地球の重力と彗星の引力――2.ヒーローの涙
六限目の始業前、梨花がけたけた笑いながら僕に近づいてきた。
「なにそのティッシュ?」
どうやら鼻にティッシュを詰めた姿が、彼女のツボに嵌ったらしい。
「ちょっとドジを踏んだんだ」
空を眺めていたらボールにあたったなんて恥ずかしくて言えなかった。しかし、彼女が絶えず笑い続けるので、こんな小さな見栄は意味がなかったみたいだと気づいた。
「痛いの?」ひとしきり笑った後梨花は心配そうに聞いた。
「ちょっとね」
鼻の奥でじんじんとした痛みが残っていた。まだ血が固まらず、細胞の隙間から血液が漏れてくる感覚があった。
「だから泣いたんだね」
予想外の言葉に僕は驚いた。確かにあの時痛みで涙を浮かべたが、もう乾いてしまっていたから、気づかれるとは思ってもみなかった。
「よく分かったね」
「私分かっちゃうのよ。人の目を見ると涙が出たかどうか分かっちゃうの」
どうやら梨花は人の嘘を見抜き、人の涙を見抜く、恐ろしい才能を二つも持っているらしい。
「君の恋人になる人は大変そうだね」
彼女の恋人は正直でなくてはならない。彼女の前では見栄も虚栄も無意味になるのだから。
「多分、仮町くらいしか無理なんじゃないかな。あいつは誰よりも正直者だから」
僕がそう言うと、梨花は困ったような顔をした。
恥ずかしがるわけでも、怒るわけでもなく、ただ悲しそうだった。
「ひーくんも嘘をつくよ。よく泣いてるのに、泣いてないって嘘をつくの。今日の朝だってそんな嘘をついた」
僕は何も返せないまま、予冷が鳴り、梨花は僕から離れて行った。
僕は自分の涙の謎と、ヒーローの涙の謎を考え始めた。