いざギルド!
「おー……」
扉を開けるとそこは雪国――――ではなく、アルコールの匂いと活気で溢れた異世界だった。
簡単な間取りとして、入り口からすぐ真っ正面にクエストの受付ロビーがあり、右奥は酒場になっている。左奥には長机とカウンターが並んでおり、そこではクエストの精算をしている冒険者が見えた。
「ちょいちょい、セノ、横にずれて……!」
「おぉ悪ぃ……」
アトリアは好奇心から身を乗り出して酒場に視線を移すと、入り口から一番近いテーブルでは、大の大人の身の丈ほどもある頑丈そうなハンマーを脇に置いた屈強な男と、ローブに身を包んで額に角の生えた華奢な男が料理を摘みながら談笑している。別のテーブルでは、鋼の鎧に身を包んだ女性が耳と尻尾の生えた男と飲み比べをして、それを周りのギャラリーが囃し立てていた。
人と人ならざる者が机を囲み談笑する。それだけで三人は、改めてここが冒険者ギルドなのだと実感させられた。
「ようこそ、『黒骨の集い』へ」
「わ!」
惚けながらギルド内部を眺めていた三人だったが、突如として背後から聞こえた女性の声に現実へと引き戻された。三人が揃って振り向くと、可愛らしいエプロンが特徴的なうら若き女性が営業スマイルで三人を見つめている。
ようこそ、と言うからにはギルドの関係者なのだろう。先頭に立っていたセノディアは、彼女に「自分達は冒険者になりにきた」と説明した。
「すいません、入り口に突っ立ってて。僕たちはまだここに着いたばかりでして右も左も分からず……」
「『僕』だって……あのセノが……プッ……!」
「ンンッ! それでですね、ここにくれば冒険者になれると伺ったのですが」
「あぁ、冒険者志望の方ですね。それでしたらこちらへどうぞ」
「ありがとうございま……ククッ……」
「いつまで笑ってんだよ、俺だって外面くらい良くするに決まってんだろ」
エプロンのお姉さんは、慣れた様子で左奥のカウンターへと三人を案内した。セノディアは若干イラっとさせながらそれに続き、肩を奮わせて笑いを堪えるアトリアの背中をポンポンと叩きながらゴスロリ少女もそれに着いていく。お姉さんはカウンターに付属されたウェスタンドアから内部に入ると、三人に向き直った。
「まずは初めまして、新人冒険者担当のフェリシーと申します」
エプロンお姉さんは『フェリシー』と名乗りを上げて一礼。それに釣られて三人も軽く会釈する。
「お三方共に冒険者志望という事でよろしいですか?」
「あ、あぁハイ」
丁寧な対応に少し気後れして、三人を代表してセノディアが頷く。
『黒骨の集い』は、冒険者ギルドの中でもスタッフ指導はそれなりに高い水準を誇っている方だ。言葉遣いこそ、丁寧語と敬語の入り交じったちぐはぐな印象を受けるものの、誠意のこもった接客態度からは、下級貴族のバトラーやメイドに引けを取らない、それなりに教養のある人材ばかりだ。
荒々しい勇猛果敢な者だけでは、『黒骨の集い』の一員にはなれない。それを暗喩しているかの様だ。
「ではまず、こちらの羊皮紙にご記入をお願いします。書けましたら、今日から晴れて冒険者になれますよ」
まぁ実際問題として、このギルドでは腕っ節だけで冒険者にはなれないのだが――――。
フェリシーは書類棚から一人に一つずつ、羽根ペンと羊皮紙を三人に差し出す。羊皮紙には、生まれた場所・性別・生年月日・名前・志望動機の五つを書けとの指示が記述されていた。
我々の世界で言う履歴書を簡略化したような内容を書けば終わりらしい。
三人は受け取った羊皮紙に黙々と書き込んでいく。その様子をフェリシーはニコニコしながら見ていた。
たったのこれだけで『黒骨の集い』に所属して冒険者を名乗ることができるのか。そう侮った冒険者志望の者は、最初にして最大の難関の篩にかけられる事になる。
まずこの国には税制があるものの、税金によるインフラ整備は隅々まで整っていない。500年前の魔王との戦いでボロボロになった国内を復興するのが最優先で、それ以外は二の次、三の次だ。
日本のように、小中学校まで通う義務教育なども当然なく、全員が全員学校に通えているワケではない。国営の学舎、またはそれに準ずる教育機関は、王領モリノティスの中でも城下町にしか存在しないのが現状で、貴族や金持ちの子女しか通えていないでいる。
つまり字が書けない、或いは読めない者が少なからず存在するのだ。この世界には。
こうして自動的に、地力で識字の勉強ができない者はここで脱落になる仕様となっている。
ではなぜ冒険者になるのに読み書きができなければいけないのか。それはこのギルド独特の運営体制にある。
そもそも《冒険者ギルド》は、適当なクエストを発注者から受け付け、それを冒険者に委託する中間、橋渡しの役目を担っている。
