ヒーローと探偵――18.兄妹
妹の死を宣告された兄は、一体何を思ったのだろう。その謎は僕みたいな人間には解きようがない。でも、分かりたかった。分からなければいけないと思った。僕はそんな使命感にも似た何かに導かれ、推理した。
「どうせ死んでしまうのなら、最後は自分で終わらせたかった。妹を俺の手で殺し、俺も死んで、人生を終わりにしたかった」
仮町は公園のベンチに座り、どこか遠くを見つめながら言った。何を見ているのかと思って視線を追ったが、そこにはただ空が広がっているだけだった。多分仮町は何も見ていないのだろう。ただ目を向けているだけで、その瞳は何も受け付けていない。
「多分、あの時の気持ちを言語化するなら、そんな感じだろうな」
「でも殺せなかったんだよね。僕を病室に残し、春ちゃんの元へ向かった君は何もせずに戻ってきた」
僕は彼の意味不明、曖昧模糊な動機と犯行に疑いを持たなかった。真実を推理したときからずっと、一度だって馬鹿げているとは思わなかった。彼の愚行を、僕は理解できてしまった。
「でも、全てがどうでもいいと思ってやったなら、どうしてアリバイなんか作ろうとしたんだ?」
「お前を別人に合わせた理由はアリバイの為じゃねえよ。ただ、お前はきっと妹が生きている存在として接してくれそうな気がしたから。そうされたら、妹がまだ生きていると誰かに肯定されてしまったら、決心が鈍っちまう気がした。だから、それを避けようとした」
つまり僕と病院に入るまでは殺そうという気はなくて、あの階段を昇る最中で殺害を決意したというのか。そのことを僕はおかしいと思いながらも、なんだか心の奥底では理解できてしまっているような気がした。
自分が何をしようとしているのか、自分でも分からなくなり、外と中が正反対のことを示してしまう。妹のお見舞いを友達に頼みながら、頭では消えることを願っていた。
「分かるよ。その気持ち、僕もそうなったことがある」
不幸だからとか、苦しいからとかそういうことではなくて、ふっと煙のように消えたくなる気持ち。全てがどうでもよくなって、面倒くさくなって、自分の内なる怠け者が暴走し、その気持ちを引き出す。
「結局、あいつを前にしたら指一本触れられなかったんだけどな」
自分自身を嘲笑うかのように笑って、仮町は苦しそうに目を閉じた。
「あいつの気持ちは理解できているつもりだった。脳死の後移植を希望するのはきっと正しい。俺はきっとそれを分かっていた。分かっているつもりだった。だから俺は、殺せなかったことを喜んでいる。でも、殺さなかったことを後悔もしているんだ」
目の前の彼が、仮町であるという事実を、僕は受け入れることができない。目は虚ろで、生気を感じない。生きているのかさえ疑ってしまう彼のありさまに戸惑ってしまう。
それでも僕は、受け入れようと思った。
妹を殺そうとしたことも、挫折して彷徨って情けない姿を晒していることも、全部どうでもいいことだった。
そんなものはただの意外な一面でしかない。彼を形どるただの一部だ。
それ以外のことを僕は知っている。見知らぬ他人の為に動くことができる正義感を、友達の為に屋上まで這い上がるほどの行動力を、家族というものの優しい考え方を、僕は知っている。だから僕にはどうでもいいんだ。
「君は道を踏み外しかけた。いや、君にとっては完全に踏み外したに近いんだろう。でもね、そんなことで僕の前から消えてもらっては困る。君はもう僕の日常だ」
だから僕ははっきりと口にした。心の中身を隠すことなく、一切の躊躇なく言葉にした。
そして、梨花から譲り受けた言葉と思いも、ちゃんと言うことができた。
「責任は取ってもらう。途中退場なんて許さない」