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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
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職業を決めよう

「では、次は《マスタリー》の選定に移らせていただきます」


 冒険者として登録したら「ハイ終わりサヨナラ」とはならない。もう一つ、避けては通れない通過儀礼がある。それが《マスタリー》の適正選定の儀。

 《マスタリー》とは、よくあるRPGゲーム風に言えば『ジョブ』だ。


 ゲームのジョブと同様に、マスタリーを取得すると様々なメリットがある。例えば、魔法を使うには詠唱や触媒が必要になるが、《メイジマスタリー》を取得すれば詠唱をパスできて触媒も必要としなくなる。《ソードマスタリー》ならば剣を、《アックスマスタリー》ならば斧を、それぞれ触ったことのない人間であっても軽々と扱えるようになれるし、《スキル》という必殺技も少ない魔力で使えるようになるのだ。

 しかし、そう簡単に適正マスタリーは入手できない。まず大前提として、マスタリーを授けてくれる第三者……通称、《ミディエーター》と呼ばれる専門職が必要となる。

 《ミディエーター》は神々の祝福をその身に宿した者を指し、彼らが祈りを捧げる事で初めてマスタリーが付与されるのだ。

 マスタリーは極めて重要なファクターで、《ミディエーター》の称号は国が認めた者以外に名乗ることを許されていない。つまりフェリシーは、国から認められた数少ない貴重な《ミディエーター》だ。


「マスタリー……、500年前の『勇者』が遺した制度……」

「はい、そうですよ」

「昔はマスタリーを巡って色々大変だって聞いたんですけど、こんなに早くから私達に授けてくれるんですか……?」

「はい。当ギルドでは『冒険者』と認めたならばマスタリーを授ける制度を設けています。それが実力者であれ初心者であれ、差別は致しません」


 モミジの質問に嫌な顔せず、一つ一つ答えていくフェリシー。

 ちなみに、今でこそ冒険者はギルドに認められれば誰でもマスタリーを取得できるが、マスタリー発見当初はこうは行かず、国からは制約が科せられ、誰も彼もがおいそれと手が出せない代物であった。と言うのも、元々マスタリーは500年前の勇者ご一行が魔族討伐に旅立つ直前に立ち寄った神殿で手に入れたとんでもシステムであり、更に掘り下げると、その立ち寄った神殿があった国も、勇者が生まれた国も、両方が《王領モリノティス》ただ一つだったことに関係する。


 当時のモリノティス王は、マスタリーというぶっちぎりぶっ壊れシステムに手を叩いて喜んだ。

 なにせ、魔法使いの触媒代がかからないから軍事費が浮くし、詠唱時間もいらないから行軍や戦闘がグッと楽になる。

 昨日今日入隊したばかりの兵士が必殺技を伴って、熟練者のような即戦力となって前線に送り込めるし、スパイや罠に特化したマスタリーを持つ者ならば裏工作もお手の物だ。

 そりゃあ一国の主やその民なら誰もが喜ぶだろうし、実際当時は、モリノティスではちょっとしたお祭り騒ぎにもなった。


 だがマスタリーのあり方に『待った』をかけた者達がいる。

 まずは海外諸国の王族だ。当時、魔族との乱戦に置かれた国々は、魔族だけで天手古舞いだったからと近隣諸国で停戦協定を結んでいたものの、もしも魔族との戦いが終戦し、その後も再び対立しようものなら、勇者を抱えている王領モリノティス一強の時代が目に見えていた。

 勇者だけなら同盟国と手を組めばどうにかなる可能性があるが、やっとのことで勇者を倒したとしても、マスタリーで強化された一級品の兵士達と戦う羽目になるのだから堪ったもんじゃない。そんな強国と事を構えれば破滅は免れないだろう。

 更に、モリノティスに住まう貴族もアレルギー反応を起こしていた。このシステムは一般に普及させたらマズイ事になるだろうと、全市民へのマスタリー文化拡大思想に貴族の9割が反対意見を示したのだ。

 マスタリーによって詠唱無しで起きる爆発、マスタリーによって鉄をも切り裂く手刀、そんな化け物を簡単に作れてしまうシステムが普及されてみればいい。

 気に入らない政策や税の徴収が厳しい領土は、マスタリーを手にした一般市民に反乱や革命を起こされて荒れに荒れるだろう。マスタリーを手に入れるには《ミディエーター》という存在が必要不可欠だが、そんなのは自分達で作るか拉致してしまえばいいだけの話だ。


