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探偵とヒーロー  作者: はち
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姉弟と事件――16.後日談――ヒーローの秘密

 夏休みが二週間後に迫ったその日、僕と仮町は同じ教室で二人、反省文を書かされていた。橙色の強い光が教室を包み、冷房の無い教室を地獄に変貌させていた。一応窓は全て全開にしているが、風は一向に入ってこず、代わりに部活動をしている生徒の掛け声が入って来ていた。


 ちなみに梨花は今回の事件の被害者という位置づけになっていた。仮町に悪事を唆され、弟のためという美談も相まって罰を受けることはなかった。これが裁判だったら控訴しているところだ。

 僕はシャーペンをくるくると回しながら、作文用紙を睨んでいた。タイトルと名前だけ書いた状態でもう三十分、何も書けずにいた。


「仮町、君はどこまで進んだ?」全く書けない自分を慰めるべく、仮町もまあ進んではいないだろうと踏んで聞いた。

「あと半分で終わるな。そっちは?」


 僕は仮町の意外な才能に驚きながら「まあ、僕もそんな感じ……」と見栄を張った。

「嘘つくなよ。さっきからそのペン回ってばっかじゃねえか」

「これが僕の速記術なのさ」


 僕は額に浮き出た、冷や汗なのか脂汗なのか分からない液体を袖で拭いながら答えた。

「それにしても暑いね」作文用紙は手から滲んだ汗のせいで湿気っていた。まだ文章を書いてすらいないのにだ。

「だから早く帰ろうぜ」


 僕は溜息をついて、なんとか脳を絞るほどの気合で文章を捻り出していった。

そして、拙い文章を書き連ねる中で、一つの疑問が僕を襲った。それは僕の脳髄に衝撃を与え、まさしく襲われたと言うに値するものだった。


「でも、いや、それはおかしい」困惑する僕。そして全てを享受するような柔らかな目を向けている仮町。


「どうした?」

「君は、全部知っていたのか?だとしたら僕としたあれはなんだ?ただの茶番だったのか……」


 僕は勢いよく立ち上がり、仮町を糾弾した。


「君が何も知らずに屋上に来たのなら、リュックにあんなものを入れているのはおかしいじゃないか。君は知っていたんだ。梨花の目的も全部、最初から」

「最初からじゃない。気づいたのはお前から盗まれた鍵のリストを見せてもらった時だ。屋上の二文字を見て、分かっちまった」


 仮町は気怠そうに眼を閉じて、後頭部をぼりぼりと搔き始めた。


「あと、かき氷を食ったとき、お前が梨花の行動を話したろ?それを思い出して分かったんだよ。察したっていうのが正確か」


 僕は笑ってしまった。彼と競っていた自分が恥ずかしい。勝てるはずがない。こんな奴に勝てるはずがない。でも、負けたって嫌な気持ちにはならなかった。

 結局僕は彼の手のひらの上で踊らされただけだったのかもしれない。けれど、嫌悪感だとか敗北感だとか屈辱感だとかいうものは一切、感じていなかった。


「だったら教えてくれよ」

「屋上で攻防戦になるのは予想してたからな。お前を巻き込みたくなかったんだよ。ま、結局こんな結果になっちまったがな」

「君の登場がもう少し早ければね。僕が屋上に行く必要もなかったのに」僕は嫌味っぽく言ってみた。

「でも次からは、ちゃんと教えてくれ。僕にも協力させてくれ。迷惑かもしれないけれど、迷惑をかけてくれ。友達じゃないか」


 僕が微笑んで、仮町は笑った。


「二人ともお疲れ様。ジュース買って来たよ」梨花が教室のドアを開けて現れた。手にはスポーツドリンクが二つ握られていた。「て、なに男二人で笑ってるの……。きもちわるい」

 同年代女子の「きもちわるい」という言葉は酷く心に刺さるものだった。


 僕たちは反省文を書きながら、今回の騒動のことを話しながら笑い合い、途中入って来た森本先生に怒られたりした。


 そして僕は、嬉しそうに弟の近況を話す梨花を見て、家族というものを考えていた。

 僕は不意に、早く家に帰って潟元夫妻と夕飯を食べたいと思った。そうなるとこの反省文とやらをさっさと書いてしまわねばなるまい。僕はペンを握り、あの日のことを想いながら書き始めた。


「あのさ、二人とも」反省文が終わりかけたとき、梨花が教壇に立ち照れくさそうに言った。

「ありがとう」


 僕はその時、仮町の行動の理由を理解した。ヒーローの秘密を知った。この言葉があれば自己犠牲なんて屁でもないのだろう。

 この言葉を聞くために仮町は生きている。誰もが――そうであるように。


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