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探偵とヒーロー  作者: はち
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地球の重力と彗星の引力――8.無傷の謎

「なるほど、そりゃ変だな」帰路の途中、車道側を歩く仮町は僕の話を聞き終えるとそう言った。


 僕は仮町に夢で見た映像を正確に話してみた。宙に浮きフロントガラスに向かって飛んで行ったことを話した。

「その状況だとフロントガラスに脳天直撃するか、そのまま突き破って外に放り出されるはずだ」物騒なことを平然と言う仮町に僕はぞっとした。

「怖いこと言うなよ」

「いいじゃねえか無傷だったんだろ?」


 僕は記憶を思い返してみたが、やはり大けがや入院をした記憶はなかった。もし事故の影響で忘れているのだとしても、傷跡もないのはおかしい。


「無重力で嬉しくなって、事故が起きたのに無傷、謎は増えるばかりだな」


 ホームズもワトソンも頭を悩ませている。この謎は一生解けないのかもしれない。一生、どうして嬉しくなるのか分からないまま、死んでいくだろう。


「まあ、それも悪くないか」僕は呟いた。

「何がだ?」


 聞こえないように言ったつもりだが、聞こえてしまったらしい。


「別にこの謎は解けなくてもいいかなって。解けなくたって誰も傷ついたりしない」


 仮町は立ち止まり、僕と仮町は一歩分の距離があいた。僕は振り返り仮町の姿を見た。夕日に照らされたヒーローを眺めた。僕では絶対にたどり着けない場所にいる気がして、たった一歩分の距離を遥か遠くに感じた。

 そう感じた理由はすぐに分かった。彼が僕自身でさえも感じていなかった感覚を持っていたからだ。


「お前が傷つくじゃないか」


 仮町は一足す一の答えを言うかのように軽々と、そしてオイラーの定理のように美しい言葉を言った。


「家族との思い出だろ?ちゃんと思い出せないのは駄目だ」


 僕は母親に叱りつけられたときのような感覚に陥り、その嬉しさに酔いしれていた。何年ぶりだろう、人に叱られるというのは。


「分かった」僕は一言そう呟いた。多分、笑顔で。


 僕は仮町と再び歩き出した。しばらく会話がなく、なんだか気まずい雰囲気が漂っていた。僕は話しかけようと、頭の中で話題を考えていた。そして、梨花との会話を思い出した。


「君の家族は、どんな人なの?」


 僕が聞くと彼は黙ってしまった。黙って何かを少し考えて、遥か遠くの空を眺めた。


「父さんは釣りが好きだった。あと、映画も。俺が映画好きなのは父さんの影響なんだ。母さんはいつでも笑顔でいる人だった。笑いながら泣く人だった」


 僕は彼の言葉が、全て過去形であることに気づいて、家族のことで泣いているということから分かってしまった。彼の両親が故人であるということを。


「父さんの話はいつも長くて、母さんの話はいつも短かった。二人は特徴をそっくりそのまま反対にした感じだった。鏡合わせみたいに逆反対だったけれど、どちらかが手を上げればもう一人も手を上げるような一体感が二人にはあったんだ」


 彼は思い出話を小説のように、ゆっくりと優しく語っていた。僕はなんだかそれが心地よくって黙って話を聞いていた。話し方が上手だった。


「そんな家族だったよ」

 僕は「そうか」とだけ返した。何か感想を言うことは出来なかった。彼の語りに値するものを僕の頭で用意することなんか出来る気がしなかった。


「兄弟はいないの?」

「妹ならいるぜ」


 仮町の妹を想像してみた。正義感に溢れた熱血な少女で、なぜか美少女だった。


「会ってみたいな」

「そうか、じゃあ今度一緒に会いに行くか」

「一緒に住んでるんじゃないの?」

「入院してんだよ」


 僕はまた想像した。白いベッドの上で横たわる、一人の少女を。その子は笑顔を浮かべ、兄の横にいる僕に話しかけてくる。僕は何も気の利いた言葉を言えないまま、ただおどおどとしている。


「もう少し時間をくれ、なんか面白いジョークでも仕入れてから行きたい」


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