10 テイマーと初めての仲間
本日2度目の投稿です、読み飛ばしにご注意ください。
「おはようございます! 今日も良い天気!!」
「ハイ、オハヨウゴザイマス……」
太陽の光が地上に届き出してすぐにシュウの元気な挨拶が響く。実際には1度交代したため2度目の起床だが、思いのほか寝袋の寝心地が良く、熟睡してしまった。
一方のアーシェリアは起きている合間は昨晩のヤキモキとした気持ちが収まらず、見張りに気を張り過ぎていた事もあって1度寝たはずだがその顔には疲労の色が強い。
起きて早速テントや寝袋を片付け始めるシュウを傍目にアーシェリアは悩んでいた、天然なのかそれてもわかっていてやっているのか全くわからないが、このまま放っておくと本題に一向に辿り着かないのではと危惧したのだ。
故にアーシェリアは恥を忍んで自分から切り出すことを決めた。一通りのアイテム類をポーチに詰め込み終わったシュウの背に声を掛ける。
「ええと、こんなこと私から言うのも変かもしれないんだけど……その、何か私に言うことがあるんじゃない?」
いざという時のアーシェリアは消極的であった。一度自分から断りを入れてしまったことも考慮すれば仕方のないことかもしれないが、相手が超絶鈍感テイマーであることを加味すると紛れもなく悪手であった。
「言う事……ああ! ごめんだけど、非常食はもうないから、朝ご飯は町に着くまで我慢してもらわないと――」
「そうじゃなくて! パーティについてのことよ!!」
「あ゛」
この瞬間アーシェリアのシュウに対する評価は急降下した、本人に悪気がなさそうなのがまたそれを助長させる結果となった。いくら何でも察しが悪すぎる。
実際問題これは完全に失念していたシュウの落ち度だった。というのもシュウは昨日は思いのほか緊張していたのだ、アーシェリアが起きる直前までは勧誘の件についてどう切り出すか悩んでいたが、いざ起きてしまうと何から話せばいいかわからず、何故か魔物レクチャーでお茶を濁してしまったのだ。そしてある程度緊張が抜けたところで疲労がどっときて、そのまま大切なことを忘れて寝てしまったのである。
そもそもシュウ的には既にパーティを組むのが決定事項なような気もしていたのだ、本人には悪いがこれだけ痛い目にあってもソロでやっていこうとは思わないだろうという確信があった。もしかしたら怖くなって冒険者自体辞めてしまうなんてことも考えられたが、その時は土下座してでも引き留めようと考えていた、真剣に。
「それに私たちまだ自己紹介もしてないじゃない! 私昨日からずっと待ってたんだけど!!」
「あ、シュウです。テイマーやってます、14歳です」
「いくら何でも切り替え早すぎじゃない? ……アーシェリアよ、ソーサラー、同い年」
わずか10秒で自己紹介を終える2人、どうしてこんな簡単なことを今までできなかったのかとアーシェリアは頭を抱えたくなるが、その中でひっかかりを覚えるワードが挟まっていることに気づいた。
「テイマー? 一昨日もそう言っていたけど冗談よね」
「ところがどっこい、本当なんだなこれが」
何故か胸を張って答えるシュウにアーシェリアは困惑した、まさかの天然記念物との遭遇にまたしても頭痛を覚える。
「……ごめんなさい、やっぱりパーティのこと、無かったことにしてもらってもいいかしら?」
「なんで!? さっきまで結構乗り気な雰囲気出してたじゃん!」
「いや流石にテイマーはちょっと、ね?」
「ね? じゃなくて!? そりゃ今は弱いかもしれないけど、25レベルまで育てばちゃんと戦えるようになるから! ここで見切り付けないで!! お願い!!」
「わ、わかったからちょっと離れて!」
どんどんと顔を詰め寄ってくるシュウを手で押しやるアーシェリア。何故最弱のジョブにそこまで自信を持てるのか、何故25レベルとやたら詳細な数値なのか、何もわからないがとにかく情熱だけは伝わってきた。
「仮! 一旦仮でパーティ組みましょ! それで様子見て決めましょ!」
「あ、はいオッケーです」
「ねぇ、やっぱり切り替え早くない? もしかしてわざとやってる?」
わざとでもなんでもなくシュウはただ必死なだけだったのだが、このマイペースに今後も振り回されそうな予感を覚えたアーシェリアのメンタルはボロボロだった、既に諦観の極み。
実際のところ、シュウ的にはとりあえずパーティを組んでさえもらえれば後はどうにでもなると考えていたので、何とかそこまで漕ぎつけようと必死だったわけである。ギルドの規定で一度パーティを組んだらすぐには解散できないという事情もあり、彼女自身もパーティメンバーを見つけるのは(何故か)大変そうなことはギルドでの出来事で把握していたため、言い方は悪いがとりあえず唾を付けておきたかったというのが真実である。
