15 テイマーと危機
「ごめんなさいシュウ! 1匹撃ち漏らした!」
「オッケー! そぉい!!」
森に着いて早々アーシェは自分の見通しの甘さを痛感していた。大量発生しているとは聞いていたが、精々いつもの倍くらいだろうと高をくくっていた。しかしいざフォレストバットと遭遇すると衝撃を受けることとなる。
何せ視界一杯にフォレストバットが居るのだ、1匹1匹丁寧に処理していては間に合わないため『数撃てば当たる』戦法でとにかくファイアボールを連射していた、打ち漏らした分はシュウが処理してくれているため現在は何とかなっているが、このままではいずれパンクするのは火を見るより明らかであった。
「シュウ!このままだとキリがないわ!ある程度始末したら一度撤退しましょう!」
「……」
「シュウ!!」
「っ! わ、わかった! もう少し倒して勢いが減ったら戻ろう!!」
今戦っているのは森の入り口から20分ほど歩いた場所、ちょうどシュウが最初に病気のゴブリンと戦った場所に近い所であった。比較的木々が密集しているエリアであり、お世辞にも戦いやすいとは言えなかった。
しかしその立地が功を奏していた、フォレストバットが一方向からしか襲い掛かってこないため、対処は簡単であると言えなくもなかったのだ。しかしフォレストバットをいなしながらこれ以上進むことは不可能なレベルであり、前回と同じ工程を踏むのは不可能なことはシュウも承知していた。
しかしシュウの頭の中は今全く別のことで一杯であるためアーシェの声に反応するのが遅れたのである。その内容はもちろん『何か』のことである
(なんだっけ、なんだっけ! フォレストバットの”超”大量発生、絶対何かの前兆だったはず! でも、『何か』が思い出せない!)
あれだけ何年間もインプットした攻略サイトの情報をひっくり返すが一向に答えが思い出せない、絶対に忘れてはいけないはずの情報だったはずである。シュウは自分の要領の悪さを呪っていた。
それから襲い来るフォレストバットの群れを焼き尽くしていたが、突如としてフォレストバットが散り散りに逃げ始めた、突然のことに困惑する2人だが、ここ最近どこかの馬鹿に驚かされ続けたアーシェの我に返る速度は異常だった。何故か棒立ちしているシュウに発破をかける。
「シュウ!今なら入り口に戻れるわ!早く!!」
「――出した」
「何やってるのシュウ! 早くしないとまたあいつらがっ!?」
その時である、今まで感じたことの無いプレッシャーを感じてアーシェの身体は震え上がった、鳥肌が止まらない。
「思い出した……そうだ、そうだったね、『あいつ』が出てくるんだったっけ、なんでこんな大事なこと忘れてたのかなぁ」
危険を本能的に察知したアーシェは何事かぶつぶつと呟くシュウの手を取る、しかしシュウの脚は地面に根を張ったように動かず、自分の脚も震えて上手く動かすことが出来ないでいた。
時間にしてわずか30秒程度、しかしアーシェ的には無限にも思えるプレッシャーの狭間の中で、ついに『それ』が姿を現した。
「ひっ!?」
「ひ、ひきー!!」
『それ』を目の当たりにしたアーシェとヒーりんが短い悲鳴を上げた。
獅子の身体に鷲の翼、前足には引っかかれただけで人間など一刀両断してしまうだろう赤く太い爪。そして特徴的な2つの首。その2つの口から見え隠れする牙は余りにも残酷な輝きを見せていた。
――『ギガントキメラ』。ブルンネンの森にフォレストバットが”超”大量発生した際に出現するユニークモンスター。攻撃力が非常に高く。もし初心者が見かけたなら絶対に手を出さず、生存のために最善の行動を採るべきとされる魔物である。
『ギイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
