11-11
「で、本題はこれだ」
「布?」
「どの程度使えるか、試したいんだが」
「試すって……これは何に使うのかしら?」
「丈夫な服の生地だな」
「おお」
いろいろな魔物の素材を組み合わせて作ったらしく、それだけでもかなり丈夫らしいのだけれど、魔力を流すとさらに丈夫になるとか。
「どんなモンか試してみたいんだが、これが使えるほどの魔力の持ち主ってのが」
「私しかいないってことね」
「そういうこと」
私が使うこと前提で作った結果、作った本人が試せないものが出来上がってしまったと。
さて、試す……どうやって試すのか。
「本当にいいんですか?」
「大丈夫よ」
「うーん、しかし」
ライルズさんが剣を構えつつも戸惑っている。刃を潰しているとは言え、騎士団に所属していたほどの腕前で振るえば、十分に殺傷力があるのは確か。で、それを受けるのが私で、なおかつ両手で持ってピンと張った布に切りつけてくれ、というのだからそりゃ戸惑いますね。
一歩間違えば、私を斬ってしまうと。
ま、仮にこの布が思ったような強度がなくてスパッと切れてしまったとしても、私には傷一つつかないと思います。ああ、着ているものはちょっとアレかな。貧相な体を晒してしまうと目の毒ですね。すみませんと先に心の中で謝っておこうか。
「じゃ、こうしましょう」
「え?」
「命令よ。この布を持って構えているから、斬りなさい」
「うぐ……」
騎士たる者、主の命令は絶対よ。何か間違えてる気もするけど、気のせいってことで。
「では……行きますよ」
「ええ」
布をピンッと張り、手のひらから魔力を流すと、布の手触りが少し変わった。厚みが増したというか、そんな感じ?
「せいっ!」
ブンッと風切り音と共に振り下ろされた剣は、僅かに布の端に切れ目を入れるのが限界だった。
「おお……すごいんですけど……ちょっと切れてるんですがっ!」
「それは想定通り」
「へ?」
強度不足では?という私の指摘にエルンスさんがしれっと問題ないと返してきた。
「そのまま魔力を流し続けてみてくれ」
「え?うん……あっ」
ホンの少しだけほつれていたところの糸が、まるで生きているかのようにシュルシュルと動き、元通りに。
「うわぁ」
「成功だな」
この布一枚の中で、強度を色々と調整しており、敢えて切れそうな箇所を作っておいたと。で、自己修復機能が働くことを確認したかったのだそうだ。
「先に言って欲しかったなぁ」
「先に聞いてると驚きが半減するだろ?」
「それはそうだけど」
もう少し確認したいというので、何度か斬りかかってもらい、それを防いで終了。所々ほつれたりするが、私の魔力で勝手に修復されるのも何度か繰り返す。その結果はエルンスさんの満足のいくものだったようだ。
「これでそうだな……一週間もあれば形になるだろう」
「ん、任せるわ」
服という形にする以上、裁断して縫製して、と言うことをしなければならないが、自己修復機能がそのままだと着た瞬間に元の一枚布に戻ってしまう。それは色々マズいので、一枚の布の中でも材料の織り込み方を調整していくのだそうな。で、そのためにもこうして色々確認したかったと。
「えーと、服のデザインとか採寸とか?」
「それは専門家がいるからな」
そう言えば、私専属の服職人がいるんでしたっけ?そう思ってタチアナを見ると、待ってましたとばかりに答えてくれた。
「いますよ。まだこちらに到着しておりませんので、到着次第紹介致します」
「でも、会ったこともないのに……採寸とか必要でしょう?」
服飾はよくわからないけど、少なくともSML表記とか○号とかそういう表記じゃないだろう。そして、貴族が着る服だ。襟回りのサイズから首の長さまで測ったりする必要がある、と勝手に想像。
「大丈夫です」
「え?」
「既に済んでいますので」
「はい?」
タチアナ曰く、日々の着替えをしていればすぐにわかること、らしい。何それ怖い、と思ったけど、よく考えたら私も前世で子育てしているときにはだいたい子供のサイズは把握してたような気がする。
「うーん、でもほら、私、まだ成長期だし」
「かれこれひと月以上になりますが、ちっとも伸びてませんよ?」
「うぐっ」
何……だと?やはり幼少期の栄養不足が影響しているというのか。ここからの挽回は出来ないの?!
私に関する衝撃の事実はさておき、とりあえずエルンスさんには色々任せて、部屋に戻ったらセインさんが帰ってきた。
「城もオルステッド家もいつでも良いとのことでしたが」
「どっちの方が急ぎの案件になるかしら?普通に考えれば城かな、と思うけど?」
「その通りです」
「では行きましょうか」
この一言だけであとは全てお任せ。着ていくのにふさわしい服の選択に、城への先触れまで全て。私が気にするのは、馬車に乗るまでの間、着替えた服の裾に引っかかって転ばないようにすることくらい。
「これが貴族の生活なのね」
「かなり緩いですけど」
「そうなんだ」
タチアナによると、本当はもっと色々と厳格で、格式とか決まり事が一杯あるのだそうで、私が守っているのは三割もないくらいらしい。
「リリィさんとか、そう言う素振りを見たことないんだけど」
「そうですね。オルステッド家の方々は、常に周囲から親しみを持たれるように意識しておりますので」
「へえ」
「押さえるべき所はきちんと押さえており、適度に隙を見せて親しみやすさを見せております。レオナ様がそう感じているように」
「すごい人たちなのね」
「フェルナンド王国最強の貴族の名は伊達ではありません」
貴族というのは、国民から徴収した税金で暮らしている。それも結構豊かな暮らしだ。それこそ最底辺の生活をしている者にしてみれば、やっかみの対象でしかない位に。だが、彼らはそれを逆手に取る。貴族としての責務、つまり街道の整備や治水事業などによる生活基盤安定の他、魔物やら盗賊の討伐を率先して行い、治安維持に努めている。
そしてそのことを、当然の責務としてこなし、その威容を見せんとして振る舞う一方で、親しみやすさを醸しだし、あまり反感を抱かれないようにする……実に細やかなことをするものだと思う。
私には出来ないな。
「それはそれとして、用件は何かしら?」
「それはさすがにわかりません」
「想像もつかないってことね」
「ある程度はつきますが、根拠らしい根拠はありません」
タチアナだけでなくセインさんも同意見だそうだ。なら、いくつかの予想だけでも聞いておいた方がいいかな?
「次の魔王侵攻ポイントについてか、領地で栽培を始める物とか、いろいろなレシピとか」
「だいたいそんな感じなのね」
「あともう一つ」
「ん?」
「王族との面会です」
「え?」
つまり、王子、王女と会えということなのね。
「会ったらどうなりますかね」
「どうもなりませんよ」
「ならいいか」
どこぞの誰かさんみたいに結婚を申し込まれても困る。
この世界じゃ十五で結婚なんて珍しくもなんともないし、日本でも私の祖父母世代くらいだと、普通のことだったと思うけど、私にとっては早すぎる、と言う感覚なのよ。
いえ、別に私の体が全く成長していないとかそういうことではなくて。
当面の間は、私が王城に行くときには侯爵家の誰かが必ず同席するらしいので、難しい話になったら助けてもらえるはず、多分。




