表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

表の顔と裏の顔

作者: 安達邦夫


3.


探偵は、その朝久しぶりに早起きすると、朝顔にペットボトルから水をやった。ミネラルウォーターだ。それと愛情も。

ゆっくり淹れたてのコーヒーを飲むと、目が覚めてくる。

これからひと仕事しなければならない。

どうやら探偵の裏の顔に出番が回って来たらしい。

彼の唯一の調度であるソファには、封を切られて広げたままの便箋が無造作に置かれていた。


西谷文佳は、ワンルームに足首に手錠を懸けられ、目を覚ました。昨日は、夜半まで女子会で飲んで、タクシーに乗ったはずだけど、……。

ドアがあったが、ビクリともしない。足首の手錠がガラガラと音をたてる。(なんで!?)ロープはループになっていて外れて逃げられないようになっている。ひとつだけある窓は、外に格子があり、出られそうもなかった。

バック(バーゲンで大変な思いで手に入れた)は、あったが、入ってるはずのスマホは見当たらない。なんども見ても、同じだった。状況がわからず、パニックになりそうになりながらも、懸命に考えるが、考えはまとまらず……。どうして⁉ すると急に声が聞こえた。

「に!……あ、あー」見ると壁の一部に取り付けられたスピーカーからだった。文佳の目がそこに釘付けになる。

「西谷文佳さん、あなたは我々の手で、昨夜拉致されて、今この部屋にいます」と言った。一瞬何のことか分からずポカンとして。

「この部屋は完全防音になっています。どんなに助けを求めても誰も来ません。鍵は最新式のもので解錠は、外部からの指紋認証でしか開かないようになっています。我々の目的は、ひとつです……」

文佳の顔から次第に血の気が引いていった。事態を覚り始めていた。失神こそしなかったが、誘拐という文字が浮かんだ。目がクラクラしてきた。

「1週間以内に、次のものを完成させること!

20代の女性が、着たいと思うファッションのデザイン画を、完成させること!

1週間以内に、50通りのデザインを完成させること!

そのために必要な機材パソコン資料一式は当方で用意する。

当方が、いかなる意図で……とか、そういう詮索は一切しないこと。

もし、1週間後に完成できない場合、死をもって処理すると覚悟するように……。

……以上だ!」

文佳は、その場に泣き崩れ、しくしく泣いた。そして、泣き続けた。いつ果てるとも知れない涙の河の中で、どうして私にこのようなことが、⁉と問い続けて、また泣き叫んだ。理不尽過ぎる。なんで私が。

それから、泣き疲れて、いつの間にか眠っていたらしい。どのくらい時間が経ったのか判らなかった。ゴトンゴトンと音が聴こえ、外が騒々しくなったかと思ってると、いきなりドアが開いた。

目出しの黒いマスクと、カーキ色のつなぎ服姿の3人の男達が、ドカドカと部屋に入ってきて、文佳は一瞬ギョッとする。部屋の隅へと逃げた。(殺さないで!)


だが、男たちはパソコンやブリンターや机を、手際よく設置している。プロのようだ。文佳に危害を加えるつもりはない様子だ。だが、文佳が、必死に助けを求めても知らん顔であった。ものの数分で機材の設置を終えると、無情にもドアが閉じられて、静寂が訪れたのである。

取り合えず、パソコンを起動する。ファイルには、洋服のデザインに必要なアプリケーションソフトが揃っていた。約1年分のファッション誌まであった。

どうしろっいうのよ!たすけてーーっ!!!

文佳の叫びが空しく響いた。



ーー1か月後


西谷文佳は、銀座にいた。今日のオープンセレモニーにしつらえた白金色のスーツを着ていた。金色の縁取りがしてある。襟元に洒落たブローチをしている。もちろん、彼女がデザインしたもの。とても嬉しそうに微笑んでいる。これからマスコミも取材に来ることになっているのである。まだ、夢の中にいるようだ。


外の通りの向かいに、探偵はいた。そっと様子を見に来たのである。

あの笑顔を見て、すべてが上手くいったことを確信する。実は、西谷文佳が描いたデザイン画を見た〇〇(ファッションデザイナー)が、面白いと乗り気になり、たまたまその場にいたF氏(財界の大物)がスポンサーとなって西谷文佳のブランドを売り出すことになったのだった。もちろん入念な下調べと人脈。熱意とタイミングが、依頼人の作戦を成功させたのである。探偵の知り合いの電気屋にも、映画の撮影だからと、手伝ってもらったのだが……。依頼人は誰かって?ウフフ、それは探偵の守秘義務というものだからね。


(終わり)









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