姉弟と事件――8.ヒーローの理論
僕の推理は単純なものだった。勉学を犠牲にして、貴重な一日をどぶに捨てて考えたとは思えないほど単純明快。小学生でも分かるようなものだった。
「犯人は火災報知器のボタンを押して校内の人間を全員外に出し、その隙に職員室から鍵を盗んだ」
「そうか」仮町は自分の中の答えが正解であることに安堵したのか、顔をほころばせた。
「だから犯人は校庭にいなかった生徒だ。でも問題はここからで、あの時すぐに教師陣はすぐ誤報に気づき、生徒の人数確認をしなかった。だからあの場にいなかった生徒を確認するのは難しい」
「本当か?」仮町はあっけらかんとした様子で異議を唱えた。
「本当も何も事実そうだよ」
「いや、そうでもないさ。二列に並んで避難したんだろ?だったらあの時隣に誰が並んでたかくらい把握しているだろ。急だったから背の順で並んだってこともないだろうし、多分いつもつるんでる奴で固まってたんじゃねえか?」
言われて思い返してみると確かに僕も高野を隣にして避難していた。他の人だって周りにいた生徒くらいなら覚えているかもしれない。
「全員に聞かなくたって、校庭で見かけなかった奴はいるかって、一クラスで数人に聞けば分かると思うぜ」
それは僕では思いつかない方法だった。一人でいることを格好いいと勘違いしている格好悪い僕では思いつかない、社交的で明るい仮町ならではの方法だった。
「でも、この学校には三学年全部でクラスが十二個もある。一クラス五人程度にその質問をするとして、六十人に聞いて回るのはかなり大変じゃないか?」
実際問題、してやれないことはない。全校生徒に聞いて回ることに比べればかなり現実的な方法だ。しかしやっぱり、内向的で社会性に欠ける僕には出来そうにないことだった。
「そうだな。確かに面倒だ」仮町は腕を組み悩み始めた。
「そもそも、なんで鍵なんか盗んだんだ?」
「それは僕も色々と考えてみたんだけれどね、分からないよ」それさえ分かれば聞き込みなんてしなくても、直接犯人に繋がることが出来るはずだった。
「ただの悪戯心で全部盗んだのか。全部欲しくて盗んだのか。それとも、どれが欲しかったのか分からせない為にカモフラージュとして盗んだのか」
推理小説の世界なら三つめが怪しいところだが、結局お目当ての鍵が何だったのか分からない以上、考えても無駄であった。
「ま、話はこれくらいにして、行動に移すとするか」
仮町は音もなくすっと立ち上がり僕を見た。その目は凛々しく、大きな自信に満ち溢れていた。
「何をするんだ?」
「俺はなんとか校庭にいなかった生徒を探してみる。お前は盗まれた鍵がなんなのか調べてくれ」
「了承する前に聞いてもいいかな?」僕は教室を出ようとする仮町を呼び止めた。そして返事を待たずに質問した。
「僕は四月に起きた事件の時、君に興味が湧いた。だから君と今回の件を調べることにした。でも、君はどうして探偵の真似事なんてしてるんだ?」
仮町は振り返り、踵を返して僕の方を向き、話した。
「迷子の子がいたら親を探す、財布が落ちていたら交番に届ける、人が困っていたら手助けをする。それと変わんねえよ。悪いことをした人間がいるのなら見つけなくちゃいけない――悪徳は栄えさせてはいけない」
仮町の表情は柔らかく、いつものように明るかった。けれど、目は、瞳は、燃えるように激しくぎらぎらとしていた。彼の信念を象徴するかのように力強くそこにあった。