姉弟と事件――4.火災報知器の魔力
翌日の昼休み、僕はなんとなく昨日仮町が凝視していた火災報知器のボタンを見ていた。小説のシャーロックホームズは帽子の落とし物から持ち主の推理をしたりしたが、僕にはそういうことは無理だと分かった。
しかし見ていると気づいたことがあった。仮町の言う通りボタンを眺めているだけなのに、押したいと思い始めていた。
オスカー・ワイルドも、「誘惑を取り除く唯一の方法はそれに屈してしまうことである」って言っていたみたいだし。
「まあ、でも、押したりはしないよな……」ボタン前面のプラスチックをそっと撫でてみたが、それだけでぎょっとしてしまった。押してしまったら人生が終わるような気がした。
やっぱり、一時の欲望に負けて押すようなボタンではないと思った。
だったら、考えられるのは二つだ。一つは火事が起こったと勘違いした。二つ目は別に押す理由があった。
「例えば?」
「おおう!?」背後からの声に驚き、僕は変な叫び声をあげた。振り向くと梨花が立っていた。
「別の押す理由って例えばどんなの?」
「また僕の心を読んだな……」僕が薄目でじっと梨花を見つめると、梨花は苦笑いを浮かべた。
「いや、自分で呟いてたよ」
どうやら馬鹿みたいに自分の考えを漏らしていたらしい。恥ずかしさで顔が熱くなった。
「そ、そうだな」僕は何とか恥を帳消しにするべく考えを固めた。
「校舎を空にしたかった、とか、かな」
「え」僕の突拍子もない推理に驚いたようで、梨花は一瞬顔を強張らせた。流石に突拍子もなさ過ぎて引かれてしまったみたいだ。
その時予冷が鳴った。僕は会話を切り上げるチャンスだと思い、すぐに教室に入った。