それにシュウには自信があった。先程は25レベルと言ったが15レベルくらいになれば最低限の前衛としての役割を持てるし、今すぐでも犠牲のペンダントとポーションによるごり押しで『弾避け』くらいにはなれる、とにかく何かしら役割を持てれば早々に切り捨てられることはないだろうと考えていた。
ある程度の方向性が決まったところで2人は出発した。目指すのはブルンネンの街。パーティ結成を決めたが一度ギルドでパーティ登録をしなければならないのだ。別に今すぐ登録をしなくても現状であれば大きな問題はないが、どちらにせよシュウの受けた依頼を達成させてしまうためにギルドに戻らなければならなかったし、何よりパーティを組んでいないと何故か経験値効率が爆下がりするのだ。悲しいことにこれはゲーム時代からの『しきたり』である。
ちなみにパーティは8人まで組むことが出来る。経験値は分配式ではなく、ソロで魔物を倒した時、任務を達成した時と同様の量を各々がもらえるため基本的には組み得である。しかしそれはゲームにおいての話であり、現実には人間関係や連携等の問題でもっと少ないことの方が多い、あるいは危険なダンジョンを攻略するときだけいくつかのパーティが合同で組むことがあるくらいのもので、常に8人のフルメンバーは極端に少ない。具体的に言うならテイマーと同じくらい珍しい。
出発して以降シュウがあまり魔物の出ないルートを選択したこともあって(何故そんなことがわかるのかアーシェリアは不思議だった)、一度も魔物に遭遇せず難なく街道まで帰ってくることが出来た。1時間ほど歩けばブルンネンの街だ。
とりあえずの危険地帯を抜けたことで緊張が解けたのか、2人の口数が増える。
「え? じゃあテイマーって弱いジョブ扱いされてるってこと? マジで??」
「扱いというより純然たる事実じゃないの、ステータスもスキルも装備も貧弱、頼みの仲間モンスターもピンキリ、どう聞いても強いところなんてなさそうなものじゃない」
「カタログスペック的にはそうだけどさ……ねぇそれってアーシェがそう思ってるだけってわけじゃなくて、本当にみんなそう思ってるの?」
「アーシェって……ともかくそれは常識中の常識よ、爺――じゃなくて、私にソーサラーを勧めてくれた元冒険者の人もテイマーだけは無い、絶対、って言っていたもの」
「う~ん、テイマーはレベルを上げて棒切れで殴る最強ジョブなんて誰でも知ってることだと思ってたんだけど」
「ごめんなさい、言ってる意味が全然わからないわ……」
さりげなく名前を縮められたアーシェだが、もはやこの程度のことに突っ込んでいては酸欠になりそうなので早々に気にしないことにした。一方のシュウは口調の軽さとは裏腹にテイマーの世間的評価のギャップに衝撃を受けていた。
(じゃあ村の皆やギルドの人の反応が悪かったのってそういう事なのかな……え、もしかしてテイマーの特権って修正されてたりする?)
ここにきて一気に不安を覚えるシュウである。しかし冷静に考えれば自分にはテイマー以外の選択肢が元々なかったことを思い出した。何、もし例の超火力が無くなっていたとしてもそれならそれでやりようはある、無い物ねだりをしても始まらないのだ。
【レッドダイアモンド】は自分の持つカードをいかに上手く使うかを競うゲームでもあった。PvP要素は極限まで薄かったが、日々自分達の『クラン』の地位を高めることに躍起になっていたのが懐かしい。
ちなみに『クラン』はプレイヤーがギルドに300万ガルドを支払うことで開設が可能になる組織のことである。専用の拠点を持つことを許され、クラン共通の銀行や倉庫を使用できるようになるだけでなく、クラン加入者だけが攻略を許されるダンジョンも存在する。
前世では最終的にシーフとして主に宝箱漁りといった金策やダンジョンの鍵開けのみを担当していたこともあり、テイマーは本当の意味でやりがいのあるジョブだとさえ感じた。もし例の仕様が消えていたとしても仲間モンスター達に可能性を見出すなり、自分のやれることを探せばいいと楽観的思考に戻りつつあった。最もこれは杞憂であったとすぐにわかることになるのだが。
街に着くとその足でギルドに向かう――予定だったがまたもアーシェのお腹が可愛く抗議を始めたため先に食事を済ませることにした、思いのほかゆっくりし過ぎたせいか既に昼前の時間になってしまった。なるべく空いてそうな喫茶店に入ると各々好きなものを注文した。シュウはトマトスパゲティとサラダのセット、アーシェは無難にモーニングセットを頼む。最も時間的には既にブランチといった様子だが。
ちなみにこの世界の食事や食材は前世の世界にあったものがそのまま存在している。野菜や肉、魚、調味料などは一部を除いて概ね入手するのに苦労することはない。加工食品や炭酸の清涼飲料水等は流石にないが、ある程度のものは自力で再現することが出来なくはない。
ささっと食事を終えると今度こそギルドへ。先日来た時と同じように冒険者でごった返していたが、その中で受付の女性がこちらに気づき声を掛けてくれた。初日に担当してくれたチネットである。
