11-8
「まず、君の名前。そしてどこから来たのかを教えて欲しい」
「名前はレオナ。レオナ・クレメル。フェルナンド王国から来ました」
「フェルナンド王国?」
「えーと……その……ラガレットと国交を始めておりまして」
「ラガレットと……え?あの山を越えてきたのかい?」
「ええ」
「どうやって?」
飛んできました。ダメね絶対。適当に誤魔化そう。
「その……フェルナンドとラガレットの間の山脈を切り拓きまして」
「へ?」
「道が通ってます。通行には許可が必要ですし、許可証もまだ正式には発行されてませんけど」
私が道を作ったし、今回来るときは空を飛んできた、とは言わないでおくよ。
「なるほど。では……今回ここで起こったことについて、説明をいただきたいのですが」
「はい。まず……突然の話で信じられないかと思いますが、ここのダンジョンの奥が違う世界につながり、魔王が軍勢を率いて攻め入ろうとしていました」
はい、全員固まった。そりゃそうよね。いきなり、魔王とか言われても理解が追いつかないよね。
「ま、魔王……ですか」
「はい。信じられないかも知れませんが、これは神託によってもたらされたものです」
「「「し、神託!」」」
職員が数名あたふたして、慌てて馬に飛び乗って駆けていった。教会の人でも連れてくるのかしら?連れてこられてもどう対応していいか困るんですけどね。
「えーと、まず……その……魔王とは?」
「私もよくわかりません。ただ、魔王が軍勢を率いて攻めてくるとしか伝え聞いておりませんので」
「うーむ」
魔王とは?と聞かれてもね。私も「こちらが魔王です」って紹介されたことは無いわけですし。ああ、魔王の分体がいたか。でも、名前を聞いたりもしてないし。
「一つ、質問をしていいかな」
「何でしょうか……言っておきますが、次にセクハラをしたら肘から先を切り落としてそのままにしますからね」
私がダンジョンの奥から連れ帰った、ライアンとかいうおっちゃんの質問には一度牽制しておく。
「う……アレに関しては申し訳なかった。その……本当に申し訳ない」
「まあ……わざとでは無いのでしょうけど」
理解は示しておこう。アレは事故だったのだと。
「それで……ダンジョンの魔物が強くなっていたり、見たことも無い魔物がいたりしたのもその影響か?」
「そうですね。詳しい理屈はよくわかりませんが、魔王の軍勢の下っ端が先遣隊として出てきた、とも聞いています」
憶測ですけどね。
「魔王……か」
「ええ」
「その……このダンジョンは、もう?」
「えっと……魔王がダンジョンを作り出している源、ダンジョンコアと魔王のいる世界を繋いでいたのです。どうにかするにはコアを破壊するしか無くて」
「それがあの、よくわからない魔法か」
「はい。それでその、ダンジョンはコアを破壊すると崩壊してしまいます」
「それでこうなったという訳か」
「はい」
そこへ、ちょっと目つきの悪い職員が割り込んできた。
「そのままにしておいたらどうなったんだ?もしかしたらなんともなかったという可能性もあるのでは無いかな?」
「少し前に、ラガレットの王都で何か騒動がありませんでしたか?」
「騒動?」
「あ、私、聞いたことがあります。空で大爆発があったとか」
別の職員さんは事情通なのでしょうか?
「それ、魔王軍によるものです」
「「「えっ?!」」」
アレを知っているらしい職員さんたちが固まった。
「もう少し正確に言うと、魔王の手下が王都を消滅させようと放った魔法を、私がどうにか防いだ結果です」
「「「……」」」
硬直が解けないね。正確には魔王の分体だけど、手下と言うことにしておこう。それほど差は無いし。
「その……ここで起こったことはだいたいこんな感じです。他に何かありますか?」
一から十まで全部話したわけでは無いけど、全部理解するには時間もかかるだろうから、それはまたの機会というか、他の人……具体的にはラガレットの王子とかに丸投げしてもいいか。
「一ついいかな」
「何でしょうか」
「その……先ほどから姿が見え隠れしていた……もう一人は?」
「アレは……私のヴィジョンです」
「「「は?!」」」
うん、やっぱりそう言う反応なんだね。
「コール」
私の呼び掛けに応えてふわりと現れたその姿は、無表情な子なんですと言われたら納得するレベルだものね。他の人間タイプのヴィジョンを見てみたいけど、「見せてください」って好奇心たっぷりで見に行くのは何だか失礼な気がするし。
「なあ……」
「うん。ヴィジョンってあんなに色々出来るんだっけ?」
「話しかけてたぞ」
「頷いてたよな」
失礼な声が目の前の板に文字となって浮かび上がるが、スルーしておこう。
「あの、もう一ついいですか?」
「はい」
「その……失礼なと言うか、大変不躾な質問ですが、その仮面は?あ、その……無理に外せとは言いませんので」
これをここで外すのは……やめておこう。
「えっと……外すのは……済みません。ここがこう……でして」
仮面のフチ、アザのように見えるところを指さしてみせると「あ」と引き下がってくれた。
「いや、俺の目の前で痛てててて!!!」
おっちゃんの頬をつねる。具体的には一回転くらい。伸びきってしまうがいいわ。余計なことは言わない方が長生きできますよ?
さて、話も終わったし帰ろうかと思ったのだけれど、引き留められてしまった。教会に連絡を入れたと。是非とも話を聞きたいと返事が来たと。
で、近くの村で会うことになったから是非と。
話の経緯的にも歓迎するのでと。
これ、断って帰るわけに行かない流れよね……と言うことで、ハンターギルドの馬車に乗せられて近くの村まで約一時間。村に着いたらそのまま村長宅へ。一番広い部屋に通されると、大急ぎで用意したであろう料理がテーブルの上に所狭しと並んでいた。
一応確認だけど、私以外にも食べるんですよね?
「中途半端な時間ではありますが」という村長さんの挨拶で始まった歓迎会と言うか、魔王軍撃退祝勝会(?)は言うなれば近くの街から司祭が来るまでの間の時間つなぎ。まあ、私もダンジョンで少し食事はしたけど、お腹はそこそこ空いているわけで、ありがたく頂戴します。
「お貴族様にお出しするには……その……貧相な料理でして」
「そんなことありませんよ」
転生してから十年の大半を、人としての尊厳を維持できるギリギリのラインで過ごしていた私にとって、ここに並んでいる料理は十分に豪華です。
それに、ところ変われば料理も変わる。フェルナンド王国には無い食材に調理法は、全部が絶品とは行かないまでも、いくつかは持ち帰って自宅でも食べたいと思うものもあるんだけど、難しいだろうなぁ。
見たことも無い形の野菜や果物に肉魚というのは大分慣れたつもりだったけど、それを超えてくるものが並ぶのよ。表が緑で裏が赤いキャベツっぽい野菜とか、スパッと切り落とした断面がカラフルな円グラフみたいになってる芋とか。しかも色の違いが味や歯ごたえの違いになっているので面白い。珍しいものなのかと聞いたら、このあたりでは簡単に栽培できる芋だそうで、色ごとに切り分けてそれぞれ違う方法で調理することもあるのだとか。
うーん、持って帰って栽培……難しそうだね。気候とか全然違うだろうから。でも、国交を阻んでいた山に道が通ったから、これからは輸入できたらいいなと思う。
そんな感じで和やかに料理を楽しんでいたら、バンッとドアが乱暴に開かれた。
「ここか!神の名を騙る不届き者がいるのは!」
私、帰っていいかな……




