地球の重力と彗星の引力――3.無重力の謎
放課後、僕が意味もなく泣いている謎に興味を持った仮町が、少し話をしようと教室に入って来た。僕はその時帰る準備をしている真っ最中で、特に用事もなかったのでそれを受け入れた。
話題は早速事故の時の話になった。
僕は出来るだけ詳細に事故のことを話した。車と車の正面衝突が起きて、後部座席の僕は宙に浮き、無重力を体験したことを。
「無重力……ね」なぜか意味深に仮町は呟いた。
昔重力とは何かを考えたことがある。小さい頃だ。多分七歳くらいの時で、結局はどういう原理で地球の上に立てているのか分からなかった。
「重力は愛の力だ」得意げな顔で言う仮町だった
「だからかもな」脈絡もなく仮町は言った。なにが、だから、なのか分からない。
「どういうこと?」
「だからお前は、事故のことを思い出すと悲しくて泣いてしまうのかもしれないな。重力は愛だから」
仮町が言いたいことが何なのか僕にはよく分からなかった。彼が何かを引用するときはすぐ分かるけれど、彼が彼自身の言葉を言うときは僕には理解できないことが多々あった。
「どういうこと?」分からないときは質問する。大切なことだ。意味不明でもとりあえず聞いてみる。
「事故の瞬間、お前は無重力になったんだろ?つまり愛を失ったんだ。だから悲しいのさ」
そう言われたときは、彼の戯言を笑ってやろうという気持ちだった。いつも通り、下らない冗談を笑い合う友人同士のように。けれど、その次に浮かんだ疑問が僕の笑顔をかき消した。
「でも僕はその時、嬉しかったんだ。事故の瞬間、嬉しかったんだ」
今まで朧気だった記憶が、少しずつ鮮明になり、思い出せなかったことが思い出せてきた。
そうだ、僕は事故のことを思い出すと嬉しくて泣いてしまうんだ。
けれどその結論は、新たな謎を生んだ。
どうしてあの時僕は、嬉しかったんだろうか。