ヒーローと探偵――14.そして探偵に
目が覚めたとき、自分がなんでそこにいるのか分からなかった。
だってそこは学校だったから。僕は地べたの上だったはずなのに、学校の保健室のベッドにいた。
でも、それ以上に驚いたのは、そばにいた梨花が、泣いていたことだった。
どうして、君が泣くの。僕の頭はそんな疑問で埋め尽くされた。痛いのは僕なのに、君は痛くもなければ痒くさえないのに。
そんな思いが顔に出たのだろうか。彼女は言った。
「大切な人が傷ついたら、その人よりずっと、見ている人の方が悲しいんだよ」教えるように、僕の疑問に答えるように梨花は言った。
「僕には、よく分からない」それは僕の口から思わず零れてしまった本音だった。
本当は梨花が悲しんでくれたことに喜んであげたかった。そうするべきだった。でも出来なかった。そんな自分が、どうしても許せなかった。
「言ったじゃない。責任があるのよ。あなたは私を助けた。だからもう心に住み着いてしまった。勝手に住み着いておいて、何も感じるななんて責任放棄もいいとこだよ」梨花は涙を拭い、ポケットティッシュを取り出して、豪快に鼻をかんだ。
「どうして、そこまで言えるんだ?どうやって自分を信じればいいんだ?どうすればそうなれるんだ?」
僕の質問攻めに、梨花は一言で答えた。
「もうなってるよ」
それは一瞬の出来事だった。
彼女はその優しい言葉で、声で、僕を救ってみせた。無くしてしまった自信を、彼女はいとも簡単に僕にくれた。
あると知らなかった。こんな簡単に、見つかるなんて思ってなかったんだ。
だから僕は、不意に渡されたそれをそっと抱きしめるように、心の中で噛み締めた。
「やめてくれ、そんな風に優しくしないでくれ。それ以上優しくされたら、僕は君に惚れてしまう」
「いいよ。私はあなた達と違ってちゃんと責任とるもの。逃げたりなんてしないもの」
「どういう意味?」
「ちゃんと、「ごめんなさい」って言うよ」
僕は予想外の言葉に吹き出してしまった。口角を上げると口元の傷が痛んだ。でも、笑わずにはいられなかった。
僕が笑っていると、梨花もつられて笑い出した。
笑いすぎて、保健室の先生がカーテンを勢い良く開けて睨んできた。僕たちは口を抑えて頭を下げた。
「それで、あんた何があったの?」
先生の質問に僕はとりあえずカツアゲにあったという説明をした。仮町関連の話をするのはなぜか憚られた。多分、もう既に僕の中で、彼のことは僕が解決したいと思っていたからだろう。
先生は「お大事にね」と言って職員会議の為に出て行った。
「私ね、あの後ひーくんを見つけたの」梨花は少し俯いて平坦な口調で言った。それは悔しさと悲しさを押し殺すため、わざと平坦に喋っているようだった。
僕はなんと言えばいいのか分からず、ただ黙っていた。
「ひーくんね、お葬式の後ずっと町を彷徨ってたんだって。それで昨日とうとう歩けなくなって、公園のベンチに座ってた」
けれど、梨花の声は次第に平坦さを失い、波打つように不安定になっていく。今にも泣きそうなのだと分かった。
「でも、ダメだった。私じゃダメだった。ひーくんは私の言葉を聞こうともしなかった」
梨花は悔しそうに拳を握りしめている。彼女はまた涙を流した。さっきとは違う種類の涙だった。
悔しさと、切なさと、多分――愛しさの涙。
彼が僕に嘘をつき、何も言わずに消えたのには理由があるはずだ。そして、それはきっと彼女、仮町春に関係がある。そんな考えが僕の中で確信になっていた。
理屈や理論を飛び越えて、僕の中の何かがそう告げていたのだ。
僕は人のプライバシーにずけずけと入り込み、努力の積み重ねを得意顔で無下にする、そんな人間になることを決めた。そんな探偵役になろうと思った。
僕を友達と言っておいて、勝手にいなくなるなんて許さない。責任は取ってもらう。
僕の大切な人になっておいて、関係ないなんて言わせない。