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翌朝――ちゃんと翌朝でした――朝食をまた「あーん」で終えると、リリィさんの執務室へ。そしてリリィさんと一緒に会議室のような部屋に。
なんか部屋の隅の方に違和感があるんだけど……何だろう?
「そろそろかな」
リリィさんが壁の時計を見ながらポツリ。時計あるんだけど、こっちの文字を知らないから何時かわからないな。針の位置的に十時くらい?
事務職員らしき人に連れられて入ってきたのは、いつも村に来ていた商人さんでした。
「おじさん!」
「その声は……え?レオナちゃん?!」
「そうです。あはは……この見た目じゃわかんないですよね?」
向こうはこっちの名前を覚えてましたよ。こっちはおじさんとしか呼んでないのに。
あの後、もちろん彼にも村の状況は伝わっていて、この先どうしようかと思案していたところに騎士団から連絡が入ってここへ来たとのこと。名前もわからないのにどうやって調べたのかと思ったけど、よく考えたらあの村に行ってる商人って一人だけだった。探せばすぐに見つかるのね。
「そうか、生きていたのか。良かった……その包帯は?」
「あ、これはですね」
「感動の再会のところ申し訳ないが、こちらも色々と時間が無くてね。本題に入りたい」
リリィさんが私の薬草袋を示す。
「これの買い取りを。いつも通りで」
「これ?」
こんなズタ袋のままじゃわかりませんって。
マリアンナさんが袋を少し開いて中身を見せる。
「ああ、いつもの薬草ですね。わかりました」
「私たちは少し離れている。気にしないでいつも通りに」
リリィさん達は部屋の反対側の隅へ。
「それにしてもレオナちゃん、見違えたよ」
「あはは」
そりゃそうでしょう。こんなミイラみたいな格好ですもん。
「それじゃ、薬草を見せてもら……その手じゃ無理だね」
「お手数かけます」
中の物を取り出して、と言う動きが出来ないんだよ。グルグル巻きだから。
「えーと、これとこれ……あとこれと……」
いつものように一つずつ薬草を確認していき、書き留めていきます。確認を終えると、計算して……
「今回は銅貨四枚だね」
「いつもより多くないですか?」
「村への往復の手間が無いからその分上乗せ」
「そうですか。ありがとうございます」
こうして買い取りは無事に終了。挨拶をして、おじさんはマリアンナさんに連れられて外へ。玄関まで道案内が必要なんだろうね、ここは。
……結局名前聞いてないよ。
「さてと、どうだった?」
リリィさんが誰もいないところに話しかける。私がなんとなく違和感があると思っていた場所に。するとぐにゃりとそのあたりがゆがんで、太ったおじさんが現れた。
「ふえっ!」
「ハハハ、驚かせてすまない。失礼ながら隠れて見ていたんだよ」
姿を隠す魔道具とかそう言うモノを使っていたのかしら?趣味の悪いことで。
「で?」
リリィさんが返答を促す。
「全くもって驚いたよ」
「驚いた?」
「あんなバカ正直な取引をするとはね」
「ほう」
……私の方が驚いたんですけどね。何これどういうこと。
「説明してなかったが、彼はこの街の商人ギルドのギルド長、ファルマンだ」
「よろしく」
「今までレオナちゃ……ゴホン、レオナが薬草を売っていたと聞いていたが聞いた話だと妙に安い気がしてね、価格が正当だったかどうかを確認してもらったんだ」
なるほど、私がだまされてるんじゃ無いかと思ったと。……私のこと、レオナちゃんと呼びそうになってましたよね?いいんですよ、レオナちゃんで。
「さて、ファルマン、バカ正直な取引とはどういうことだ?」
「まず始めにお断りしておきますが、私は薬草を専門に扱っておりませんので、ここからでは正確な目利きはちょっと自信がありません。だから聞こえた薬草の名前と量での推測ですが……仮に私が買い取れと言われたら、銅貨一枚がいいとこですな」
「ほう……?」
「勘違いしないでくださいね。あの量は少なすぎるのです」
つまりこういうことだ。例えば一人分の薬を作るのに葉が十枚必要な薬草があり、買い取りは十枚で銅貨五枚だったとしよう。だが、私の納品は葉が二枚だけだったとしたら、単純計算では銅貨一枚。だが、買い取ったあとに八枚をどうにか調達しなければただの不良在庫になってしまう。銅貨一枚での買い取りではリスクがでかいので、銅貨一枚以下、つまり他の薬草と抱き合わせでの買い取りが適正になるというのがファルマンの言い分。ま、商売人の理屈としては理解できるし、私が商人の立場だったら同じようにするだろう。だが、彼はこう言う状態の薬草でも銅貨一枚で買い取っていたというわけだ。それはつまり……
