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探偵とヒーロー  作者: はち
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姉弟と事件――10.自由落下式ヒーロー

 僕の活躍場面が異様に少ない気がする。僕がやったことはちゃちな嘘をついて職員室に潜入したことくらい。一方仮町のしたことは、容疑者の選出、さらに住所まで調べ上げていた。はっきり言って僕の影が薄くなってきている。

 いくら助手的な立場とはいえ、彼に任せっきりではいけないだろう。僕はそんな風に密かな闘争心を燃やし始めていた。


 天野哲夫の家に向かう道中、先を歩く仮町はふと思いついたように振り返った。


「それで、盗まれた鍵の中で本命はどれだと思う?」


 僕は汚名返上のため、自らの価値を証明するため、脳の中の細胞を総動員させて思考した。けれどめぼしい答えは一つも浮かばなかった。


「だめだ。分からないよ」

「そう深く考えるなよ」仮町はふっとため息をついた。「理科室、視聴覚室、図書室、屋上、お前ならどこを独り占めしたい?」

「そうだな。それなら視聴覚室かな。あの教室で好きなだけ映画を鑑賞したい」


 それはささやかな願望だった。けれどそれを実現すれば悪となる。仮町が言うところの悪徳を栄えさせることになる。


「なるほどな。それはあり得ると思うぜ」


 その後特に会話もなく、僕たちは目的地に着いた。そこはなんてことのない普通の一軒家だった。玄関に『天野』と書かれた表札が掲げられていた。

「ここだな」仮町はやはり特に抵抗もなくインターホンを押した。間延びしたベルが鳴り、女性の声がスピーカーから流れた。

『はい、どちら様ですか?』おそらく声の主は天野哲夫の母親ものだろう。しかし、その声はどこか棘を孕んでいるように低かった。母親という存在がインターホンに出るときの声とは違っていた。


「すいません。哲夫君のクラスメイトの者です。哲夫君はいますか?」仮町は飄々と軽い嘘をついていた。


『ちょっと待っててね』息子のクラスメイトであると知って警戒心を解いたのか、母親の声は少し和らいでいた。


 スピーカーからの音で、母親がマイクから離れていったのが分かった。そしてすぐ戻ってきたことも分かった。

『誰にも会いたくないって言ってるわ。ごめんね』本当に申し訳なく思っているということが、スピーカー越しでも伝わってきた。僕は天野君に会うことをそうそうに諦め、「分かりました。突然押しかけてすいませんでした」と締めの言葉を口にした。


 その時、仮町が不気味ににやりと笑った。身の毛がよだち、寒気が全身を震わせるほど恐ろしい笑みだった。


「俺、泣き寝入りは嫌いなんだ」その言葉と同時に、仮町は家の裏手へ向かって走り出した。突然のことに驚き、僕は彼の姿が見えなくなってからようやく後を追った。


 仮町は家の裏手にあるエアコンの室外機に乗り、そこから起用に手足を壁の色んな場所に引っ掛けてよじ登り始めた。僕は同級生の奇行を咎めることも出来ず、彼の行動の理由に気づくこともなく、ただ茫然と眺めていた。

 仮町は熟年のロッククライマーがごとく、するすると壁を張って上がっていく。そして雨樋に手をかけてぶら下がり、目の前にあるカーテンのしまった窓をどんどんと叩いた。


「話くらいしようぜ」いや、そんな奇行をする人間とする話は特にないだろう。僕ならそのまま無視して部屋にこもってしまう。


 その予想は当たり、天野君は呼び掛けには答えなかった。僕は面倒なことに巻き込まれる前に帰ってしまおうかと思っていた。そしてまさに踵を返そうとしたとき、仮町は信じられないことを口にした。


「このまま開けないってんなら、膝蹴りで窓を割るからな。いいか?じゃあカウントいくぞ!」ほとんど脅迫に等しい。否、完璧に脅迫である。彼の瞳には燃えるような闘志が見えた。どうやら本当に割ろうとしているみたいだ。


「3、2、1」カウントダウンは始まってしまった。果たしてゼロをカウントしてから蹴り割るのか、それとも1を言い終えてすぐ蹴り割るのか気になってそのまま様子を伺った。仮町は1を言い終えてすぐ体を大きく振って勢いをつけた。そして振り子のように大きく後ろに振られたとき、雨樋にかけていた手が滑り二階から落下した。どしんという大きな音と砂埃を立てた仮町は、辛そうに打った腰を抑えながら立ち上がると弱弱しい声で言った。


「今日は撤退だ……」

「情けねえな!」何もしなかった人間に言えたことではなかったけれど、意気揚々と奇行に走った彼の哀れな姿を見て叫ばずにはいられなかった。


「空飛べるんじゃなかったのか」

「今日は調子悪いんだよ……」苦し紛れの言い訳みたいな返しに、なんだか可哀想になってきて僕はそれ以上何も言えなかった。


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