お断りします
ダガーナイフを振る。
横や縦、斜めと、次々に高速で振っていく。
俺は早朝、朝日に照らされながら鍛錬をして汗を流していた。
ダガーナイフの重み、そして独特なダガーナイフに付いた血の臭いを嗅ぎながら、俺は最後にナイフを上に投げた。
「――はぁッ!」
バックパックから瞬間的に取り出したもう一本のダガーナイフで空から落ちてきたダガーナイフを弾く。
それも、目を閉じた状態で、だ。
「ふぅ……掴めてきたな」
大分感覚を掴めてきた。
天才型の俺は、物事をある程度やればすぐにできる方だった。
その為、ミスティニーさんから教わった魔力重ねもすぐに覚えれたのだろう。
弾いたダガーナイフを拾っていると、ミシェリアが中庭にやって来た。
眠たそうに目を手で擦りながら、露出度の高い服装のミシェリアは、俺の目の前までやって来ると「……行こ」と、一言だけ言って去っていった。
気分は思春期真っ盛りの娘を持つ父親。
ミシェリアの性格から考えれば、しょうがないのだが、やはりミシェリアにも甘えて欲しいもの。
それが親の……俺の気持ちなのだ。
「はぁ……行くか」
俺はミシェリアの後を追って、タオルで汗を拭いながら歩いていった。
■■■
所変わって屋敷の門前。
俺はミシェルに引き止められていた。
その理由は……
「わ、私も連れて行ってください!」
ミシェルがついてきたいと駄々を捏ねているのだ。
俺としては連れていきたい気持ちもあるにはあるのだが、これから俺はミシェリアとともにモンスターを狩りに行きたいと思っている。
なので、ミシェルは正直に言うとあしでまといになる為、連れて行く事はできない。
「ミシェル。お前は戦えるのか?」
俺が訊くとミシェルは言葉を詰まらせた。
この質問は狡いと思うが、ミシェルを思っての事の為許して欲しい。
それでもミシェルは俺の手をギュッと握って放さなかったので、俺は最終手段に移ることにする。
「俺が帰ってくる所を守ってくれ、ミシェル」
できるだけイケボを意識して、ミシェルの耳元で軽く呟いた。
ミシェルは一気に耳と頬を赤くして俯く。
ミシェルの手は俺の手から、シュルシュルと外れた。
俺は「頼む」そう言い残して、ミシェリアをお供に冒険者ギルドに足を進める。
まず確認しなきゃいけないのは、モンスターの素材を冒険者じゃなくても売れるのか、という問題。
別に金はそれこそ有り余るほどあるのだが、モンスターを倒して放置、という訳にはいけない。
なので、売った方が金も入るし誰かの為にもなる。即ち、一石二鳥というやつなのだ。
冒険者ギルドに到着すると、早速中に入って一人の受付嬢に話しかけた。
「すみません」
「ようこそ、冒険者ギルドへ。リキト様ですよね?」
「え、あ、はい。何で俺の名前を知ってるんですか?」
「? お忘れですか? あの時騒ぎを起こしたのを」
受付嬢から改めて言われ、俺はなるほどと納得をする。
俺は昨日冒険者ギルド、ギルドマスターの部屋で問題?を起こしてしまったのである。
その為、この受付嬢にも顔を知られたのだろう。
俺は「なるほど、そうなんですか」と、受付嬢に返事を返す。
「リキト様。ギルドマスターがお呼びですよ」
「ゲッ……マジですか」
「えぇ。早く行った方が身の為かと。先ほどギルドマスターが興奮気味に、冒険者方を招集して貴方を連れてこようとしてましたから」
それって職権乱用じゃないですかやだー。
受付嬢に「本当」と訊いてみるが、受付嬢は頷いた。
俺は逃げようとして、後ろを振り返ると冒険者達が出口を何気なく塞いでいた。
一人の男性冒険者の顔をチラッと見るが、目が合うと逸らされてしまう。
もう完璧に買収されている。つまり逃げ道がない。
強行突破を図ればあっちの有利な立場になる。ここで抵抗すれば俺はギルドマスターに俺の身柄を預けるようなもの。
だから俺は大人しく、ミシェリアと一緒に階段を上がってギルドマスターの部屋に行く事にした。
「はぁ……憂鬱だ」
「……大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるか? 昨日みたいに抱きつかれるかもしれないんだぞ! あぁ……想像するだけで寒気がする」
ミシェリアは訳が分からないと言った表情をしている。あれはされた人間にしか恐怖はわからない。
俺だってただのおばあちゃんに抱きつかれるならまだいいんだ。だが、相手が性的なヤリ目で、かつ噛み付いてくるというゾンビ顔負けの事をしてくるおばあちゃんだぞ?