「次か、他からの買い取りか、いずれにしても何とか薬草を買い取れる見込みがあるから、普通の価格で買い取っても損はない。ある意味ではその娘のことを信用している。そう言う商売の仕方をしていたんですよ」
私が薬草を売る相手はあの商人さんだけ。つまり、今週二枚だけしか無くても、来週は三枚あるかも知れない。数回買い取りをすれば薬を作るのに必要な十枚になるなら、在庫がだぶつく心配も無いだろうと、先を読んで買い取るという……まあギャンブルですね。
「商人ギルドの長として、彼をひいきすることは出来ません。私もそうですが、彼にも商売人のプライドがありますからね。ひいきにされたとわかったら、彼のプライドが傷つきます。それに商売の仕方は人それぞれ、成功も失敗も自己責任。リスクを承知でやっているとは言え、彼のことは信用できる。それが彼に対する評価です。直接何かすることは無いでしょうが、例えば何かの取引で他の誰かと彼が競合するときには彼を選ぶ、と言うことが今後は増えるかも知れませんな」
「なるほど。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ」
そうして、ファルマンさんも帰っていった。あ、結局商人さんの名前を聞いてないや。
「マリアンナ」
「はい」
「私はまだ仕事が残っている。昨日話したように頼む」
「承知いたしました」
リリィさんは私の頭(包帯包み)を撫でてから出ていった。
私の方はと言うと、マリアンナさんに抱っこされて部屋に戻る。
椅子に座ると、マリアンナさんが正面に座り、目線を合わせてくる。
メイドさんが跪いてるよ。絵的にはすごいことになってるよ。
「レオナちゃん、文字を覚えたいですか?」
「え?」
「文字の読み書きです」
「はい、覚えたいです」
即答した。
だって、言語能力的なチートってもらってないんだもん。会話が出来るのは五歳児の記憶があるからだし。
「ではこちらを使いましょう」
唐突に本とカードが出てきた……もうね、マリアンナさんがどこから何を出そうと驚きませんよ。
これらは主に貴族の子供に字を覚えさせるために作られた教材だそうで、それなりに歴史のある教育方法らしい。
カードはおよそ五十枚。ここの文字は子音と母音を組み合わせて一つの文字にするんだけど、漢字で言うと偏と旁みたいな感じで一つの文字にしている。例外も当然あるんだけどね。よく使う文字は三十文字ほどで、それを覚えやすくするためのカードだ。残りは……まあいろいろ文法的に必要な文字だそうです。
手が動かせないので、字を書くのは後回しにして読むことに専念することに。
すぐに文字を覚えましたよ。さすが元日本人だ。
日本の教育のやり方にはいろいろと問題がある、とよく言われているが、実はかなりレベルが高く、他の国ではマネできない水準なんだと言うことを聞いたことがある。
わかりやすいのがひらがな・カタカナ・漢字だ。
ほとんどの子が小学校に上がる時点でひらがなとカタカナを知っている。この時点で文字としては百弱。そして小学校を卒業するまでに習う漢字はおよそ千文字。一年生の時点でも百文字ほどを教えるのだが、これは他の国から見ると異常なレベルだそうだ。欧米ではアルファベットとかそれに準ずる文字、大文字小文字合わせて五十ちょいの文字を教えるのにすら四苦八苦してるらしく、教育に関わる人たちからすると、日本の小学生が普通に漢字たっぷりの新聞や本を読めるのは目の前で見ても信じられないという。しかも、大半の子が出来ると聞くと、自分が今までやって来たのは教育じゃ無くてお遊戯だったのではと自問自答する人もいるとか。
そんな日本人の私からすれば、この程度の文字、新しい漢字を少し覚える程度なんですよと絵本をめくる。この絵本は文字を覚えるのに適した文章構成になっているそうですが、既に内容を読むレベルになってます、ハイ。
どこかの村にドラゴンが現れて、それを一人のハンターが討伐。王様からご褒美に男爵の爵位を授かり、幸せに暮らすというストーリー。王国の制度とか、貴族の爵位の上下関係とかがさりげなく書かれているあたり、貴族の子の教育には最適なんだなと理解。
ちなみに、貴族の爵位は、上から順に侯爵、伯爵、男爵しかなかった。そりゃそうか、地球とは違うんだから。
読み終えた時点で夕方になっていたので、マリアンナさんに連れられてお風呂&夕食。あーん、込みです。あ、薬はそろそろ終わりかな。だいぶ綺麗になりました。包帯さえ取れればあーん、は終了の予定。マリアンナさん、なんだか残念そうですね。
でも今は、おやすみなさい……