もう少し突っ込んだ話をすると、ギルドは受注したクエストをS~Gのランク別に仕分けし、ランクに見合った冒険者に提示し任意で受理してもらい、クエストを委託された冒険者は現場に赴きクエストを解決してギルドに事のあらましを報告、というのが一連の大まかな流れだ。
その際、現場で詳しい事情を説明したり、的確な指示を出したいからと言って、冒険者と発注者の間で会話をする機会が訪れるかもしれない。そこではもしかしたら読み書きも必要になってくるかもしれない。
もしも、まともな会話が成立しない脳筋や読み書きができない者が出向いたらどうなるかは想像に難くない。発注者と冒険者の間にトラブルや齟齬が生まれ、それが原因で失敗する可能性がグンと高くなる。それで失敗した場合、クエストを受けた冒険者の、引いては受注して冒険者に委託してしまったギルドの過失・責任になってしまう。
つまり発注者と冒険者間のトラブルを避けるため、そしてギルドの質を少しでも高めようとのギルドマスターによる提案から始まった簡単な試験だ。
ちなみにこれは『黒骨の集い』だけで行っている独特の試験で、他の冒険者ギルドではもっと別の方法で冒険者の資格を得られる。
ギルドのスタッフと戦って即戦力になるか否かで判断されるギルドもあれば、一対一の面談を行ってギルドの方針に沿った行いができるかどうかなど、試験方法は統一されていないのはギルドの特徴の一つだ。
そのため、裏口入学よろしく袖の下で入隊を許可するギルドもあれば、実力や思想に関係なくコネで入隊を許可するギルドもある。最も、それらに所属する冒険者の質はそれ相応だが――――。
更にこの羊皮紙とペンにはとある細工がしてある。書く者の微細な心境を感知し、嘘の記入があれば受付嬢――――フェリシーに伝えられるような魔法がかけられているのだ。後ろ暗い経歴の持ち主は、ここでまた篩にかけられるだろう。
「……僕は書き終わりました。モミジちゃんは?」
「私も、その、終わりました。セノディアさんは……?」
「ちょ、ちょっと待って――――。よし、僕も終わりました」
実家のパン屋で雑事の手伝いをしていたため筆記の得意なアトリアが、次いで経歴不明だが良い所育ちだろうモミジが、最後に農業に明け暮れていたため筆記の苦手なセノディアという順番で、それぞれ羊皮紙を提出していく。羊皮紙を受け取ったフェリシーは一通り目を通した後、クスリと可愛らしく笑い、ギルドのマークが描かれたスタンプをポンポンと押した。
どうやら書類に不備は無いらしく、また検知魔法にも引っかからなかったようだ。
書類棚に仕舞うと三人へカウンター越しに再び一礼。これに三人もまた、頭を下げた。
「まずはお三方とも、我がギルドが迎え入れるに相応しい冒険者の素質を持っていると判断しました。改めまして、当ギルド『黒骨の集い』へようこそ」
「ッシ!」
「やったー!」
「フゥ……良かった……」
「では、こちらをお受け取りください」
ガッツポーズし、喜び、安心する三者三様のリアクションを浮かべる。そんな彼らにフェリシーは、菱形に削られ、中心部に鷲の意匠が彫られた銅のアクセサリを差し出した。モミジは見たことのないアクセサリにコテンを首を傾げるが、セノディアとアトリアはウッキウキで受け取っていた。それを見てモミジも、これは悪影響を及ぼすアクセサリではないと悟り、おずおずと受け取る。
「モミジさんは見たことありませんか?」
「えと……知らなくてすみません……。これは何ですか……?」
「えーモミジちゃん知らないの? 冒険者バッジだよ。これを付けてれば一目で『あ、あの人は冒険者だ』って見分けられるんだ。お祭りでこれを付けた人たちが演武してくれたの格好良かったなぁ……。ね、セノ」
「だな。俺は斧の人が一番だった」
「僕は剣!」
「へぇー……初めて知りました」
「身分証の代わりにもなりますので、絶対に無くさないようにしてくださいね」
フェリシーの忠告に三人ともコクリと頷く。このバッジは王領モリアティス国内外問わず身分証の代わりになるのだが、これは国が認めた者にしか使えない特殊な《認証魔法》が施されているからこそ成り立っている仕組みである。
この《認証魔法》を用い、各国の兵士は冒険者バッジが本物か偽物かを区別できるため、第三者が悪用できないよう魔法の仕掛けが施されている。だからこそ、身分証としての地位を確立できているのだ。先ほど、冒険者になるのに、ギルドに賄賂を送って冒険者にならせてもらう例があると書いたが、その目的の大半がこれである。
しかし、様々なハイテク要素を兼ね備えた冒険者バッジだが、紛失されると非常に困る。というのも、《認証魔法》を物質に付与するには、50銀はする高級な触媒が必要になるのだ。このギルドでは、初心者支援の一環として初発行こそ無料にしているが、再発行には罰金も兼ねて10万Gもの大金がかかる。金貨一枚分だ。
無くさないように、とはこの意味も含まれていた。