ゴスロリ少女が現れた!
少女は居場所を探していた――――。
「うぅ……今日こそは……!」
杖を強く握りしめ、人目に付きやすいゴスロリ服を風に靡かせながらある建物の前を行ったり来たり。かと思えばそこから離れて建物を遠目に見守り、時間が経つと通行人の迷惑になるから更に離れて中央の噴水広場のベンチに座る。こうしてひがな一日無駄に時間を潰してしまう。
彼女はこの一連の行動を、かれこれ三日続けていた。
「今日もいるわよ……」
「やぁねぇ毎日同じ事ばかりして……不気味ねぇ……」
「親御さんはどうしたのかしら」
「ギルドに相談するべきよね、それとも兵士さん?」
広場で井戸端会議をしていた主婦達の会話が嫌でも耳に入る。水流の穏やかな噴水は都合の良い音を掻き消してはくれなかった。
(うぅ……今日もダメでした……。噂までされて……穴があったら入りたい……)
少女はしょげかえり、ベンチで項垂れる。悪い印象を匂わせる噂が立ってしまっているのだから、イメージを払拭すべき行動に移さなければならないのに、肝心の一歩が踏み出せないでいた。
彼女に足りないのは『勇気の出し方』。
鬱屈な殻を破り、未知なる外界へと踏み出す勇気を、彼女は既に持っていた。持ってはいたが、肝心な勇気を出すのに躊躇し手間取ってしまう。
それもまぁ、彼女の境遇を鑑みればそれも仕方がないのだが――――。
「~♪」
そんな陰険な雰囲気の少女が座るベンチを、鼻歌交じりに上機嫌な金髪美少年が横切る。
(わぁ綺麗な人……何か良いことでもあったんでしょうか……)
少女は思わず彼の後ろ姿を目で追ってしまう。彼の端整な顔立ちもそうさせたが、暗い気持ちの自分と対比になるように明るい人間を見てしまえば、誰でも振り向いてしまうだろう。
「……待ち合わせ……?」
人混みを駆け抜けた少年は男性の名前を呼び、手を取ってブンブンと上下に振り回す。二人とも顔見知りで、注視する通行人を気にしない異様な喜びようから旧知の仲だと推察できる。
「あ――――」
男性の姿がダブる。王子様のような顔立ちで金色の髪の毛をした美少年ではなく、黒髪の凡人そのものなショートウルフヘアの男性。
だが髪の色よりも、顔立ちよりも、彼女の目を引いたのはダブった男性に重なった『色』。
まるでそれは、太陽のような暖かく優しい色だった――――。
*
冒険者ギルド、通称。様々な仕事を斡旋して冒険者に受注させる何でも屋のような組合。RPGゲームでクエストを受けるホームポイントそのまんまと言えば分かり易いだろうか。
ギルドはクエストを受注する仕事斡旋所の他に、冒険者登録や冒険者同士の憩いの場《酒場》としての運用に加え、《マスタリー》と呼ばれる、一種の適正検査を受けられる唯一の施設という側面も持ち合わせている。
《マスタリー》とは、これまたRPGゲーム風に言えば職業やジョブに相当する。
一例を挙げると、適性検査を受けて《ソードマスタリー》を授かれば剣士のスキルが、《メイジマスタリー》ならば攻撃系魔法のスキルが瞬時に使えるようになる。一応、別のマスタリーのスキルも使おうと思えば使えるのだが、それは別の話。
まず冒険者になりたければ《ギルド》で入隊試験を受け、《マスタリー》を授かるのがこの世界での常識。
であるならばと、彼らはその常例に従い、個人個人の適正マスタリーを見極めて授けてくれる冒険者ギルド『黒骨の集い』に向かっている最中だった。
「あ、見えてきたよセノ。アレじゃない?」
「っぽいね」
共通の話題である昔話を楽しみながら、広場から十数分ほど歩いただろうか。
二人は、黒く塗りたくられた人間の頭骨が描かれた看板の建物が視認できる距離まで近づいていた。明らかにあれがこの街の冒険者ギルドだと一目で分かる。
大衆向けの街並みにそぐわぬ異質な看板もそうだが、物騒な武器や防具を纏った人々が、次から次へと出入りしているからだ。
(遂に来たな……この時が……)
(凄い……感じたことのない空気に圧倒されちゃいそう……)
セノディアは緊張からか、それとも夢が叶う期待からかゴクリと生唾を呑み込み、アトリアは平和な実家周辺と異なる空気から、不安そうにセノディアを見た。