 こうしてマスタリーシステムに関する論争が飛び交う中で、モリアティス王は一つの妥協案を下した。

 『我々が認める諸外国にマスタリーを流布させる事を許可する。また、国の管轄下に置かれている軍人のみ正しい目的に沿ってマスタリーの使用を許可する』とのお触れを出したのだ。

 これには諸外国王族も貴族もニッコリ。まぁまぁ妥当な落としどころだと言えるだろう。


 これでようやく一安心と思いきや、しかし今度は勇者一行が「全員に使えるようにしろや」とキレて異議を申し立て始めた。

 彼らの中には自己の利益しか考えない貴族の圧政で苦汁を飲まされた経験をしたり、誰からも見放された者達の集うスラム街で育った孤児など、悪辣な環境で育った者が多かったのだが、そういう育ちの者は満場一致で『民あっての国』という思想を持っていた。


 要するに勇者一行が提言したのは、国家を運営する者だけが力を得るのではなく、国家に住まう者にも等しく力を与えろという意見だった。海外の銃社会を想像すると分かり易いだろうか。

 これには、貴族達は王と共に頭を抱えた。勇者に対する民衆の人気が半端なく支持も強かったのだ。

 この提案を突っぱねて蹴ると自分達の評判は地の底まで落ちてしまうだろう。彼らは新たな折衷案を考えなければいけなかった。

 そして貴族達は悩みに悩んだ末、一つの結論に至る。『一般人にマスタリーを授けるのは認めてしまおう、ただし反乱が起こされない様にモンスターと戦う者にのみ限る』と。


 これがモンスター専門に戦う人々を《冒険者》と、また彼らのたまり場が《冒険者ギルド》と呼ばれるようになった所以でもある。

 こうした一連の出来事がモミジの言っていた『昔は色々大変だった』ことだ。


「ふぅ……。ドキドキしてきた……」

「セノも緊張とかするんだ……」

「たりめーだろ……」


 さて、少々脱線したが話を戻そう。彼らは書類審査(そう呼ぶには杜撰だが)を無事通過し、適正マスタリーの組み分け段階に進んでいた。

 フェリシーは十数センチほどの小さな錫杖を手に、カウンターからロビーに出てくる。西洋の服装に東洋の宗教道具とちぐはぐな出で立ちではあるが、これが昔からの礼装なので異議を唱える者はいない。


「ではアトリアさん、前に」

「はい」


 一番手はアトリア。

 マスタリーの選定に格式張った形式は無く、冒険者が《ミディエーター》の前に跪いて頭上に手を翳せられるとマスタリーの啓示が授けられる。

 その際に複数個のマスタリーが提示される場合が多く、冒険者がその中から取得したいマスタリーを選択すれば、《ミディエーター》がマスタリーを設定するという仕組みだ。

 フェリシーはアトリアに跪くよう促した。アトリアはそれに従い背を屈める。フェリシーが頭上に錫杖を翳してからしばらくすると、マスタリーを複数個から絞るよう指示を出した。


「アトリアさんは……《ソード》《シーフ》《バード》ですね。この中から一つだけお選びください」

「んーと……」

「分かり易く区別を付けると、前衛で戦うか、攻撃とサポートを両立させるか、後衛で士気の向上に努めるか、ですね。」


 《ソード》は剣の扱いに長けたマスタリーで、《シーフ》はデバフを敵に付与したり罠解除を得意とし、《バード》は音楽に魔力を乗せて味方にバフを振りまくマスタリーだ。


「うーん……」


 アトリアはしばし逡巡する。本職はパン屋の見習いなので、体つきは華奢な方で《バード》が適正だろうかと考えたのだが、折角冒険者になったのだからと、一番無難且つ最も需要の高い《ソードマン》を選ぶことにした。演武で気に入ったのが剣使いの冒険者だったのも、理由としてある。

