姉弟と事件――7.探偵開始
朝教室に入ると妙に皆がざわついていた。ただいつものグループで会話をしているようにも見えたが、それにしては雰囲気が妙だった。
「何かあったの?」自分の机にカバンを置いて、隣に座っている高野に聞いてみた。
「なんか鍵が盗まれたらしい」
「鍵?」
「ほら、職員室に鍵の入ったロッカーがあるだろ?」言われて、職員室の入り口付近にグレーで縦長の箱があり、その中に視聴覚室や理科室の鍵が入っているロッカーがあったことを思い出した。その鍵は必要の都度日直の生徒が取りに行くことになっていたので、僕も知っていた。
「ああ、あれか。それでどの鍵が盗まれたんだ?」
「全部だってよ」
「へえ」僕は素っ気ない返事をして席に座ったが、内心は驚いていた。火災報知器の誤報、盗まれた鍵。それは明らかに繋がりを持っているように思えてならなかった。
「盗まれたのはいつ?」
「それは分からないが、昨日理科室の鍵を取りに行った生徒が気づいたらしい」
だとしたら、やはり、繋がりがあるという線で推理するのは間違いじゃない。
僕はその日、ずっと考えていた。学生の本分である勉強のことも忘れ、下らない推理に夢中になった。
そして放課後、僕は待った。連絡もしていないし、今日は一度も会っていなかった。けれど、来るという確信があった。こういう状況であの男が現れないはずがない。
理屈や論理を無視し、彼の心境を勝手に僕と同じだと信じていた。あの四月の経験から、そんな荒唐無稽の出来事を信じていた。
そしてそれは証明された。
がらがらと音を立て、ゆっくりと開いた扉の先に、仮町が立っていた。
「よう、どうしたんだよ。居残りか?」にやにやと笑いながら、なぜか楽しそうに仮町は言った。
「居残りは、小学生の時同級生にカンチョウをした時以来一回もないよ」
「なにしてんだよ」仮町は吹き出して、さっきより楽しそうに笑った。
「暴力は良くないと思ったからね、どうにかやり返す方法を考えて、カンチョウに至った」
「お前頭いい振りして、実は頭悪いだろ」
僕は彼の前で頭がいいと思われることはやっていないはずだが、なぜか彼の中では僕は頭がいいという評価をされていたらしい。しかし、それももう崩壊してしまったようだ。
「仮町こそどうしたんだ?こんな時間に、こんな場所に来て」
「ちょっと気になることがあったんだ。だからお前に相談しに来た」
仮町は白々しいとさえ言えるような含み笑いを浮かべ、ゆっくりと僕に向かって近づいてきた。彼の言う気になることとは聞くまでもなく、鍵が盗まれたという事件についてだろう。僕は分かり切っていることを聞くことはやめて、分からないことを聞くことにした。
「どうして僕のところに来た?君は友人も多そうだし、僕を選んだ理由が分からない」
選ばれることを見越してここで待っていたわけだが、それは直感のようなもので彼がどうして僕を選んだのかは分からなかった。
「多分お前と同じさ。こんなことに協力してくれるのは相棒しかいないと思ったんだ」
「相棒?」謎の言葉に僕は驚いた。全く予期していなかった言葉に面を食らってしまった。
「おうよ、相棒」
仮町は右手を僕の前に掲げ、サムズアップしてにっこり笑った。僕の戸惑いなど一切気にしていない相棒がそこにはいた。
「それで相棒よ。お前は今回の事件をどう思う?」
僕は不釣り合いな称号に苦笑いを浮かべ推理を言った。