野菜の収穫とは違う、パン作りとも違う、あの扉を潜れば非日常で行われる命の駆け引きが、日常的に曝される戦場と化すだろう。幼さと若さの間で揺れる年齢の二人には、これから起こる全てのできごとに責任を果たさなければならず、それを覚悟する最後の一歩として受け入れるのに、時間がほんの僅かだけ必要だった。
「行くぞアトリア……」
「うん、何時でもオッケー……!」
「ふぅ……よし!」
緊張感と憧れから逸る気持ちを抑え、セノディアは手を木製のドアノブを握り奥へと押し込む――――。
クイックイッ
――――が、それはセノディアは自分の背中の裾が誰かに摘まれたことにより中断させられた。
「あの――――」
「うん……?」
呼び止められたセノディアは反射的にくるりと振り向いた。
彼の裾を引っ張ったのは、年齢二桁にギリギリで届きそうな身長と幼い顔立ちの少女。
また服装も、肌をあまり露出しない暗赤色を基調としたゴシック&ロリータファッションで、風に靡くフリルが可愛らしい。
くりくりとした大きな青い眼に、サイドテールを束ねる蝶々の髪留めも相まって余計に幼さを際立たせていた。
しかし両手で大事そうに杖らしき物体を抱えていることから、何かしらの魔法を得意とした魔法使いであろうことも推測できる。
セノディアも、少女の所在に気づいたアトリアも、二人とも不思議そうに少女を見つめた。
「あ、ああああああ、あの……その……」
「……?」
少女は視線を浴びた緊張からか、どもりながらセノディアに話しかけてきた。顔を伏せながらもプルプルと震えるその姿は、相当な勇気を振りしぼったのだろうことが窺える。
セノディアはひとまず体を入り口から退かし、少女の次の言葉を待った。
「どうしたの?」
セノディアは少女が何かを言いたそうにしているのでジッと待っているが、アトリアは目線を会わせるために腰を屈め、爽やかイケメンスマイルでコミュニケーションを図り始めてしまった。アトリアは兄妹のいない一人育ちなので、こうした小さな子供には優しく接する傾向にある。
「君、僕たちに何か用かな?」
「その、貴方達はこの中に……?」
「うん、僕たち冒険者になりに来たんだ。だからその登録にね」
ニコッと、アトリアのキラキラした笑みに「はうっ」と少女は眩むが、頭を振って持ち直して本筋を進めていく。
「あの、実は私も冒険者になろうとしていまして……。できれば、その、ご一緒にと……」
「そうだったんだ! まだ小さいのに凄いねぇ……。あれ、でもどうして一人で中に入らなかったの? 怖くなっちゃったのかな?」
「実はその、一人じゃ心細くて……。それでもこの人なら……」
遠慮がちに少女はセノディアをチラリと見るが、すぐに目を伏せて言葉を選び直した。
「――――えぇと、歳の近い貴方達ならと……」
「うんうんそうだよね、僕も一人だったら入るのに躊躇するもん……」
「……おい待て」
セノディアは、自分に一瞬向けられた視線に気づいていた。何を言い損ねたのか聞き出そうと会話を中断させるために口を挟むが、アトリアはそんなのお構いなしにゴスロリ少女と会話を進めていく。
「よし! 僕はアトリアって言うんだ。君の名前は?」
「も、モミジと言います」
「じゃあモミジちゃん、僕たちと一緒に――――」
「おい、おいアトリア」
「おっとと……、なぁにセノ?」
セノディアは勝手に話を進めるアトリアをグイッと引っ張り、乗ってきた会話を中断させた。
何となーく彼は訝しむ。『モミジ』と名乗ったこの少女は、どこか胡散臭いなと。先ほどの意味ありげな素振りもそうだが、自分達に重要な情報を隠して言葉を選んでいる節が少なからずある。
そう訝しむ原因は幾つかあった。
(普通に考えて一人でここに来るかっつーの……)
まず第一に、モミジは「歳が近いから話しかけてきた」と言ったが、傍目から見てもアトリアとセノディアに比べて外見が若すぎる事。
まだ実年齢こそ伺ってないものの、パッと見では幼女と少女の境目くらいの年齢に見える。そんな子供が?冒険者に?ありえない。こんな所に少女を寄越す親はネグレクトか虐待者か何かか?
