んほぉぉぉぉ!
「すまないね……うちのもんがあんたに迷惑を掛けてしまっての……」
俺は、このギルドのギルドマスターであるお方に、頭を下げられて謝られている。
そんなギルドマスターに俺は「いえいえ、大丈夫です!」と言って、頭を上げるように促すのだが、なかなか頭を上げてくれないのでかなり困っていた。
何故、ギルドマスターが俺に謝っているかというと。
ミスティニーさんの件の事で、だ。
因みに現在ミスティニーさんは、頭が冷えるまでとギルドマスターの命令により、ギルド下の地下牢にいる。
やはりというべきか、俺の想像していた暴力が支配する筋肉ムキムキのアホギルドマスターではなく、清潔感溢れるこのギルドのギルドマスターは女性でも務まるようだ。
勿論、この女性を遠回りに弱いと言っているわけじゃない。
寧ろその逆で、今まで会ってきたどんな人よりも、このおばあちゃんは強そうで、底がしれない。
対面しているだけで、妙な緊張感が俺を襲い、今にもえづきそうだ。
ギルドマスターは疲れきった表情で、溜息を一つ吐いた。
それにしてもギルドマスターは、顔色が悪く、目が虚ろだ。
もしかしたら、困り事でもあったのかもしれない。
だが、俺は何かあったのかと聞きはしない。面倒事が起こりそうだからな。
「あの、ギルドマスター。そろそろお仕事の時間が――」
「分かっておる! 何故じゃ……何故こうも問題ばかり起こるのじゃ!?」
ギルドマスターの後ろに控えていた秘書が、ギルドマスターにそう伝えると、ギルドマスターはヒステリックに騒ぐ。
俺の予想通り、ギルドマスターの周りで問題が多発したようだ。
ギルドマスターはコップを乱暴に鷲掴み、口に持っていった。
そして飲み終えると、また溜息を吐く。
その姿を見て、俺のうっかりが招いてしまった事に対して、悪く感じてしまう。
「あの……なんかすいません……俺のせいでこんな事を起こしてしまって……」
「……いや、あんたは悪うない。あの馬鹿が昔から異世界人とやらに強く惹かれていたことは知っておったが、こうも激しい執着を持っておったとはの……この事案はあんたのせいではなく、我らギルドの管理問題じゃ。だから気を病むな」
「はい、わかりました……」
「うむ。――ところでだがの、あんたは本当に異世界から召喚された勇者なのか?」
「その事は、ミスティニーさんから?」
「うむ、そうじゃ。安心せい。あんたの事を誰にも教えはせんよ」
「そう、ですか。では話しますね――」
俺はギルドマスターに秘書には退室してもらうように伝え、ギルドマスターと2人っきりになると、語り出した。
俺がとある国から召喚された勇者である事を。
ギルドマスターは驚きながらも、俺が話している間は無言で俺の話を聞いていた。
「――これで以上です。信じますか? まぁ、俺ならこんな突拍子もない話を信じませんけどね」
俺は自傷気味に笑った。
ギルドマスターの顔を見てみると、何かを考えている表情をしていた。
もしかして俺の話を信じてくれるのか?
そう思っていると、ギルドマスターが俺の顔を見た。
「あんたは……勇者様は本当に異世界から来たんかえ?」
「本当ですよ。まぁ、他の勇者達からしたら、俺は弱いほうですけどね。といっても、負ける気はないけど」
少し勇者様って部分に気になったが、俺は自分が勇者だと答えた。
理由としては、本当の事だし、嘘をついても無意味だろうからってのが一つ目。
勇者としての地位をこの街で確率したいので、協力をしてもらいたいってのが二つ目だ。
ギルド本部のギルドマスターだし、権力も持っていると踏んでの賭けみたいなもの。
「それで、ギルドマスターさん。俺が勇者だったらどうするよ? 権力で囲んじゃう?」
俺が今から行うのは商談だ。
少しでも足を取られたらend。
相手はギルドマスターと大きな肩を持つ人。かなりリスキーだが、確実に行くには少し高圧的な態度になるしかない。
俺は脳を高速で動かし策を講ずっていると、ギルドマスターは目から涙を流し始めた。
「な、なんで泣いてるんですか!?」
俺は困惑してしまう。
「す、すまんね……勇者様の再降臨と聞いて、嬉し涙を流してもうたのじゃ」
「勇者の再降臨? それはどういう……」
「昔の話じゃ。ある国で勇者様が貴方様と同じように召喚されての、勇者様達はこの世を支配していた諸悪の根源。魔王を倒し、世界に栄光と幸福をもたらしたのじゃ。そして去っていった……という昔話があるのじゃ。ワタシは昔から良く、その話を母親から聞いていての。
それで、貴方様と違うとはいえ昔話の勇者様と貴方様を重ねてしまい、感極まって泣いてもうたのじゃ。汚い涙を見せてしまったこの老いぼれを許しておくれ」
なるほど、そんな理由があったのか。
それにしても、俺とクラスメイトのように召喚された奴らがいるのか。
とても興味深い話だが、今は掘り下げるべきじゃない。
あれ……高圧的な態度を取った俺って――いや、もう忘れよう。そうしよう。
俺はいらない考えを捨てた。
「そうだったんですか」
「うむ。その、なんじゃ……勇者様」
あ、アレ? 雲行きが怪しくなってきたなー
ギルドマスターは顔を赤らめて、モジモジしだす。
そんな可愛らしい仕草は美少女だけがしてもらいたいものだが、そんな事を小心者の俺が言えるわけがなく。
「な、なんですか」と聞いてしまった。
「触らせてくれないかの!」
「そ、それは何故……?」
「憧れの勇者様に触れてみたいんじゃ! 頼む! 一生の願いじゃ!」
(やばい! 墓穴を掘った気がする! それにおばあちゃんが一生の願いとか言ったら断れないからぁ!)
