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探偵とヒーロー  作者: はち
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酸素とアルゴン――12.アルゴン

 人の噂も七十五日とはよく言ったものだが、僕の盗撮事件の噂は、一月ほどでめっきり聞かなくなった。雀ちゃんは相変わらず怒っていて、廊下ですれ違うたびに僕を睨んだけど、写真は削除されていることは彼女も知っているから、その程度で済んでいる。


 僕の目の前でお昼ご飯を食べている高野盛高も、事件のことを一切話題にしなくなっていた。僕は高野と雑談を交わしながら弁当を食べ終え「用があるから」と言って教室を後にした。

 僕は仮町のいる教室へ向かった。その途中、前から雀ちゃんと美代子ちゃんのコンビが歩いてきた。雀ちゃんは僕を睨み、美代子ちゃんは気まずそうな顔をしている。僕は目を合わせないように顔を逸らして通り過ぎようとした。


 僕が廊下の壁に貼られた保険だよりに目を向けて歩いていると、美代子ちゃんが僕の耳元で「ありがとう」と、恥ずかしそうに言うのが聞こえた。あまりにも小さい声だったので、雀ちゃんには聞かれなかっただろう。

 僕は救われた気がしてスキップしながら廊下を駆け抜けた。


 教室の真ん中の方で仮町は菓子パンを食べていた。僕は彼の元へ駆け寄り、包みを机の上に置いて渡した。


「なんだよこれ」

「約束の物だよ」僕は包みをほどき、中のタッパーを見せた。

「卵焼きか。でも俺はお前との約束果たせてねえから受け取れねえよ」


 思った通りの言葉を言われて僕は笑った。


「いいんだよ。さっき君のおかげで良いこともあったしね。それに完璧に約束の物を用意したわけじゃないからさ」

「どういうことだ?」疑問符を頭に浮かべながら、タッパーの蓋を開けた。中の卵焼きを見て仮町は吹き出した。


 中に入っていたのは、卵焼きというよりはスクランブルエッグ、でもまあ見かたによっては卵焼きに見えなくもない……そんな物だった。


「お前が作ったのか?」笑いをこらえながら仮町は聞いた。

「完璧に約束を果たしてもらったわけじゃないからね。作り方を聞いて僕が作った。形はあれだけれど味は保証するよ」


 目を閉じると今朝の、苦笑いを浮かべる价子さんの姿が浮かんでしまった。

 作り方を教えて欲しいと言ったときは嬉しそうに笑ってくれたのに、出来たものを見ると気まずそうに顔を引きつらしてしまったのだ。


「ありがとよ」

「ああ、そういえば」僕はふと思い出した。「僕は窒素じゃなくてアルゴンだよ」

「アルゴン?」

「窒素って大気の約七十パーセントでしょ?そんな大きなものは僕じゃないよ。だから、僕は約一パーセントの――アルゴンだと思うんだ」


 アルゴンもまた、窒素と同じように目立った性質を持たない物質だ。その点において、やっぱり僕らしいと思った。


「でも名前が恰好良すぎるな。お前らしくない」

「それくらいは許せよ」


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