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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
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謎のベールに包まれたマスタリー


「「「《エクスプローラー》?」」」


 三人の声がハモる。《マーシャルアーツ》は字面から何となく想像が付くだろう。平たく言うと拳法や格闘技など、武器を持たずに己の肉体と磨き上げた武術で戦う武闘家だ。

 これに関しては三人とも知っていた。《ソード》《メイジ》と同じように、普遍的でありふれたマスタリーなのに加え、祭りの演武でも冒険者が披露していたので二人にとってはお馴染みなマスタリーでもあった。ドワーフの里では《マーシャルアーツ》が一番人気なので、モミジも自然と知っている。

 一方の《エクスプローラー》は直訳で『探検家・探究者』を表すが、三人は《エクスプローラー》なんてマスタリーは耳にも目にもしたことがない。


(……だめだ、《エクスプローラー》なんて全然わからん)

(うーん……聞いたことないな……)


 セノディアとアトリアは自分の村・町を依頼で訪れた冒険者の記憶を辿るが、物珍しいマスタリーなど習得はした冒険はおらず、モミジも同様で、集落を抜けてからの旅で一度も耳にしたことはない。

 《ソード》のマスタリーを選択したアトリアはツンツンとモミジの肩を小突いた。


「モミジちゃん、聞いたことある?」

「さぁ……初めて聞きました。セノディアさんは?」

「俺もサッパリ、初耳だよ……。それでフェリシーさん、《エクスプローラー》ってどんなマスタリーですか?」


 セノディアは担当の受付に直球の質問を投げつけた。分からないのはその筋のプロに聞くのが正解だ。最も、これで「知りません」と返ってきたら、それはそれでお終いなのだが……。


「うぅんと……」


 すると、フェリシーは説明するかしないか迷った末に閉口し、眉を八の字にして困ったように笑みを浮かべてしまった。

 いったいなんなのだ。新人冒険者の受け皿が口にするのも憚られるようなマスタリーなのか。使いづらいのか、或いは人々から忌避されるようなマスタリーなのか。

 世の中には、世間に受け入れられづらいマスタリーも少なからず存在する。

 《テイマー》がその代表だろうか。例えば、自分の住処を壊滅させ、あまつさえ家族も殺したモンスターを連れてる冒険者が闊歩してる姿を想像してみてほしい――――こんなん戦が始まるわ。

 三人が未知のマスタリーに不安を募らせること一分。フェリシーは雑踏でごった返すギルドで、一カ所だけ静寂に包まれた上に三人の冒険者志望の視線に曝され針のむしろに耐えかねたのか、沈痛な面持ちで独白し出した。 


「すいません。受付嬢として、たいへんお恥ずかしく申し上げづらいのですが、私も《エクスプローラー》については詳しく知らないんです……」

「えっ知らないんスか? マジで?」

「セノ、君のって、もしかして所謂レア職じゃない?」

「悪い意味でのレアじゃない事を祈るよ。にしてもそうか、フェリシーさんも知らないのか……」

「その、冒険者で《エクスプローラー》を極めようとする人は珍しいと言いますか、大変希少でして……」

「ほーん……。つまり、前例があるにはあるんですね?」

「はい。一番新しい記録として残っているのは、確か400年前に一度きりだったと記憶しています。少なくとも、私がここで働き始めてからは一度もとした冒険者はいません」

「よんひゃ……」

「ひえぇ……」

「ま、魔王との戦争と同じくらい古いんですね……」


 絶句するセノディアを余所に、フェリシーも頭を抱えていた。彼女はギルドの受付嬢兼ミディエーターとして勤務し、今年で十二年目になる。もうベテランの域に達したと言ってもいいだろう。そんな彼女でも、今までに何千回としてきた新人冒険者の適正マスタリーにて、《エクスプローラー》という謎のマスタリーが表示されたのはゼロだ。ただの一度もない。

 しかし頭を抱えている理由としては《エクスプローラー》を知らない事ではなく、知らない事によって引き起こされる惨事である。マスタリーの中には、文字通り自分の命を削って発動する危険極まりないスキルを持ったマスタリーも存在する。もしも、この謎のマスタリーがそれに類するマスタリーだとしたら、とてもじゃないが全容を把握していない内は、超レアでその筋のマニア垂涎ものであっても推奨できない。

 また、前述した通り、一度マスタリーを選択すると他のマスタリーは選択できなくなるデメリットもある。もしもこのマスタリーが彼の性格とミスマッチなマスタリーだと、要所要所で足を引っ張りかねないのだ。


 ちなみに、フェリシーの名誉のために書くが、勤勉家の側面を持つ彼女は、先輩受付やベテラン冒険者から《エクスプローラー》の噂を聞きつけ、わざわざ王立図書館にも足を運んで個人的に文献を漁って調べたりもした。それでも情報として手に入れたのは、『400年前にそのマスタリーを取得した冒険者がいたこと』『その冒険者は宝探しの真似事をしていたこと』の極々僅かな二点だけ。

