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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
7/139

種族にも色々ありまして

《ドワーフ》、その言葉に空気が凍る。


 ピリピリとした雰囲気に、フェリシーは余計な事を言ってしまったと冷や汗を垂らした。


「あの……失礼ですが、お三方はお知り合い同士では……?」


 セノディアとアトリアはまさかという顔で首を振った。

 ついさっきギルド前で出会ったばかり。セノディアからすれば、ギルドに入った時点で別れる予定だったから素性の詳細も聞いていない。元々そういう約束だったのだ。


「モミジ、ドワーフだったのか」

「それは……その……」


 セノディアの淡々とした声色。興味があるような無いような、どっちつかずな何時も通りの平静とした表情。

 アトリアからすれば大して気にはしないだろうが、それが逆に、出会ったばかりのモミジにとっては恐怖に映った。



『ドワーフ? そんな化け物にやる飯は無ぇよ!』

『え、貴方ドワーフなの? ごめんなさいね、今日はもう店じまいなの。他を当たって頂戴』



(……ッ! どうしよう……)


嫌な記憶がフラッシュバックし、モミジは杖を強く握る。どう言い訳をしようかと必死で考えを張り巡らし始めた。

 《ドワーフ》とは『異人族いじんぞく』と総称される種族の一種で、他の異人族とは違い温厚で友好的な種族として知られている。特に、500年前の勇者と魔族との戦いでは真っ先に人間勢力の味方に付き、他の種族よりも群を抜いて魔族討伐に貢献したという記録が残されている事からも友好度合いが知れるだろう。

 また、ドワーフの若者が勇者の一行に加わり活躍した逸話は、今でも語り告げられている有名なエピソードの一つだ。

 とまぁドワーフは決して悪い種族で無いのだが、異人族と言われるだけあって人とは多少かけ離れた特徴を持っている。

 その一つが『極端に背格好と見た目がショタかロリ』なのだ。

 それもただ単純に幼いだけではない。驚くべき事に百数十年も生き続ける『長寿の種族』。歳は取るし老死だってあるが、人間で言う二十代がドワーフで言う六十代に比例する年齢差だ。

 おまけに、外見や身体機能等も人間と比べて劣化が少なく、人間で言う七十代まで年齢を重ねても、まるで歳を食っていないかのように若々しい外見を保ち続ける異質さも持ち合わせている。


 そんなドワーフを、「我々とは違う時を生きる化け物」「歳を取っても小さいままの気持ち悪い小人」として忌み嫌う人々も存在するし、闇社会では『永遠に楽しめる嗜好品』として売買されるケースも少なくない。

 それらはドワーフ種に限った話ではないので、総称して『異人族ビジネス』と呼称される。王領モリノティスを初めとした殆どの国では禁止されている闇ビジネスだ。

 反対に、異人族を好む人は積極的に差別撤廃運動を行っている。この異人族差別は国毎に『其の国は平和か否か』という評価の基準の目安になっているが、王領モリノティスでは後者の『友好的に接するタイプ』が圧倒的過半数を占めていた。

 だがしかし、王領モリアティス内において、特に友好的な関心を示す国であっても、町村によって違いは顕著に現れる。この街では異人族差別をする人の割合は1:9くらいで友好的なのだが、それでも1割という数字は、全体としては余りにも大きい数字だ。


「ねね、セノ、もしかしてだけどさ、本当に僕たちに歳が近いのかもよ」

「あ……あぁ成る程ね……! はいはいはいようやく理解したわ」

「え? あの……」

「モミジちゃん、今何歳?」

「14ですけど……」

「ほら、セノほら!」


 セノディアとアトリアは、どこか腑に落ちた表情でうんうんと頷いた。《ドワーフ》という種族は、他の種族に比べて実年齢よりも背が極端に小さいとい。二人がモミジと初めて対面した時、彼女は話しかけた理由の一つとして『歳が近そうだったから』と発言していたからだ。セノディアは17歳、アトリアは15歳。当のモミジはなんとアトリアの一つ下の14歳であった。なるほど、ドワーフならば実年齢が同程度でもロリっ子の外見になるだろう。喉に引っかかった小骨のような疑問が氷解したことで、二人は満足そうだ。


