姉弟と事件――3.かき氷と詐欺
校門を出ると梨花の後ろ姿が見えた。仮町は「おーい」と声をかけ梨花も誘った。梨花は「いいね!」と嬉しそうに笑った。
学校から徒歩十分くらいの場所に喫茶店があった。僕はこの道を通ったことがなかったので、その喫茶店を見るのは初めてだった。
「喫茶店ってかき氷も出してくれるの?」無知な僕はそう聞いた。
「愚かなお前は知らんだろうがそういうことだ」僕は何故か悪態をつく仮町を無視して店に入った。
窓際の三人用の円卓に座り、各々違う味のかき氷を頼んだ。
「なんで宇治抹茶にしたの?」梨花は不可思議なものを見るような目で僕に聞いた。
「いや、かき氷のシロップって全部同じ味だって聞いたことあるからさ。どうせなら絶対違う味のやつ食べようかなって」
「ははは、同じ味のわけないじゃん」
「いや、香料が違うだけで味は一緒らしいぞ」仮町が指摘すると、梨花は口を大きく開けて、信じられないといった表情になった。
「詐欺じゃん……」梨花がそう呟くとちょうどかき氷が運ばれてきた。かき氷を見ると「詐欺でも美味しければいいか」と言って嬉しそうに笑った。
僕もスプーンで天辺の方をさくさくと解してから食べ始めた。
「そういえば今日は大活躍だったね」
「なんかあったのか?」梨花の活躍を見ていなかった仮町はスプーンを咥えながら聞いた。
「梨花は今日非常ベルが鳴ったとき、避難するように皆に言って回ったんだよ」
梨花はかき氷に夢中なのか僕の言葉には反応しなかった。
「人間いざ緊急事態になると、戸惑って動けないもんなんだね」僕は今日の出来事を教訓のように言った。
「まあ誤報だったんだけどね」かき氷に舌鼓を打ちながら梨花が自虐的にそう言った。
「でもまあ、あのボタンを押したくなる気持ちは分かるけどな」
茶化すように仮町が言うと梨花はぎろりと彼を睨んだ。
「なんだよ。押したくなるだろ」
「でも押さないよ。普通は」梨花の言葉にはどこか棘があった。僕には人はそれだけの為にあんなことはしないと主張しているように思えた。
そのあと、夏休みの話になった。どこに行くとか、何をするとかを話した。
「でも遠出は無理かな」
「どうして?」僕が特に考えもなくそう聞くと梨花はにっこりと笑って言った。
「弟の入院が夏休み一杯まで続きそうだから。そばにいたいんだよね」
僕は聞いてはいけないことを聞いたような気分になった。僕という身分の人間が聞くには人のプライバシーに踏み入り過ぎている気がした。
でも、梨花は弟の入院話を嬉しそうに語った。僕にはそれが不思議で仕方がなかった。
「どうして嬉しそうなの?」
梨花はまた嬉しそうに笑って答えた。
「だって、足が治ったらまたサッカーが出来るんだよ。嬉しいに決まってるよ」
当たり前のことを言うように言われたが、弟がいるということも、その弟がサッカー好きということも知らなかった僕には決して当たり前ではなかった。でも、そんな不条理を無視してしまえるくらい、嬉しそうな彼女の笑顔は、僕を嬉しくさせた。
「今度お見舞いに行ったときは、さっきのかき氷詐欺のこと話してあげよっと」梨花はそう言ってまた嬉しそうに氷をすくった。
「そういう豆知識みたいの好きなんだよね和人は」彼女はとっておきの手土産を手にしたとはしゃいだ。
「随分と嬉しそうだね」自分のことのように梨花は喜んでいた。
「当然でしょ。弟の幸せは姉の幸せなんだもの」
僕はまた梨花に何か豆知識を披露して、この笑顔を見たいと思った。