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探偵とヒーロー  作者: はち
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酸素とアルゴン――3.推理小説愛好家の犯行

「めちゃくちゃうまいな、これ」


 ひーくん、本名を仮町響というらしい別クラスの男子生徒は、僕の卵焼きを食べながら言った。

 日本人には不釣り合いな長い脚とそれにより生じた高身長、そしてなによりテレビで見る俳優顔負けの整った目鼻立ちをしていた。

 僕の好物は彼の胃の腑へ落ち、彼の笑顔となった。僕の悲しみを代償として。


「よし」仮町は指についた汁をぺろりと舐め「で、話って?」と聞いてきた。僕は戸惑ってもじもじした。見かねた梨花が説明してくれた。


「ほら、この前盗撮事件あったでしょ?その犯人と疑われているのがこの人なの。でも冤罪だからなんとかしてあげて」


 当事者の僕が聞いても、乱暴な説明だと思った。投げかけた依頼に対して、言葉の重みが足りな過ぎている。


「盗撮事件?なんだよそれ」仮町は本当に知らないようで、驚いた顔をしている。

「ひーくん友達少ないから仕方ないか」

「おい、なんで知らないだけで友達少ないとか言われなくちゃいけないんだよ。俺が友達全員と富士山の上でおにぎり食うには、富士山が十二個必要なんだよ」

「十二個て、はっはっは」 


どんな方程式で導き出したのか分からない富士山十二個という単語に対して、梨花は爆笑した。その会話劇は彼らの親密さを表していた。別クラス同士の彼らがどうしてここまで仲が良いんだろう。


「ん?ああ、俺とこいつは幼馴染なんだよ」僕の疑問は表情に現れていたようで、仮町は聞かれる前にそう答えた。


「で、盗撮事件てのはなんだ?」


 仮町の質問にまた梨花が説明しようとしたが、さっきのような乱暴な説明をされてはいけないと思い、僕は手を軽く上げる仕草で遮った。

 そして事件の概要を簡潔に説明した。


「消去法かよ、くだらねえな」


 仮町はガムを道端に吐き捨てるように、いや、道端にガムを吐き捨てる人間を嫌悪するように言った。


「ね、酷いでしょ?だから助けてあげて」


 梨花がそう言うと仮町は腕を組んで考え込み始めた。僕は彼の動向を見守るしかなかった。梨花の口ぶりからすると、彼は僕の力になってくれる人間かもしれないとは思っていた。しかし、卵焼き一個で引き受けるにはあまりにも面倒くさすぎるだろう。だから、彼は梨花の頼みを断るのは仕方がない。だから、僕は見守るだけだった。


「助けるのはいいけどよ。何すればいいんだ?」


 彼はピンポン玉を持ち上げるように軽々と、そう答えた。彼の中で卵焼きはそれほどの価値を持つのかと驚いてしまった。


「なんだよ。助けて欲しくて呼んだんじゃねえのか?」


 仮町はまた僕の表情から僕の感情を読み取り、不思議そうに聞いてきた。


「そうだけど、いいの?多分凄く面倒くさいことに巻き込んでいると思うんだけど……」


 多分ではなく確実にそうだった。


「いいよ。その代りまた卵焼き食わせてくれよ。今度は弁当箱いっぱいにな」


 僕には一生出来ないであろう、爽やかな笑みで仮町は言った。僕は男で女が好きだけれど、青春漫画のワンシーンのような彼の笑みに見惚れてしまった。


「分かったよ。助けてくれたら、それくらいはする」

「ありがと。じゃあ」


 仮町は僕に右手を差し出した。握手をしようとしていることは、人の感情を読み取るのが苦手な僕でも分かった。僕はそっと彼の手を握った。


「で、さっきも聞いたけど、俺は何をすればいいんだ?」


 仮町は振り返って梨花を見つめて聞いた。梨花は楽しそうに笑って答えた。


「真犯人を探そうよ。推理小説みたいに!」


 後に梨花が無類の推理小説愛好家であることを僕は知った。あの時は分からなかったが、僕たちはただ梨花の手によってかき回されただけだったのだ。


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