ヒーローと探偵――8.ヒーローの隠し事
梨花の話は驚くことばかりだった。
仮町の家族は仮町以外の三人で車に乗っているとき、対向車線を走るトラックが突っ込んでくるという悲惨な事故に遭った。そして両親は亡くなり、春ちゃんは脳死になった。
春ちゃんは学校の授業で配られた、「臓器提供意志表示カード」に脳死判定後移植可能な全ての臓器を移植することを示していた。
それを見た仮町は妹の意思を尊重し、移植手術を受諾した。その結果昨日、仮町春の生命維持装置は取り外され、命を落とした。
だから春ちゃんの葬儀は、昨日行われることになると、二週間前から決まっていた。
「そんな、そんな話……」僕は言葉を詰まらせてしまう。衝撃的な事実が僕を襲い、ショッキングな言葉が僕を固めてしまった。
「どうして君には話してないんだろう……」
僕たちは互いに頭を抱えて悩んだ。僕の頭には一つの答えしか浮かんでいなかった。ようは仮町が僕のことを、本当は友達として見ていなかったという答えだ。しかし、梨花はそれを否定した。
「それはないよ。だって、ひーくんは君のこと友達だって言ってたもん」
嘘を見抜いてしまう梨花がそう言うのなら、その嬉しい言葉は真実なのだと信じることができた。でもそうなると、より謎は深まる。
そりゃ勿論、友達とはいえ出会ってまだ数か月の間柄なのだから、親族の葬式に呼ばなくても不自然ではない。しかし、一度お見舞いに行かせているのに、葬式に呼ばないのは仮町の性格を考えると不自然だと思った。
まして春ちゃんは特殊な状況下にあった。僕が春ちゃんに対して、友人の妹という以上の思い入れをしてしまうことは分かっていたはずだ。あの男がその辺のことを感じないわけがない。
実際僕は、彼女との出会いを特別に感じ、彼女に話を出来たことを嬉しく思っていた。
「仮町は何かを隠している」
僕は確信を持って宣言した。
「なにを?」梨花はどこか不安そうに言った。
「分からない。でも、嫌な予感がする」
僕の予感は当てにならないと、僕自身がよく知っていた。でも今回のそれは、なぜか当たると思えてならなかった。
僕は不安に駆り立てられ携帯電話を取り出し、仮町に電話をかけた。しかし、今朝と同じく留守番電話サービスにしか繋がらない。一応朝と同じようなメッセージを残しておいた。
「電話に出ない」僕がそう言うと、梨花の顔が曇った。
その日はずっと考え事をして過ごした。授業中も、休み時間も、昼食の時も、僕の頭には仮町の不可思議な行動のことで一杯だった。
「それでよ……って、話聞いてんのか?」
高野の不機嫌そうな声ではっと我に返った。僕はお弁当を食べながらぼおっとしていたらしく、目の前にいる高野の話を聞いていなかったみたいだ。というか、高野が目の前に座っていることに今更気づいたくらいだった。
「えっと、ごめん、なんの話だっけ」僕は咄嗟に苦笑いを浮かべて取り繕いながら言った。
「夏休みお前の家はどっか行くのかって聞いたんだよ。どうした?なんか変だぞお前」高野は一度心配そうな顔で僕を見て「まあ、お前が変なのはいつも通りか」と高らかに笑った。
「お盆に墓参りに行くくらいかな。高野は?」
「俺はたぶん家族で旅行とか行くと思う。墓参りついでだけどな」
家族、その言葉に僕の心は反応してしまった。きっと、最近潟元夫妻や梨花の弟、そして仮町の妹とまで接する機会があったからだろう。
家族を知らない僕が、他の家族というものを深く知ってしまい、そういうものを無意識に考えてしまっていたからだろう。
そうして僕はまた考える。なにを行動に移すのにも億劫な僕に出来ることはそれくらいしかない。
仮町がなんのために、妹と僕を合わせたのかをただひたすらに、推理した。