「シュウさん、アーシェリアさん、こんにちは! 2人一緒ということはパーティ組むことにしたんですか?」
「まぁそんな感じです、なのでパーティ登録を行ってしまいたいのですが」
「承知しました! ではこちらの書類に2人の署名をお願いします」
渡された紙に名前を書き入れていく。ちなみに日本語のためシュウは難なく書き込むことが出来たが、アーシェはあまり得意ではないようで、チネットに代筆をお願いしていた、その場合は別途指紋が必要になる。とはいえ帝国ではその言語の特異性からか識字率が高くなく、こういった事は珍しくない。
帝国の公用語は日本語である。これは【レッドダイアモンド】が日本発のゲームだったことからこうなってしまったわけだが、町並みは中世ヨーロッパっぽい雰囲気を醸しているのに、看板等には普通に日本語がかかれているため大変シュールな状況となっている。今この世界を生きる一般人の中には気にする人は一切存在せず、シュウ自身もプレイヤー時代はあまり気にならなかったが、直接見て一度気にしてしまうとムズムズ感が止まらないため気にしないことに決めた。
そうこうしているうちにパーティ登録は完了した。
「はい、以上でパーティ登録は完了です。一応規約では14日間はパーティの解散や離脱は原則不可能ですのでご留意くださいね」
「了解しました。では続いて一昨日受けたヒーリ草の依頼を完遂してしまいたいのですが」
「え、もう集めてきたんですか? わかりました、では100本で3000ガルドでの買取になりますがよろしくお願いします」
「ではとりあえず400本を、あと端数で45本あるんですがこちらは買い取っては頂けませんか?」
「よ、400ですか?わかりました全てお受けいたします。45本については減額となりますが買取は可能です、その場合1本20ガルドなので……900ガルドになりますね」
平静を装っていたがチネットはかなり驚愕していた。というのも2日でヒーリ草を400本というのは特別多い数字ではないが、それはある程度冒険慣れして来た者に限った話であり、2日前に冒険者になったばかりの、それも採取系スキルや探索系スキルを持たないテイマーがブルンネンの森でスムーズに集めてくるとは夢にも思っていなかったのである。
また、これには同様の理由でアーシェも驚いていた、爺曰く、最初はヒーリ草を100本集めれば宿代1日分に相当するため、まずはそこを目指して毎日採取できるようになれと教わっていたのだ。それがその4倍である。さらに考えれば昨日は自分が昼過ぎには地に臥せっていたため、少なくともその前には集めきっていたことになるのだ、かなりのハイペースである。
無論シュウはそんなことには一切気づかずポーチから昨日纏めておいた分をひょいひょいと取り出していく。綺麗に束になっているため見ようによっては花束に見えなくもない、独特な薬っぽい臭いが全て台無しにしているが。
「では預からせて頂きます、後程職員が数に間違いがないか確認致しますので、報酬金の受け渡しは明日以降になります」
「あ、そうなんですね……わかりました、では明日の朝にまた伺わせてもらいます」
その後は軽く会釈をしてギルドを後にする。まだ日は高いがこれからまたすぐ冒険に出る気力も時間もなかったため、大分暇を持て余してしまった。
「この後はどうする予定なの?」
同じことを考えていたアーシェから質問が飛んでくる。例の商店に犠牲のペンダントの在庫状況を聞きに行っても良いが、それは1人の時でもできるので、今回はアーシェのために時間を使うことに決めた。
「そのことなんだけど、アーシェの装備を買いに行かない?」
「私の装備? 自慢じゃないけど、結構いい物を既に揃えてる自信があるわよ」
事実アーシェが今装備している『黒の魔道帽』『漆黒のブーツ』『鈴蘭の杖』などは全て店で揃えると一式で20万ガルドはするだろう高級品だ、その性能も値段に見合ったものであり、最初に彼女を見たときもシュウは結構なお金持ち出身なんだろうなぁと見抜いていた。真相は少し違うが、アーシェに金銭的余裕があったことは事実であった。
「まぁそうなんだけどね、でもソーサラーの必需品は持っていないみたいだからさ」
「必需品?」
自身はテイマーなのに何故そんなことを知っているのかと今日何度目かわからない疑問を覚える。必需品が何を示しているかはわからないが、しかしことここに至ってアーシェは「シュウが言うなら本当の事なんだろうと」無条件で考えるようになってしまっていた。悲しいかな、洗脳である。
「そう必需品。ソーサラーの圧倒的パワーを支える、縁の下の力持ちをね」
そう言うと跳ねるように目的地を目指して歩き始めたシュウの背中を、アーシェは慌てて追いかけた――
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