ヒーローと探偵――3.おねがい
放課後を告げるチャイムが鳴ると、クラスメイト達は一斉に鞄を持ち教室から出ていこうとしだした。この内の約半分は部活動のため学校に残り、もう半分はそのまま学校を出ていく。僕も後者の半分と一緒に教室を出ようと鞄を持った。
その時梨花が僕の目の前にやってきた。
「今日さ、一緒に帰れないかな……」どこか不安げで、どうにも彼女らしくない口調に僕は戸惑いながら、首を縦に振った。
帰り道、梨花はしばらく何も話さなかった。だから僕はなんとか会話をしようとあれこれと話題を挙げていった。しかし、そのどれもが彼女の気のない返事に撃沈された。
「そういえば、この間の花火は弟さん喜んでくれた?」
苦肉の策として前回の事件を挙げてみた。すると予想通り、弟想いの姉はすぐ笑顔で食い付いてきた。
「うん。喜んでたよ」
「でも見れたのは一発だけだったから、正直物足りないと思っているんじゃないかな」
一発上がったところですぐに皆屋上を追い出され、梨花と和人くんも学校を後にしてしまったので、結局屋上から見れたのは一発だけだった。
「そうでもないよ。だってあの後病院に向かってたとき、何発か、全体じゃなくて端っこだけとかだったけど見れたから」
嬉しそうに語る梨花を見て、僕は「そっか」とだけ答えた。それ以外の回答は不要だと思った。
「足の手術は終わったの?」
「終わったよ。先生が無事に済んだって言ってからもう大丈夫。来週からリハビリなんだ。頑張らなくちゃ」梨花は右手の拳を天高く掲げて言った。
まるで自分がリハビリするかのように言う梨花を見て、僕は思わず笑った。
「応援は大事だけれど、なにもそこまで君が気張らなくても……」
「いや私なんか人が頑張っているのを間近で見ると、体に力が入っちゃうんだよね。運動会の後は応援のせいで筋肉痛になるくらい」
そんな会話を一しきり終えて、大いに笑った後、梨花は静かに語りだした。
「ひーくんはどんな様子だった?」
「お見舞いの時?」
「うん」
僕は昨日の仮町の様子を思い出していた。
口調の変化、表情の変化、姿勢の変化、違和感のあるものを全て思い出してみた。
「様子は変だったよ。なんか、力が抜けているっていうか、生気を感じなかった」
長椅子に力なく腰掛ける姿を思い出して、僕はそう結論づけた。
「やっぱりか。あのね、たぶんひーくんはこれから、もっと落ち込むと思うの。今よりもずっと。魂の無くなった抜け殻みたいになると思う」
梨花が占い師のごとく自陣満々で言うことを変に思った。でも、嘘を見抜き真実を知ろうとする彼女を知っている僕は、盲目の信者のようにその予想を信じた。
「だからその時はひーくんを助けてあげてね」
梨花の突然のお願いに、僕は戸惑い面食らってしまった。それは僕が背負うには重すぎるお願いだったからだ。多分世界を救うことよりもあのヒーローを救うほうが難しい。
仮町は救う側の人間であり、決して救われる側の人間などではないと、僕は思っている。
しかし、梨花の真剣で悲しそうな顔を見たら、僕は黙って頷くしかなかった。