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探偵とヒーロー  作者: はち
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姉弟と事件――1.おかしく

 小学生の頃、一年に一回くらいの頻度で避難訓練があった。それは火災だったり地震だったりしたわけだが、訓練というにはあまりに杜撰だと思っていた。それは時間割表に『避難訓練』と書いてあるからだ。先生は非常ベルが鳴る前に避難の流れを説明し、これから非常事態に備えた訓練をしますよ、とネタ晴らしをする。そんなことをされてしまえば緊張感はまるで無くなり、皆は机の下に潜ったとき隣の子とおしゃべりやじゃんけんなんかをしてしまう始末だ。訓練と言うにはあまりにお粗末だ。


 そんな状態を避けるためか、避難訓練があることを隠して行われたこともあった。しかし、隠されているのは高学年の生徒だけ、低学年に兄弟がいたりする子がその事実を言いふらしてしまうので意味がなかった。


 そんな話を同級生の高野盛高に話してみた。休み時間のなんでもない会話だった。


「おさない、かけない、しゃべらないって、あったじゃん」僕の捻くれた考えを無視して思い出したように高野は言った。


「あったね」

「あれ別におかしで纏める必要ないよな。そりゃ子供はおかし好きだけどよ、運動会とか盆踊りみたいに実物貰えるわけじゃないし、別に嬉しくもなんともないよな」


 なぜか得意げに語る高野を見て、僕もさっきはこんな感じだったのかと悲しくなった。


「かけないって言うのもピンとこないよね」

「おはしっていうバージョンもあるみたいだぞ」


 そんな下らない会話をしている時、大きくけたたましい音が鳴り響いた。古めかしい目覚まし時計のような音に僕は驚いた。それが非常ベルの音であることに気が付いたのは、なり始めて数秒経過した後だった。


「偶然にしては出来すぎじゃねえか?」高野は戸惑ったような笑みを浮かべた。確かに避難訓練の話をしている時に非常ベルが鳴るなんて出来すぎていた。

 教室の中はベルの中で騒めき始めた。皆、今日は避難訓練の日だったかと頭を抱えている様子だった。その教室の中に梨花が入って来た。


「みんな火事だって!廊下に並んで避難するよ!」梨花は女の子とは思えないほど大きな声で叫んだ。教室にいたどうしたらいいか分からず困っていた全員が、廊下に出て縦二列に並んだ。


「私このまま他のクラスにも伝えてくるから、皆先に行ってて」そう言うと梨花はそのまま走っていった。梨花がてきぱきと動く中、他の生徒は戸惑いながら流されるまま、列になって校舎を歩いて行った。

 校舎の入り口まで来ると他のクラスの生徒たちも列を成してやってきていた。その後ろに数人の教員がいて、前にいる僕たちに校庭に集まるようにと伝えた。偶然にも全校生徒の先頭を担ってしまった僕たちは校庭に向かった。上履きが砂だらけになっていくことに妙な違和感を覚えた。


 校庭に全校生徒が集まる頃、教職員も全員が集まった。教職員たちは円になってなにやら話をしていた。生徒たちはよく分からないまま、どこが燃えたんだろうとか、もしかしてたばこじゃないかとか噂話をしていた。


「でもどこからも煙上がってないよな」隣に立っている高野が言った。確かに校舎からは火どころか煙の一つさえ見えなかった。

「案外誰かの悪戯かもな」高野が気まぐれにそう言うと、赤いジャージを着た体育教師が校庭の壇上に上がった。


 体育教師はとても厳つい顔をした男性だった。それこそ竹刀を持っていたら不良漫画に出てきてもおかしくないと思えるほど怖い顔をしていた。


「先ほどの非常ベルは誤報だということが分かった」マイクもないのにその教師の声はよく響いた。「誰かの悪戯だということだ」その言葉を最後に、その教師の荒々しくも落ち着いた口調は終わった。

それからはただの怒鳴り声だけが聞こえた。高利貸しがこの場にいたら間違いなくスカウトされただろう。それほどの恐ろしさと凄みがあった。


 その後二十分ぐらい、一人を除いて無関係のお説教を食らい、僕たちは校舎に戻された。

 校舎の入り口にはバスタオルを並べている教師がいた。皆そこで上履きの底を拭ってから校舎に入った。中には靴を拭わずに入っていく生徒もいた。どうやら上履きが汚れるのを嫌がり外履きに履き替えたらしい。その大半は女子生徒だった。

 避難中は火事が誤報とは知らなかったはずなのに。どうやら訓練は必要だと思い知った。靴の汚れを気にして焼け死ぬなんて馬鹿げているからだ。

 そして、おかしの三文字に、靴の汚れを気にするな。という『く』の一文字を付け加えるべきだと思った。


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