……はあ」
傷心のタチアナを連れて部屋に戻る。一応今回のケースではこうした方がいい、と言うのを侍女さんから聞いていたのでその通りに動こう。
「王様、こちらが……現在レシピを整えている最中の菓子、おはぎです」
「ほう……変わった見た目だな」
「あ、あはははは……はい、どうぞ。はい、こちらです」
王族関係は全て私が手渡し。その間に侍女さんが他の面々へ配って回る。
そして、私が最初にひとくち食べる、というのが作法らしい。
何でも、国王サイドである侍女が適当に選んで並べた物を率先して食べることで毒が無いことを示す、と言うことらしいんだけど、私に効く毒って何があるのかしらね?
「ん、おいしい」
見た目で言えばずんだ餅なんだけど、食感とかが完全に小豆なのよ。しかも今回はつぶあんだから余計に見た目の違和感が。
「私たちもいただこうか」
言うと同時にリリィさんがひとくち。その向こうではレイモンドさんも。
「ふむ……」
王族の皆様……と言うか、オルステッド家以外の方々は、手づかみでかぶりつくというスタイルに少々違和感を覚えているようね。特に王子兄弟の奥様方はザ・嫌悪感みたいになってる。逆に王女様も王妃様――あ、第二王妃様だったっけ……ま、いいか――が楽しそうにお皿を手に取っているのがなんともおかしな感じね。