 これだけでは、このマスタリーの希少性が高いということしか分からないが、それでも彼女は彼女なりに懸命に調べたのだ。


「けど……多少なりとも前例があるんですよね? その前例ではどんなマスタリーだと?」

「私が読んだ書物の一節には『宝探し』のようなことをしていたとしか……。申し訳ないです」


 フェリシーは包み隠さず素直にそう告げた。実際それだけしか渡す情報しか無いのが現状だから仕方ない。ふーむと、セノディアは顎に手を当てて考える。


 一度マスタリーを決めればそれで終わり、変更はできない。ならば装備の入手のし易さや、先人に師事を仰げる事などを考慮して《マーシャルアーツ》が妥当か。ちらりとアトリアに目線を送る。これは最早セノディア一人の問題ではないからだ。これから先、冒険者としてアトリアとパーティを組んで戦うのは半ば確定事項となっている。ならば彼の足を引っ張るわけにはいかない。

 しかし、「《エクスプローラー》マスタリー所持者は『宝探し』をしていた」というキーワードがセノディアの心を擽った。

 普通は鍵開けや罠解除を得意とし、敵にデバフをまき散らせるスキルを持った《シーフ》が専売特許としている分野だ。にも関わらず、わざわざ別のマスタリーを取得してまで宝探し?


(考えるまでもない、《エクスプローラー》一択だ)


 絶対に何かある。世に浸透していないマスタリーだからこそ解明されていない謎が。

 調べてみたい、どんなマスタリーなのか探求してみたい。自分自身が開拓されていないマスタリーを冒険してみたい。


(だけど……)


 だが、アトリアとパーティを組んだ冒険者稼業を考えるならば、戦闘面を補強する《マーシャルアーツ》だし――――。

 その好奇心を、探求心を、一つの心情によって抑えられてしまう。それは『責任感』。歳がアトリアよりも上なのだから、自分がしっかりしなければならない。

 戦いを補強するか、それとも我が道を征くべきか、迷いを生じさせていた。


「フフッ、バカだなぁセノは」


 そんな彼の苦悩を知ってか知らずか、アトリアはイケメンスマイルで微笑んだ。


「柄にもなく珍しく悩んじゃって。セノはやりたいようにやればいいんだよ、昔からそうだったように」

「いや、けどよ……。今回ばかりはそうは言ってられなくない? マスタリー一つで俺達の今後の方向性だって変わるんだし、戦えるか戦えないかで収入面に大きく響くだろ……」

「そんなの一々気にしないの。僕はセノと面白おかしい冒険ができればいーんだから」

「アトリア……」

「それにほら、《メイジ》のモミジちゃんもいるんだし戦闘面は任して!」

「が、頑張ります!」

「えぇ……」


 本来、彼女とは冒険者になったらお別れバイバイのはずだったのに、着いてくる前提で話を進めるのかと苦笑した。

 しかしこの、人を包み込むような説得がセノディアの心を動かしたのも確かで、攻撃魔法を得意とする彼女がパーティに加われば戦闘面が大幅に強化されるのは間違いないだろう。そうすれば自分のマスタリーがどんなゴミでも負担は軽減されるだろうし、未知のマスタリー開拓に専念できる。

 セノディアは、真剣な表情でモミジに最終確認を取った。


「モミジは良いのか? 俺は間違いなく役立たずになるし、最悪、稼ぎのないただ飯ぐらいになる。そんな俺と一緒にいると評判だって落ちるかも知れない。それでもお前は――――パーティに加わってくれるのか?」

「こ、ここまで私に付き合ってくれたお礼です……借りを返す良いチャンスです! それに……それに、私は嬉しかったんです……。私を受け入れてくれる人と一緒にいられるなら、そんなのこれっぽちも苦じゃありません……!」


 彼女もまた、セノディアの気持ちに真剣に応え、その上で共にパーティを組むという結論を出した。それに頷くと、セノディアはアトリアに向き直る。


「……アトリア、後悔しても知らんぞ」

「しないよ」

「ほんとに?」

「ほんとーに」

「迷惑かけまくるぞ」

「どんと来い、だよ!」

「そうか」

「そうだよ」


 セノといると退屈しないし、と軽口を叩いて快活に笑った。モミジと比べると交わした口数は少ないが、二人の間柄ではこれで充分だった。仲睦まじい様子にフェリシーも、先ほどまでの緊迫した面持ちも和らいでいた。


 モミジもアトリアも即答許諾。


「フェリシーさん、俺、決めました――――」


 セノディアの心の行く先は、『冒険』しかないのだから――――。


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