ギガントキメラの咆哮が森に響く。その圧を受けてアーシェの意識は刈り取られる寸前に陥っていたが、鋼の精神で持ちこたえた、もしウッドゴーレムの一件を体験していなければ失神していたかもしれない。しかしそれだけだ、もはや戦意は喪失され、いかにこの局面を切り抜けるか、具体的にはどう生き残るかを考え続けていた。
シュウは相変わらず固まったままである。昔の自分であれば見捨てて逃げ出したかもしれないが、今のアーシェにとってシュウは文字通りの生命線である。しかし既にギガントキメラはそこまで迫っている、仮に今から逃げたとしても逃げきることは出来ないだろう、それこそ、誰かが時間稼ぎでもしない限りは。
(……まぁ、それでもいいかな)
アーシェはそんなことを考える自分を可笑しく思った。自分には死ねない理由がある、なんとしても生き抜いて達成せねばならない目的がある。しかし、実質一度死んでいるこの身を仲間のために使って死ねるなら、それでもいいと思っていた。
「ふ、ふふふ、ははははははっ!」
その時である、手を握っていたシュウが高笑いを始めた。恐怖に気が触れたのかと思ったが、それにしてはその瞳は強く輝きすぎていた。アーシェが自分をおとりにすることを提案しようとしたその数瞬先、シュウが口を開く
「ねぇ、アーシェってもう15レベルになってるよね?」
「レベル!? さっきの群れを対処してる時に上がったけど、今そんなこと言ってる場合!?」
「じゃあ、今すぐ『アイスキューブ』を覚えて」
「そ、それは構わないけど、どうして……」
「決まってるじゃん、倒すんだよ、アレ」
「は、はぁ!? あなた正気!? どう考えても私たちの領分じゃないわよ!!」
「違うよアーシェ、これはね、女神さまが僕たちにくれたショートカットの機会なんだよ」
「さっきから何訳の分からない事を言ってるのよ! どう考えたってここはどちらかが犠牲になってでも逃げるべきだわ! 無駄死にすることに意味なんかない!」
「逃げる!? とんでもない! もし今逃げたら僕たちはあと何か月も無駄な時間を過ごすことになるんだ、あいつを倒せば手に入れられたはずのもの、その全てを失うことになるんだ」
「それは勝てればの話で――」
「勝てればじゃないんだ、勝つんだよ、僕たちは!!」
途中で言葉を切られたアーシェはシュウの瞳を覗き込む、そこには狂人の迷いはなく、純然たる勝利を確信した色があった。
(まさか、勝てるの、私たちが、あの化け物に?)
「それに大丈夫。もし死ぬとしてもそれはアーシェじゃなくて、僕の方だからね」
「っ!」
「大丈夫、アーシェは『アイスキューブ』を10秒ごとに1発、アレに撃ちこんでてくれるだけでいいから……万が一もし僕がやられちゃったら走って逃げてね、多分逃げ切れると思うから、ほら危ないからヒーりんも下がって」
なんでもないことのように宣うシュウに驚きを隠せなかった、確かにこのまま戦えば後衛の自分の方が安全な位置にいることは間違いないのだから。
「さぁ、早く準備して! 来るよ!!」
気づけばギガントキメラは2人の目と鼻の先まで迫っていた。恐怖を飲み込み、アーシェは覚悟を決めた、仲間、いや友人と無事に帰還するために。
一方のシュウはそんな覚悟など何のその、今日も今日とて女神さまに感謝の祈りを捧げていた。
(ああ! ああ! 女神様!! ありがとうございます!! まさかギガントキメラを戴けるなんて!! ああ、この世界に生まれてきてよかった!!)
相棒を握りしめると、シュウは『ギガントキメラを200回殴るだけの簡単なお仕事』を開始した――
毎日たくさんの方に読んでいただき、本当に嬉しいです、ありがとうございます。
続きが気になる方、面白いと感じた方、よろしければブックマークや評価をお願いします。
※追記:執筆環境を変えたせいか文字化けしてしまうので、修正が済むまで少々お待ちください。