ヒーローと探偵――17.道のりは遠く険しい
梨花が教えてくれた公園は、僕の家から二十分ほど歩けば行くことが出来た。しかし、傷だらけの僕にとってそれだけの距離でも、息は上がり傷が痛んだ。
満身創痍に加え、真夏の炎天下が僕を襲った。そんなに遠くは無いはずなのに、今の僕にはフルマラソンに感じられた。まあ、フルマラソンをしたことはないけれど。
それでも僕は歩いた。何が僕を突き動かすのか、何が僕をそこまでさせるのか、きっと僕の中には不明瞭な答えしか出ていない。でもそれでいいと思った。それで十分だと思ったんだ。ただ友達に会いに行くだけなのに、確かな答えなんていらない。
なんとなく、ふらっと会いに行ってしまうのが友達だと思うから。
僕は地獄のような坂道を乗り越えて、公園の入り口に立った。砂場近くのベンチに仮町はいた。病室の前で待っていた時のように、ベンチに体を預けていた。砂場で遊ぶ子供たちによって、お腹に砂の山を建造されていることに気づいていない。どうやら眠っているようだ。
僕はベンチに近づき、子供たちにちょっとごめんねと言って避けてもらった。傷だらけの顔が怖かったのか、子供たちはすぐに避けてくれた。
僕は仮町のお腹にのった砂を払い、肩を叩いた。
仮町はゆっくりと目を開けた。
「ここで夜を開けたのか?よく通報されなかったな」
仮町は僕を見ると、ニヒルな笑みを浮かべ「今度はお前か」と呟いた。
「何しに来た?」予想していた質問に、用意していた答えを返した。
「推理を披露しに来た」
僕ははっきりと、臆することなくそう告げた。すると仮町は起き上がり、溜息をついてベンチに座り直した。
「そうか、ばれたか。まあそうだろうな」
犯人は呆気なく認めた。普通はちょっとした足掻きを見せるものなんだが。きっと彼はこうなると知っていたのだろう。分かっていて、それでもあんなことをしてしまった。そう思った。
「それでどうすんだ。怒って殴りに来たのか?」
「違うさ。ただ、連れ戻しに来た。君がいない生活はどうにも寂しい。君はもう僕の当たり前になってしまった。勝手にいなくなるのは許さない」
僕はきっと生まれて初めて、自分の気持ちを正直に話せた。一切の脚色もなく、一切の妥協もない僕の言葉を、僕は初めて聞いた。
「俺は、そっちにはいけない。戻る気にはなれない。あんなことをしておいて、生きていくことは出来ない」
それはなんだか聞き覚えのある言葉だった。まるで、昔僕が思っていた言葉とそっくりだった。潟元夫妻に対する罪悪感が壁となり、自分が幸せになることを許そうとしなかった僕と似ていた。
でも僕は、彼から教わってしまった。
そんなことは誰かに許されて求めるものではない。逆に言えば、許されたからといって幸せになれる訳ではない。ただ、少しずつでいいからゆっくりとでも進んでいけば、気がつくと幸せになれることだってある。
それは最初に求めていたものとは全く違う幸せかもしれない。夢は叶わず、目標には決して達することは出来ないのかもしれない。
けれど、それでもいいんだと思えてしまう何かを、手にすることだってあるんだ。
それは言ってしまえば妥協であり、ただの都合のいい諦めなのかもしれない。でも、そんな考えなんてどうでもいいくらいの景色が、振り向けば広がっていることだってあるんだ。
振り向けば帰りを待っていてくれる人がいて、元気をくれる友達がいて、助けたいと願うほどの存在がいた。
幸せを拒んでいたあの頃に抱いていた、幻想のような幸福とはかなり違うけれど、それ以上のものが僕の前にはあるんだ。
そういうことを教わってしまった。だから僕は、彼に教えようと思った。
君が今抱えている悩みなんて、生きることを諦めるほど重いものじゃないんだ、と。
そして僕は口を開く。
「君は春ちゃんを、殺そうとしたんだろ?」