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探偵とヒーロー  作者: はち
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ヒーローと探偵――11.嘘つき

 さて、どう整理すればいいだろう。

 ぐちゃぐちゃになりごちゃごちゃになった頭の中を、どう整理すればいいだろう。


 僕はとりあえず周りを見渡した。ピンクのシングルベッドとその枕脇に置かれた可愛らしいぬいぐるみ、おそらく子供のころから愛用しているであろう白い学習机、口紅みたいに真っ赤なテーブル、その上に置かれたお洒落なカップが二つ、どれもこれも僕の趣味ではない。


 梨花の趣味だ。可愛らしく愛らしい、女の子の趣味だ。ここは梨花の部屋だった。

 普通の人は女の子の部屋に入ったくらいで、取り乱したりはしない。頭の中をどう整理すればいいかなんて悩みは抱かない。しかし僕は普通の人間ではない。人並以下の青春を過ごす童貞だ。


 故に悩み、慌てふためき、カップに注がれた紅茶を啜って口の中を火傷するというへまをする。そしてそんな惨めな姿を晒しながら、壁際のベッドをちらりと見てワンチャンあるかもなどと幻想を抱く。


 落ち着こうと思った。このままでは今まで同年代女子の部屋に入ったこともない童貞だとばれてしまう。まずは深呼吸をした、が、すぐに良い匂いが肺に広がり失敗する。


 こんなことなら「お礼したいから寄って行って」という梨花の言葉なんて、無視すればよかった。

「ごめんね、こんなものしか出せなくて」恥ずかしそうに梨花は舌をぺろりと出して謝った。

「い、いや、そんなことないよ。この紅茶凄く美味しいし」僕がそう言うと梨花は安心したように微笑んだ。

「そういえば、和人くんはどうなの?あれからよくなった?」間が持たなくなることを恐れ、すぐに僕は話題を振った。


「大丈夫だよ。お医者さんの話だと、予定より早く退院できるって」

「そうか、じゃあ夏休みには花火ができるといいね」


 梨花は和人くんの話をするとき、いつも嬉しそうな顔になる。その顔を見ると、世界が和らいで見える。彼女の周りの空間の凝りが無くなって、ただただ優しい何かで包まれている。

 仮町もそうなんだろうか、と思った。ふと、考えてしまった。

 妹のことなんか嫌いと言っていたけれど、それは多分嘘なんだろう。家族のことは僕みたいなやつには分からないけれど、なんとなくそう思う。


 歯がゆいと思った。きっと梨花には、妹を失った仮町の悲しみが痛いほど分かっている。しかし僕には分からない。分かった気になってもそれは表面だけで、内側の、大切な人を失う苦しみなんて理解しようがないのだと思う。

 だから、分かりたいと思う気持ちだけが高まっていき、行き場のない感情だけが心を支配しようとしていた。


「今日はありがとう。無駄足だったけど、手伝ってくれて」

「僕にはあれくらいしか出来ないから、僕は君たちとは違うから」

「どうして?」

「僕には兄弟どころか家族もいないからね。君たちの気持ちには同調できない。多分僕は、心の底では大して心配なんてしていないんだと思う」


 きっと、心の奥の、底の底では、どうでもいいとさえ思っている。僕はそんな奴だ。

 ただ梨花にそんな奴だと思われたくないというだけの男。己の矮小さをその矮小さで隠すような人間だ。


「そんなことはないよ。だって、この世にどうでもいいことなんてないもの」


 梨花はまた平然と、僕の心を読み、それを否定した。


「目の前で傷ついている人を見ると悲しくなって、心に穴が開いた気分になって、それを埋めたいと思う。そのことに理由なんて、原理なんてないもの。でもだからこそ、悲しんでいる人を見ると悲しくなるっていうのは、誰にだってある感情なの。君にだってあるはずなんだよ」


 僕は梨花の言葉を聞きながら、心の中で否定していた。そうじゃない人間を知っているからだ。片桐家での生活でそれを思い知っている。


「それに、私と君が違うのは当たり前だよ。おんなじ人なんてこの世にはいないんだから。でも、それでいいんだよ。違う心で、おんなじみたいに心配してる。それって凄く凄いことじゃない?」


 僕は思わず顔を綻ばせて「そうだね」と言ってしまった。そう言いたい気分だったんだ。


 その後仮町がいそうな場所を二人で考えて、途中世間話にそれたりした。そして外も暗くなり始めたので僕は帰ることにした。

 梨花に「帰るよ」と言って立ち上がった。その時、学習机に置いてあった写真立てが目に入った。写真には幼い日の梨花と仮町、そしてその真ん中に小さな女の子が映っていた。


 多分、春ちゃんだな――と思ったとき目を疑った。

 その少女は僕が病室で会った女の子とは――似ても似つかなかったからだ。

 僕は体を停止させてしまった。持ちかけたカバンがするりと手から落ちた。


「どうしたの?」

「この真ん中の子は、仮町の妹なのか?」


 心の中では否定されたいと思いながらそう聞いた。しかし、隣に映る仮町と見比べて、似ている顔つきを見たら、もう答えは分かっていてしまっていた。


「そうだよ。会ったことあるんでしょ?」


 僕は考えた。多分反射のような思考だった。一瞬の、電流のような推理は、僕の中の疑問を全て解決した。こういうのを、パズルがかっちりと嵌ったと表現するのだろう。


「あるよ。会ったことがある」


 僕は嘘をついた。


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