あれには畏怖を覚えたよ……。
なんて愚痴を頭の中で語っていると、ギルドマスターの部屋についてしまった。
俺は控えめにノックをする。
すると、ドアが開くき何かが俺の服を引っ張り、部屋の中に引き摺り込まれた。
「うわぁ!」
「ふひひ……おぉ、勇者様……」
うっとりとした表情をして、顔を綻ばせているギルドマスターは、俺に当たり前のように抱きついている。
「コホン。ギルドマスター、リキト様が困った顔をしていらっしゃいますよ」
俺が困り顔をしていたのか、部屋の隅にいた秘書の女性がギルドマスターを止めに入ってくれた。
「ん? うむむ……これは嬉しがっておるのじゃ!」
「私にはそうは思えませんが……」
ギルドマスターは渋々だが、俺から離れてくれる。
どうやら秘書さんには勝てないようだ。
俺は秘書さんに頭を下げてお礼をする。秘書さんは首を振って「いえいえ」と言い、微笑んだ。
なるほど。アスデールが惚れるのも納得ができる。
仕事ができて優しい女性。これが俺が秘書さんを見た感想だ。
だが、なんとなくもしもアスデールさんとこの秘書さんが結婚をして家庭を築けば、アスデールさんは尻に敷かれるイメージしか湧かない。
「? 私の顔に何か付いていますか?」
「い、いえ。すみません……」
危ねぇ、見過ぎた。
秘書さんの訝しげに俺を見る目が突き刺さる。美人にそんな目で見られるのは、俺の精神がやられる。勿論悪い意味でだ。
「あぁ、そういえばギルドマスター。俺に用ってなんですか?」
これ以上この空気が嫌になった俺は、わざとらしく話題を変えて空気を変えようと試みた。
ギルドマスターは「そうだったの」と、乗ってくれた。
「――実はの、勇者様よ……冒険者にならぬか?」
「へぇ、冒険者にね。それはどうして?」
「いやなに。勇者様はこのヤクルトの街に家を構えたのであろう? 魔王が復活した今、そんな戯けた事をできるという事は、なにやら理由があると窺えてしまう。何、悪うせんよ。勇者様の力があれば、この冒険者ギルドで相当な地位に上れると思うのじゃが……」
俺はギルドマスターの意見に面を食らった。
ギルドマスターの言うことは全て正しい。
俺は勇者なのに魔王を倒さないで、街で遊んでいるとは言えないが、自由にしているのだ。
勇者といえば魔王を倒す存在。
悪を正義を背負って倒し、弱き者達を救う。
それなのに、俺といえばそんなのどうでもいいと、街に屋敷を構えて異世界を満喫しようとしていた。
俺は別にその事を悪い事だとは思わない。俺は王国によって悪く言えば誘拐をされたのだ。だったら相手に従わなくてもいい権利はあるはず。
だから俺は、こうやって異世界を楽しもうとしている。
勇者に似合わず奴隷を購入して、欲の限りを尽くそうとしている。
勿論、嫌がれば手は出さない。フェミニストなんだ俺は。
コホン。ギルドマスターは別に俺を批難している様ではないみたいだ。
ギルドマスターは俺を心配して、誘いをしたみたいである。
現に、ギルドマスターの表情は俺を愚か者を見る目ではなく、慈悲に満ちていた。
(でもなぁ……)
冒険者になるかは、俺の気分次第。
ギルドマスターだって強制をするとは思えないし、あくまでも誘い。
無理矢理ではない。
だから俺は、訊いてみる事にした。
「ギルドマスター」
「なんじゃ?」
「冒険者なってメリットはありますか?」
メリット。これが無くては冒険者ギルドに入る意味など無いに等しい。
冒険者ギルドの施設が冒険者のみ使えるのなら、俺は入ってもいいと思う。
冒険者ギルドは全部で6階建てで、1階から4階までが、冒険者を対応する受付だとか、依頼を受ける場所。
5階は冒険者ギルドで働いている職員専用フロア。
6階がギルドマスターの部屋である。
因みに地下もあって、地下には武器屋など魔法アイテム――ポーションなど――が売られているらしい。
「……メリットのぉ。強いて言うなら後ろ盾にやってやれるぞ? 争い事や何かがあれば、冒険者ギルドが守ってやる事ができる」
「なるほど。じゃあギルド内の施設を冒険者じゃなくても使う 事はできるんですか?」
「うむ。それは可能じゃ」
なるほど、ならば俺は冒険者になる理由を失ってしまう。
後ろ盾があるのは嬉しいが、どこまで守ってくれるのか、本当に守ってくれるのかが保証できないだろうから、意味は無し。
なので俺は断る事にした。
「お断りします」
「むぅ……そうか。あいわかった。勇者様が嫌ならば仕方がないの」
ギルドマスターはニシシと笑う。
良かった、引き下がってくれて。
これで強制するってなっていたら殺して……お話をしないといけなくなっていた。
「ありがとうございます。まぁ、一応考えておきますね。それでは、失礼します」
俺はギルドマスターに一礼をすると、すっかり空気となっていたミシェリアを連れて、冒険者ギルドを出ていった。
目指すはヤクルト街付近の森だ。




