ヒーローと探偵――5.テレビの中の、ヒーローの言葉
「やっぱりお盆がいいかしらね」
潟元家での夕食の時、价子さんが言った。僕はいろいろなことを考えてしまって、ぼおっとしていたのでなんの話なのか分からなかった。
「えっと、すいません、ぼおっとしていて、なんの話でしたっけ?」
「もう、夏休み出かけるのはいつがいいかよ」价子さんは頬を膨らませて言った。
そうやって子供っぽい反応を見せると、价子さんはとても若々しく、とても四十代とは思えなかった。
「そう急がなくてもいいじゃないか。夏休みが始まるのだって後十日もあるし、そんなに遠い場所にあるわけじゃないんだからそこまで綿密に計画を練らなくても大丈夫さ」
「あなたはさっさと原稿を終わらせなさい。今のペースだとお盆までに終わらないでしょう」
价子さんはさっきまでの可愛らしい顔とは打って変わって、とても厳しい冷血な顔つきで言った。それは宿題をやれと子供を叱る母親のようだった。京司さんはしょんぼりとしてしまった。こういうときフォローを入れられたらいいのだけれど、僕はなんと声をかけたらいいのか分からなってしまう。
「何か悩み事はないのかな」
京司さんはわざとらしく話題を変え、僕に目を向けた。
僕は京司さんを助けるためになんとか返答の言葉を考えた。
「自分の力が足りなくて、決して助けにはならないと僕には分かっているんです。なのに相手は僕なら助けてくれると信じている。僕は力になりたい、助けたい、でもやっぱり僕には力がないと分かってしまっている」
僕の回りくどい言い方に价子さんは頭を抱えてしまった。京司さんは腕を組んで考え込んでいる。その姿は和服によく似合っていた。
「君は大事なのは結果だと思うタイプなのかね?」
「どうでしょう。結果は大切だと思います。でも、全てではないと思います」
僕が答えると京司さんはにっこりと、満足そうに微笑んだ。
「ならいいじゃないか。君は力及ばず救えないのかもしれない。しかし、何もしなくていいということにはならない。それと同じだよ」
僕は梨花のお願いを思い出して、自分に出来ることはなにかを考えた。でも浮かぶのは下らないことばかり。僕の顔は暗くなる。
「ハチドリの話をしたことあったかな」僕は首を横に振った。
「ある島にハチドリが暮らしていた。その島は森に覆われた、緑豊かな島だった。ハチドリはその島が大好きだった。しかしある日、落雷で森に火がつき火事になってしまった。炎は物凄い勢いで島を包み、島の動物たちは浜辺に避難して火事をただ黙って見ていた」
僕の頭の中には、暗い夜の中に大きな炎を浮かべる島と、その浜辺にいる動物たちの姿が浮かんだ。なぜかその動物の中にはクマやキリンなんかがいた。
「でもハチドリだけは動いていた。海に向かっては嘴に一滴の水を掬い、炎の中に落としていった。何度も何度もそれを繰り返した。
ただ見ているだけの動物たちはしびれを切らして言った。
『そんなことをしても無駄じゃあないか』
しかしハチドリは飛びながら答えた。
『私は私にできることをしているだけ』とね」
僕は京司さんの言わんとしていることが分かった気がして、それがなんだがとても嬉しかった。
「っていう話を、昔ドラマで見たんだ」
照れ笑いを浮かべて京司さんは言った。
「分かりました。僕は出来ることをやってみます」
僕が声に力を込めて言うと、京司さんは満足したように顔をほころばせた。
僕は残った料理を平らげ、ごちそうさまを言ってから食器を下げた。廊下を進み自分の部屋に向かった。
僕は決めた。自分に出来ることをやると。
弱かったり、運が悪かったり、何も知らないとしても、それはなにもやらないことの言い訳にはならないのだから。
かつてテレビの中のヒーローが、そんなことを言ったのを思い出していた。