姉弟と事件――2.ヒーローは空を飛ぶ
「さてさて、災難だったな」なぜか楽しそうに仮町は言った。場所は校舎の二階廊下、火災報知器の前だった。
「僕だけじゃなくて君もだろ?皆避難したんだから」あの後教職員全員で犯人探しが始まった。各クラスの担任が事の顛末を生徒に聞いた。しかし、一人対約三十人の事情聴取なんて成立するはずもなく、大半は授業が潰れ、帰る時間が遅くなることへの文句が出ただけで終わってしまった。
僕はゴールの見えない犯人探しから解放され、家に帰ろうと廊下を歩いていたら火災報知機をまじまじと眺めている仮町を見つけたのだ。
「いや、俺は今日学校休んだからよ」
「え?じゃあなんでここにいたの?」
「そりゃあ、学校でボヤ騒ぎがあったなんて聞いたら面白そうだから飛んでくるに決まってんだろ」
絶対にそういう決まりはない。それに面白そうとかも思わない。思ったってわざわざ制服に着替えてやって来たりしない。
「君は空も飛べるのか」火災報知器を見飽きたのか仮町は僕の方を見た。
「そりゃな、ヒーローだからよ」
「君はヒーローなのか」
「そりゃ男だからな」
「君は男なのか」
「そりゃ……って、いつまで続けんだよこの会話」仮町は煩わしそうに笑うと体を伸ばした。
「しかし暑いな」ワイシャツの襟元をぱたぱたと揺らしながら、仮町は唸った。
「もう七月だもんね」
仮町は踵を返し、体を僕に向けた。僕は溜息をついてから「火災報知器から何か分かったかホームズ」と聞いた。
「分かるわけねえだろ」吐き捨てるようにそう言うと、仮町はにやりと笑って「かき氷でも食いに行こうぜ」と僕を誘った。断る理由も特に無かったので僕は誘いに乗った。