ろく
────空が白む少し前に起きた私は、鎧を着て腰に剣を差し出掛ける準備をする。
部屋の外に出るとすでに冒険者達が起き出していたが、皆無言で宿舎を出ていった。
私もその一団に紛れて宿舎を出ていくとダンジョンに行くふりをしながら貴族街を通っていく。
(報告にあった場所はこの辺り.......か。確かに精霊達がいる)
一見飾りのように見える鉄の柵。
魔法を嗜んでいるものならば一目見ただけで分かるだろう。
これは何かを屋敷から出さないようにする『檻』だと。
『蒼の目を持つ者。私たちの愛し子が』
『ひどいひどいひどいひどい。私たちの愛し子にあんな事をずっとしているなんて!』
『こんな土地、愛し子が居なければどうでもいいのに』
人型で半透明の上級精霊達が私の近くに舞うように近付いてきて口々に話す。
(その方は今どこに.......?)
心の中で問えば上級精霊達が飛んで行き指差す。
『ここよ。今日はここに愛し子がいる』
『はやくはやく愛し子を助けて。でないとお前の森を荒地にしてあげる』
『お願い助けて。私達ではここから愛し子を見守ることしか出来ない。このままでは.......』
上級精霊達は思い思いに私に助けを求めてくる。
中には脅しと取れるような事まで言う精霊もいるが、それ程までに切羽詰まっているのだろう。
慎重に普段通りを心掛けて上級精霊達の指差す場所まで歩く。
歩く度に剣がカチャカチャと鳴る。
その音が煩わしい。
長いようで短い距離を歩き上級精霊達が指差していた場所。
柵の内側、低木が茂り雑草が生えているその場所にソレはいた。
屈んで見てみれば、息を殺してうずくまっている子供がいる。
よく見なくとも口元を抑えている手は骨張っていて腕は肉が付いておらず皮と骨のみ。
着ているものは元は野菜を入れる為のボロボロのズタ袋に穴を開けたもの。
耳を確認すればエルフよりも長く尖っている。
密命を受け探していたモノだ。
(見つけた.......!)
喜んだのも束の間子供の双眸が恐る恐る開かれ恐怖の色に染まる。
このままではどこかへ行ってしまう。
「何もしないから、待って。逃げないで」
出来る限り優しく声を掛けるも子供は転びそうになりながら低木の下から這い出るとフラフラとした足取りで走っていってしまった。
手を伸ばそうとしたが屋敷を包んでいる結界に阻まれ柵の内側に手を入れることが出来ない。
『やくたたず、やくたたず、やくたたず。愛し子を助けて。』
『時間がないのお願い。もう.......もうあなたしかヒトが.......!』
『愛し子はあっちに行った』
(あなた方が手出し出来ない理由が分かった。私達としても絶対にあの子を助け出す。だから手伝って欲しい)
精霊という存在は自由気ままで自分勝手な存在。
礼儀を尽くして接していればそこまでの害はない。
だが願いは別だ。
願いを叶えてもらうには何かしらの対価を必要としてくる。
低級、中級精霊ならば身近なお菓子や果物等の簡単なモノですむ。
が、上級以上になってくると何を対価に持ってくるのか分からない。
精霊達の性格によって、もしくはその時の状況によって要求してくるモノが違う。
私は屈んでいた背を伸ばすと、懐から地図を取りだし道に迷っている振りをしつつ精霊達を見る。
(自然に在りし方々よ私は願う。対価は必ずやあの子を救い出す事)
願いの内容を言う前に私が対価を言うという賭けに出た。
『厚かましい。ヒトなんかが対価を決めるな』
『今はそれ所じゃないでしょう?あなたはもう少し口に気を付けなさい』
『.......本当に愛し子がみもとに行ってしまう前に助けてくれる?』
意見は割れたが1人の精霊が心配そうに私の元に近寄って来た。
(えぇ。必ずや助け出します。それが私の使命。契約で魂を縛っても構いません)
『その心が本物かどうか分かった。でも今回は私達がヒトに、森のヒトに願ったことだから対価は要らない』
『そうね。早く此処から愛し子を連れ出してくれるならば、貴方の協力を致します』
対価が要らない事に内心で驚いているともう1人の精霊が来て協力を申し出てくれた。
(有難い)
『大変だ!愛し子が.......!』
『森のヒト、こっちへ来て!愛し子が血を.......!』
何か子供に異変が起きたのか精霊達がザワザワとし始める。
血と言う言葉に私は地図を畳むと注意深く辺りを見渡しながら歩く。
精霊達は早く、と急かして飛んでいく。
その後を剣を押さえ鳴らないようにしながら屋敷の柵伝いに小走りで進む。
精霊達が止まったのは柵と下の方が崩れかけている塀がある境目。
『ここなら崩せる。でも手加減出来ない』
(分かった。あなた方はどうか周りに他のヒトが来ないように見ていて欲しい)
『分かったわ』
腰の鞄から取り出したすごく小さな植物の種を崩れかけている塀の亀裂の中に入れる。
結界に異変が起こらないように、出来るだけ急いで少しづつ魔力を種に通す。
パキリッ
小さな音と共に種が発芽して塀に根を張る。
目を閉じて慎重に発芽した植物を魔力で操り塀の内側、屋敷側に植物の葉が行くようにする。
瞼の裏に突然光景が浮かぶ。
成功したようだ。
今私は植物を通して檻のようになっている塀の内側を視ている。
どうやらここは生垣の中のようだ。
薄暗い生垣の中、塀の近くに子供が倒れている。
背からは大量の血を流して息も絶え絶えに丸まっているその姿に怒りが込み上げてくる。
(いけない。今は早く治療をしなくては)
植物を伸ばし子供の背中に触れると治癒魔術を掛ける。
屋敷の住人に怪しまれぬよう、完全に治してしまわずに止血し後が残るくらいで傷を塞ぐ。
『森のヒト。人間が来た』
『傷を塞いでくれてありがとう。あなたが穴を開けたお陰で私達も干渉できるようになった。』
『礼を言う。でも愛し子をここから出すことは出来ない。早く助け出して欲しい』
目を開けた私は立ち上がり懐から地図を取りだしその場から急いで離れた。
地図を広げたまま曲がり角に差し掛かった時に、おい!と呼び止められた。
「そこの冒険者何をしている!」
「.......すまない。ダンジョンはどっちだろうか?」
「なんだ貴様。地図を逆さに見るとは余程の馬鹿のようだな!ダンジョンはこの道を真っ直ぐ行って右手に曲がるとある」
「手数を掛けてしまった。ありがたい」
何処かの家の門番らしき男は去りゆく私をジロジロと見て大声でバカにしてくる。
「冒険者なんぞやめてプリーモになっちまった方が幸せなんじゃねぇか?ガハハハハッ」
男の下卑た笑いが気持ち悪いが決して表情には出さずに道を歩いていく。
(知らせてくれてありがとう。今は此処を離れるけど必ずまた戻ってくる)
上級精霊達に心の中で礼を言うと私はこれからどうやってあの子を助け出すのかを考えるのだった。