俺の頭の中は現在進行形でプチパニック状態だ。
ギルドマスターは今にも飛びかかってきそうで、ハァハァと荒く息を吐いており、瞳孔が完全に開いている。
今のギルドマスターは、B級ホラー映画よりも怖い。
なにより、ミスティニーさんに近いものを感じた。
(どうしたらいいんだ!? 大人しく触れさせる? いや、そうしたら俺の清き体が穢されるっ!)
「ふひひっ……勇者様!」
ギルドマスターはついに飛びかかってきた。
俺は避けようとするが、ふと考える。
もしも、俺がここで避けたらギルドマスターはどうなるだらうか、と。
ギルドマスターは女性であり、か弱いお年寄り。
俺が受け止めなくては、怪我をする可能性だってある。
俺の心に、謎の使命感が生まれた。
「んほぉぉぉぉ! こ、これが勇者のっ! なんて聖なる力じゃ!」
「――――」
俺は真顔でギルドマスターを受け止めた。
ギルドマスターは俺の胸に顔を埋めて、スーハースーハーと息を吐いたり吸ったりを繰り返している。
「あのー、ギルドマスター! そろそろお時間が――」
俺がギルドマスターに襲われていると、秘書の女性が部屋に入ってきた。
秘書はこっちを見て、目を丸くして唖然としている。
「こ、これはちがいますからぁ! 決して、そういう事じゃないですからね!?」
「ふひひ〜。この白いオーラ……やはり勇者様は逞しい……」
「あ、あぁ……」
秘書は力なく座り込んでしまい、混乱しているようだ。
多分、俺とギルドマスターが淫らな事をしていたと、勘違いをしているはずだ。
俺は声に出して言いたい。
(俺が被害者だから!)
だが、言えない。
声に出せない。ギルドマスターが俺を押し倒して、首に噛み付いているからである。
お陰でとても息がしづらく、力を出す事ができない。
「リキト! ここにいたの、か……」
お次はアスデールさんが、フルプレートのフル装備で部屋に入ってきて、秘書の女性を見つけると、顔を赤くして俯きだした。
(用件を言えよぉー! ヤベッ……く、苦しい……)
やばい、意識が朦朧としてきた。
「あ、り、リキト! ――ん? ギルドマスター。何をしているですか?」
「アス、デー、ルさん……た、助け、て」
「お、おう!」
俺はアスデールさんに、助けを求める目で見た。
アスデールさんは理解してくれたのか、ギルドマスターを持ち上げて俺から離してくれた。
「ああぁ! ゆ、勇者さまぁぁ!」
「お、落ち着いてください! ギルドマスター!」
「ふぅ……やっと息ができた。それで、アスデールさん。何か俺に言おうとしていましたよね?」
「おぉ、そうだったな。えっとだな、そう。2人が男達に――あれ? すまん……忘れた。ガハハ! ちょ、ギルドマスター! 暴れないでください!」
アスデールさんは暴れ狂うギルドマスターを押さえつけて、俺にそう言った。
俺はこの時、言い知れぬ不安を感じた。
(嘘だろ! まさか――)
俺はどこにそんな力があるのか、巨漢のアスデールさんに見事と言える抵抗を見せるギルドマスターを尻目に、部屋の窓を開けて、飛び出た。
石が敷き詰められて、舗装されている冒険者ギルド前の道に着地すると、俺は飛躍して家の屋根に飛び移った。
俺は家々の屋根を飛んで、2人をがむしゃらに探しに行った。