地球の重力と彗星の引力――9.星の涙
思い出した。母が泣いていた理由を思い出した。
僕はその日一人で公園に遊びに行った。家の隣がすぐ公園で、僕はよく遊びに行っていた。どうして一人だったのかは思い出せなかった。もしかしたら僕は当時から友達が少なかったのかもしれない。
僕は砂場できらきらと光る透明な粒を集めていた。灰色の砂の中からただそれだけを選んで、篩にかけて、手の平がいっぱいになるまでその透明な砂を集めた。
僕は辺りが暗くなってからすぐに家に帰った。母は帰りが遅くなった僕を叱った。僕は母のことが恐ろしくなって泣いてしまった。そしてひとしきり泣いた後、僕は母に集めた砂を差し出した。
その日は母の日だった。幼稚園で教えて貰った記念日に、僕は透明な砂を母に渡したかったんだ。幼く愚かな僕は、砂場の透明な砂を宝石か何かだと勘違いしていたのだ。
母は山盛りのごみの塊を見て「綺麗ね」と言って微笑んだ。
「これ、星の涙って言うのよ」
母はそう言った後静かに涙を流した。
あれだけのことでなぜ泣いたのか、それは今でも分からない。
母親の愛の深さを、底知れぬ永遠に続くかのような深い愛情を、僕はよく理解できていないのだから。
「ご飯よ」
自室で机に向かっている僕の背後から、優しい声が聞こえた。僕は何を思ったのかその声が母の声に聞こえた。僕は急いで振り返った。そこには当然价子さんが立っていた。
「どうしたの?」僕の顔は多分悲し気で、落胆した表情となっていて、それを心配した价子さんはそう聞いた。
「いえ、少し母のことを思い出したんです」
母の顔は朧気であったけれど、母の涙だけは鮮明に思い出した。
「昔、砂の塊を母にプレゼントしたんです。ただのごみなのに母は喜んで泣いたんですよ」
「素敵な話ね」
なぜか价子さんはうっとりとした顔で、頬に手を当てて言った。
「素敵ですか?」僕には馬鹿な息子が母親にごみをプレゼントするという間抜けな話にしか感じなかった。
「素敵よ。だって小さな子供なんて普通は残酷で、母親に形のあるものを送ろうなんて考えないもの。でもあなたは、どうにかして喜んで貰いたくて、どうにかして思いを形にしたくて頑張った。まだ四歳の子供なのに。こんなに素敵な話、他にないわ」
价子さんの言葉がどういう意味なのか、すぐには理解できなかった。
でも、ゆっくりと体に染みこむように理解したとき、僕の心は何かで満たされていた。僕には前にも似たようなもので満たされたことを思い出した。事故の時だ。無重力になったとき、僕は今と同じ感情を抱いた。
どうしようもなく大きく、果てしなく深い喜びを。
「大丈夫?」价子さんが慌てた様子で聞いてきた。目の前の人間が突然泣き出したら慌てるのも無理はない。
「いえ、違うんです」僕は意味も分からず否定する。何を否定しているのかさえ分からない。
そうして、泣いてしまって、价子さんに行って欲しいと伝えて、涙が止まるのを待った。でも涙は中々止まらなくて、そのうちに腹の虫も泣き出した。それでも涙は止まることなく流れ、僕は唸り始めた。嗚咽をするように、駄々をこねる子供のように意味もなく声を発した。
そして、涙を流しながらも次第に呼吸は落ちつき、意識が鮮明になるにつれて気づいた。家族との最後の思い出を、思い出したことを。無重力と無傷の謎を解き明かすことができたことを。