「いやー、あの言葉、そっくりそのまま、そのまんま、だったとはな」

「パサパサのパンを牛乳で飲み下した気分に近いよ。スッキリしたね」

「……いや、その例えは多分違うと思う」

「あ、あの、私が異種族だって隠してたこと――――怒らないんですか……?」


 何事も無かったかのように会話する二人にモミジの恐々と問い質すが、二人とも自嘲気味に笑った。


「え、いや別に。だって……なぁ?」

「うんうん。ドワーフだっていう手がかりは最初からあったのに、気づかなかったのは僕たちだからね。むしろ一杯食わされた気分だよ」

「ね」

「ねー」

「……ッ!」


 あっけらかんとした二人に、モミジはこれまで生きてきた中で一番の衝撃を受けた。決して誇張表現ではなく、差別意識を微塵も感じさせない二人に、文字通り、モミジは胸に熱い思いが込み上げてきたのだ。


(この人達は……本当に私を……)


 モミジの出自は、リンハンスから東に三つほど都市を跨いだドワーフの集落出身だった。彼女は幼い頃より他のドワーフとは一線を画す才能を秘めていた。

 《魔法使い》としての才能だ。

 マスタリーシステムとは別に、ただ内に秘めた魔力量が普通のドワーフより桁違いに多く、呪文の威力も桁外れに強かった彼女は、同年代の同胞とは上手く馴染めなかった。

 フェリシーが口を滑らした通り、ドワーフは魔法よりも物理による攻撃手段を得意としている『脳筋種族』だったからだ。

 他にも種族があり、エルフなら魔法が、獣人族なら近接がそれぞれ得意としている。ここら辺は私達がゲームで連想し易いイメージ通りだろう。

 さて話しを戻すが、ドワーフ故に、魔法使いとしての才能に芽生えたモミジは、魔法を苦手とする同族の中に居場所が無かった。

 モミジの理解者は家族や親しかった極少数の友人だけだった。

 しかしやがて、年を重ねるにつれてモミジは自分の魔法がどこまで通用するか試してみたくなった。

 集落は至って平和だ。偶に弱いモンスターが出てくるだけで、他に脅威となる外敵はいない。このままのほほんと暮らし続けることで、彼女は自分が覚えた魔法を腐らすのを嫌ったのだ。

 モミジは心底に沈殿していたミソッカスのような勇気を振り絞り、家族と友人に別れを告げ、魔法使いの冒険者として大成すべく集落の外へ歩み出したのである。

 これが彼女がこの街に流れ着いた経緯だ。



『はぁ……異人族ってほんと厚かましいよな。人間の町に来れば何でもかんでも優遇されると思ってやがる』

『ドワーフって気持ち悪い……。私よりよっぽど年上なのに娘と同じ見た目なのよ?』

『話題も古くさいのばかり。息子に悪影響があるかも知れないし近づけさせないのが一番ね』




 ただ彼女は――――この街に辿り着くまでに異人族の待遇がよくない町へ、何度か足を踏み入れてしまっていた。



 このことから彼女はドワーフであることを黙っていたのだ。

 そんなモミジが彼らに声をかけたのは、歳が近い人の良さそうな雰囲気だから見繕ったという理由もあるが、一番彼女が惹かれた理由はセノディアが発していた暖かな『光』だった。その発光が何なのか意味不明だったが、人生に迷っていた彼女は誘蛾灯のように誘われる虫のように、彼らに話しかけてしまった。