 ちなみに《シーフ》は一切視野にいれていない。そういう小細工系のマスタリーは、自分よりもセノディアが好んでやるだろうと判断したからだ。


「じゃあ僕は……《ソード》でお願いします」

「本当に《ソード》のマスタリーでよろしいですか?」

「はい」

「本当に、ですね?」


 念には念を入れて確認をするフェリシー。しかしそれにはちゃんとした理由がある。重要事項の一つとして、一度設定されたマスタリーは変更ができない。勇者は好き勝手にマスタリーをコロコロと変えたらしいが、そんなのは御伽噺だけだ。現実では一度マスタリーを設定すると、例外を除いて二度と変更ができなくなる。

 アトリアはその問いにも肯定の意思を示すと、フェリシーは先ほどと同じ姿勢を取るよう告げた。


「では、アトリアさんのマスタリーは《ソード》に選定させていただきますね。もう一度、目を閉じてください」

「はい」

「動かないでくださいね……。心を平穏に、汝の行く末は、心を静かに、汝の赴くままに――――」


 アトリアはもう一度、顔を下げて目を瞑った。フェリシーは誓約を呟きながら再度錫杖を翳すと、その先端にポウッと神聖な淡い光が灯る。やがてその光はアトリアをスッポリと包み、体の中心部へ収束すると消えた。アトリアは光りの消えた箇所をポンポンと叩いてみたが何も反応がない。フェリシーはその動作にフフッと笑い、錫杖を揺らした。


「これにてアトリアさんのマスタリーは《ソード》に定められました。おめでとうございます」

「はい。ありがとうございます」

「おー何か凄いソレっぽかった。うん、おめでとう」

「お、おめでとうございます……!」

「えへへ、ありがと!」


 二人からまばらな拍手と祝福を受けて少し照れ臭そうにはにかんだ。祝辞もそこそこに、フェリシーはモミジを呼んだ。次はモミジの番らしい。

 フェリシーはモミジに、杖を置いてアトリアと同じ姿勢を取るよう促す。背丈の低い幼女の彼女は一々屈まなくともよさそうなものだが、形式というのは大事なのだ。しばらくしてフェリシーは驚きの声を上げた。


「モミジさんは《メイジ》……。おぉ、《メイジ》だけになりますね。これは珍しいですよ」

「ほーん」

「へぇー」


 なんと、モミジのマスタリーは一つだけしか啓示を受けなかったらしい。これは比較的レアなに分類されるため、セノディアとアトリアも興味津々だ。

 普通であればマスタリーは複数個の中から選ばれる。一番最初にマスタリーを選択したアトリアがそのパターンだ。選択肢が多い、というのは、それだけ戦力に直結する重要なファクターになる。体が丈夫な人間が後衛職で魔法をちまちま撃つより、前衛職でファイターやタンクのが向いているのは、イメージし易いだろうか。これがもしも、後衛職のマスタリーしか無かった場合、それだけ筋力や体力のアドバンテージを捨てることになる。奇特な冒険者の中には、耐久力のやたら高いヒーラーやダメージディーラーもいるが……。

 しかし、選択肢が一つしかないからと嘆くことはない。複数選びよりも秀でている側面があるからだ。

 例えば今回のようにメイジマスタリーしか選択肢が無かった場合、保有する魔力量が多かったり、攻撃魔法の威力が強力だったり、デバフの効果時間が通常より長かったりと、複数選びには付かない様々な特典が付属される可能性がある。

 ただし現段階では特典の内容は分からず、実際に魔法を撃ってみるまで特典の中身が不明な、所謂ソシャゲのガチャみたいな選ばれ方だが……。


「それではモミジさんは《メイジ》でよろしいですね?」

「は、はい! 《メイジ》になります! よろしくお願いしましゅ!」


 よろしいもなにも他に選択肢が無いのだが、当のモミジはどこか嬉しそうだ。嬉しすぎて噛んでるが。彼女が杖を持参していた事からも、モミジは元々魔法関連のマスタリーを望んでいたのだろう。待ってましたと言わんばかりに彼女は二つ返事で答えた。威勢の良い返事に、フェリシーはアトリアと同じようにもう一度目を瞑るよう促し、誓約の言葉をモミジに降らすのであった。

 こうして二つ目のマスタリーも終了と相成った。


(最後は俺だな……あー楽しみ!)


 残るは呼ばれていないセノディアだけである。



 しかし――――。



「それにしても――――《ドワーフ》でメイジとは珍しいですね」



 その言葉に、浮き足だった空気が張り付いた。



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