つまり、自分達よりも一回りも歳が離れていそうな少女が、アトリアみたいに同行者を連れるでもなく一人で命と金を天秤にかける修羅場にいることが、セノディアにとっては違和感の塊だった。
これが一点。
次に、こうして会話を続けてる間も、冒険者ギルドに出入りしている人々は一様にして彼らを遠巻きに避けている。腫れ物扱いされている空気をハッキリと肌で感じられるくらいに。
この少女は厄介事の種だと、冒険者稼業に明け暮れるギルドの面々は直感で気づいているのだ。その中にはアトリア同様、根の良い優男だろう外見をした冒険者もちらほらいるが、それすらもモミジから遠回りに迂回してスルーしている。
「見ろよアレ」
「ハハッ、妹さんでも連れてピクニックでも行くのか?」
「ご家族が働いてる様子を見学に来てるのかも知れないぞ。冒険者の印象悪くしないように口を慎めハゲ」
「はげぇ……」
「リーダーが一番口悪いよ……」
脇を通り抜けてギルドに入る冒険者の集団から、呑気な心証がポロリと零れるのをセノディアは聞き逃さなかった。やはりというか、周りの人物もこの少女は場違いだと思っているようだ。
これが二点目。
そして何よりも、明らかにゴスロリ少女の見た目が浮いてる。
ゴスロリチックな衣装にちんまりとした身の丈、西洋人形のような童顔と全てがマッチし非常に可愛らしく、まるでどこかの貴族のお嬢様のようだ。また、その服に汚れなどが見あたらなかった。身なりにもそれなりに気を遣っているのだろう。
だがそれらに気づいた時、彼の脳裏に過ぎったのは『美人局』や『たかり』。そういう類の職種は、必ず身なりを綺麗に整える傾向にあると聞く。
自分達はこれから冒険者になるのだから、美貌を武器に金を目当てにした職種は理屈としてはおかしいのだが、最悪のケース、万が一にもあり得てしまう可能性がある。万に一だろうと可能性は可能性としてそこにあるのだ。
これが三点目。
君子危うきに近寄らず。いやもう二人とも近づいちゃってるんだけども、それでもここから離れる事はできる。
それをセノディアは遂行するべく説得を始めた。
「アトリア、その子怪しいからあんま関わんない方がいいと思う。一人で中に入れないならギルドの人を呼んでこよう」
本人がいようがお構いなし、包み隠さずド直球のストレートをセノディアはぶん投げた。だが模範的な善良市民の精神を持ったアトリアは、困ってるモミジ側の味方だ。
セノディアの物言いにムッときたのか眉をつり上げ、ストレートを打ち返して反論する。
「でもさ、セノ、そんな冷たくしなくてもいいじゃない。周りはおっきな大人ばかりだからモミジちゃんは心細かったんだよ?」
「そりゃ心細いだろうよ。でも時には、一歩踏み出す勇気が必要な時がある。冒険者になろうとする今がその時だろ、違うか?」
「その一歩を、モミジちゃんは僕たちに勇気を持って踏み出したじゃないか」
「いや俺達じゃなくてギルドに踏み出せや」
「あ、あの、ご迷惑でしたらその、私はこの辺で……」
「何言ってるのモミジちゃん! 僕がこの頭でっかちを説得してみせるから待ってて!」
呆れるセノディアと感情を剥き出しに反論するアトリアに、モミジは杖をギュッと握りしめ、目尻にじんわりと涙を溜めてあっさりと引き下がる旨を伝える。
しかしこれがまた余計というか、上手い具合にアトリアの同情心を掻き立てた。涙こそ零れていないが、もう一押しで泣き出しそうなモミジに、アトリアはもう一度目線を合わせて「大丈夫だよ」と言い切ってしまった。こうなったアトリアは梃子で押しても動かないだろう。
「バカ……! どっちが頭でっかちだ……!」
セノディアは苦虫を噛み潰したような顔で溜息を吐いた。
セノディアの性格は悪く言って頑固、よく言えば意思を貫き通すタイプの人間である。自分の気に入らないことを村の同年代の子供がやったら、ハブられようが殴られようが容赦なく大人にチクるし、正当性があるなら逆に殴り返したりもする。
成長してもそれは変わらず、実家の農業を手伝うようになってからは、気候的に育成するのが無理だと言われた作物であっても、味が気に入ったとか見た目が気に入ったとかしょうもない理由だが、一念岩をも通す勢いで試行錯誤を繰り返して、不可能と言われていた作物の栽培を成功させたりした。
「ハァ……。分かったよ分かった……、今回だけだぞアトリア」
「ほんと!?」
「ほんとだよ」
「やりぃ!」
ただ、自分以上にアトリアは意気地で頑固なのを従兄弟であるセノディアは知っている。
それに加え、セノディアはこの街に着いてから、いの一番に出会った人物・御者から小さな温情を受けていたのも大きい。その施しが無ければ身分の不明瞭な少女はなど、ギルドのスタッフを呼んで事情を説明し放置しただろう。
セノディアは貸し一つなとアトリアに告げると、別に子供が嫌いでも無いので自身も腰を低くし、怖がらせないように目線をモミジに合わせた。
「いいかいモミジちゃん。中に入って冒険者登録するまで、それまでは俺達も一緒に着いてってやる」
「い、良いんですか……?」
「さっき俺も受け取ったしな。こっちの兄ちゃんに『引き留めてくれてありがとう』って言っとけ」
「えぇと……は、はい。お二人とも、ありがとうございます……!」
『受け取った』の意味が何なのか知る由もないが、少女は丁寧に二人に一礼した。
嬉しそうにペコリとお辞儀をする少女に、少しばかりの品の良さが伺える。家庭環境は良さそうなのにこんな歳で冒険者。セノディアは、裏がありそうな少女をますます遠くへと追いやりたい気持ちに駆られたが、アトリアは(できた子だなぁ)と感心するばかりであった。
「いいのいいの、困ったら助け合いでしょう」
「冒険者になるんなら、困ったら自分でどうにかしなくちゃいかんでしょ」
「ふふん。そんなこと言っても最終的には助けるんだから。セノは優しいね」
「いや別にこれは優しいとかじゃなくて、お前が意地張るタイプだから……。ハァ、まいいや、さっさと中入ろう」
訂正するのに上手い返しが思いつかなかったセノディアは二人を手招きし、改めて冒険者ギルドのドアノブに手を回す。
こうして統一感のないちぐはぐな三人組は、非日常の待ち受ける冒険者ギルドへと踏み入れた――――。