 だが、まさか、嗚呼まさか、ここまで異人族に優しい人たちとは――――。


「ウッ……グスッ……」

「ちょ、ちょっとモミジちゃん!?」

「え、えぇ……。まさか泣いてんの……?」

「な、何でも無いです……。何でも……」

「あぁほらモミジちゃん、これで涙拭いて」


 モミジは堪えきれなかった。喚くように泣いてはいないものの、静かにしゃくり涙を流す。アトリアは手慣れた様子でポケットからハンカチを取り出して涙を拭きにかかった。

 ちなみに、出会った当初身なりが綺麗だったのは単純に彼女が綺麗好きだからで、服がゴスロリなのも家族からの餞別だったりする。変に勘ぐったセノディアの独り相撲だった訳だ。最もあそこで勘ぐらないなら、それはそれで冒険者に向かないだろうが――――。


「大袈裟だなぁ……」


 そんな過酷な境遇を露も知らず、田舎暮らしの長いセノディアからすれば、泣きが入るのはオーバーリアクションと捉えられていた。一応異人族差別があることは人伝に聞きかじっていたので知っていたが、唐突に泣き出すドワーフ娘に若干引いたまである。

 そもそも、先ほど冒険者ギルドに足を踏み入れたとき、既に頭に角を生やした異人族が酒場にいるのを目にしており、そこで異人族を前にして嫌悪感を露わにしたリアクションを取っていないのだから、それで察してほしい。というのは、少し我が儘な彼の言い分だ。

 しかし今まで受付嬢として積んできた勘からか、フェリシーはモミジの過去を察し、一歩下がったセノディアにこそこそと近づいて耳打ちによるフォローをする。ちなみに、フェリシーは先ほどの書類で、モミジが異人族かどうかを把握していたからこその発言だった。


「そうでもないんですよ。セノディアさん」

「ん?」

「私は職業柄、別の街へ足を運ぶ機会が多いのですが、この街は他と比べて種族差別が少ないです。ですから、仲の良かったあなた方は、彼女が異人族だと知っていたと思いこんでいた私の過失ですが、それはさておき――――。それでも異種族への差別は根絶されていなんです。恐らく、この街に着いてからも差別を受けていた可能性があります」

「へぇ……。あ、あーあー、だから一人で入るのを嫌がってたのか」


 もしもの話だが、この街で一度、異種族差別を経験したならばモミジの流涕にも納得がいく。おまけにここは冒険者ギルド、腕っ節の強い奴らが集う場所だ。そりゃおっかなびっくりにもなるだろう。


「ですからモミジさんのあの涙は、決して大袈裟ではないんです」

「ふーん。僕もアトリアも異人なんて気にしてないんですけどね」

「その気持ち――――絶対に忘れないでくださいね」

「いや、忘れるも何も自覚すらしたこと無いんすけど……」


 アトリアはハンカチでモミジの目元を拭った。落ち着いてきたモミジは少し朱に染まった顔を背けてしまった。突然泣いてしまった恥ずかしさと、適正マスタリーの選定の邪魔をしてしまった申し訳ない気持ちからだった。アトリアはモミジを抱き寄せ、優しい言葉をかける。


「僕もセノも、モミジちゃんがどんな種族だったとしても差別しないから安心して。ね、セノ!」

「まぁね」

「うぐぅ……ありがとうございますぅ……グスン……」

「いややっぱ大袈裟な気がするなぁ……」

「……コホン。それでは、そろそろこれも終わらせてしまいましょう。セノディアさん、前へ」

「あ、あぁはい」


 モミジの出自が明らかになった所で、場の空気を整えつつフェリシーはトリのセノディアに跪くよう告げる。

 待ちかねたセノディアは素直に従い、膝を着いて目を瞑った、のだが――――。


「えー、セノディアさんですが……」

「はい。僕は何だったんでしょうか」


 早く早くと子供のように急かしウキウキするセノディアとは対称的に、困惑した表情でフェリシーは告げた。




「セノディアさんは――――《マーシャルアーツ》《エクスプローラー》、この二つのマスタリーが適正です」



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