主人公とは常に余裕を見せる者
「いい風景ですね〜!」
「そうだな」
「……うん」
街を出発してから約2時間。
俺達は馬車に揺られながら、草原にある整備された道を通っていた。
相変わらずというか何というか。
ミリシアはずっとハイテンションではしゃいでおり、暇を持て余す俺達にとっては楽しませてくれるのでありがたい存在だ。
すると、横を馬に乗って走っていた護衛の1人が、何かを察知したのか森の方角を目を細めて見ていた。
その時、矢が護衛目掛けて飛来してきた。
「ん? あれは……――ぐぁっ!」
矢を肩に受けた護衛の人は首から落ちてしまい、首をぐしゃっとへし折って、そのまま動かなくなった。
「て、敵襲ー!!」
馬車に取り付けられた小さな鐘を、馬車を運転している騎手がカランカランと鳴らした。
やっとの事で理解したのか、呆然としていた乗客達は悲鳴をあげ、お互いに身を寄せあって震えている。
「ご、ご主人様!」
「あぁ、そうだな。でも護衛がいるんだ。大丈夫だろ」
口ではそう言うが、本心ではどうせ負けるだろうと思っている。
察知したのに矢を受けてしまう護衛だ、アテになるわけがない。
だから、俺はミリシアとミシェリエに見えないように、ダガーナイフを2本創造する。
もしものために。
「クソ! 良くもアリトスをッ!」
護衛の1人が馬車から離れて、矢が飛んできた方に馬を操り走っていく。
アリトスとは死んだ仲間の護衛の事だろう。
これで残る馬車の護衛は2人だ。
(俺が行くしかないか)
感情に駆られて見えない敵に向かうなどと、愚行を犯す護衛に俺は笑いも出せないくらい呆れる。
やはりというか、馬車から離れて復讐をしようとした奴は、呆気なく矢の雨を受けて死んでしまった。
残る生きた護衛は2人。
馬車を操る騎手も焦っているのだろう、自然と馬に鞭を叩いてスペードをグングン上げていく。
護衛の残りの2人はいつの間にか馬を捨てて、馬車を守るために乗り移っていた。
俺は冷静な奴もいたのかと、安心をする。
「君も早く隠れるんだ!」
護衛の男が剣で矢を叩き落としながら、俺に隠れるように言った。
隠れる場所はない馬車の上で、隠れろなんて無茶を言う。
反発しても意味が無いと判断した俺は、大人しく姿勢を低くして隠れた。
これで横から飛んでくる矢は防ぎるわけだが。
上からの矢は防ぐ事はできない。
最悪でもミリシアとミシェリエだけは守るために、俺は2人を近くに呼び寄せて上から矢に身構える。
ミリシアは恐怖で震えている。
俺がミリシアに「俺が守る」と言うと、信頼してくれるのか、震えは少しマシになった。
ミシェリエはというと、こんな時でも相変わらずの鉄仮面で感情が読めない。
震えてもいないので、多分怖くないのだろう。
(来る!)
勇者パワーで強化された聴覚で、矢が空気を切る時に出るヒューという音を捉えた俺は、馬車から飛躍して矢をダガーナイフで一刀両断した。
「どこにいる?」
俺は矢が飛んできた角度を、頭に映像のように出して計算する。
そして、矢を放った場所を見つけ出した。
俺はダガーナイフの凹んだ持ち手を強く握って、鞭のように腕をしならせて投げた。
亜音速で飛んでいったダガーナイフは、襲ってきた敵がいると思われる場所に着弾すると――爆ぜた。
爆ぜたダガーナイフは木を粉々にし、辺り3mを吹き飛ばして砂煙をあげた。
勿論あのダガーナイフは、ただのダガーナイフじゃない。
実は、馬車に揺られている時に護衛の魔法使いに教えてもらった魔法を使ったのだ。
魔力を何層もの層にして、ダガーナイフに重ねる。
魔力の塊となったダガーナイフは、何かに当たった瞬間――層が崩れて簡易的な竜巻のようなものを発生させる。
魔力の渦はやがて、暴れだし――爆発を起こす。
というものだ。
魔法適正さえあれば、誰にでもできる魔法だと護衛の魔法使いは言っていた。
まぁ、練習をしないとできないととも言っていたので、勇者の力こそあってのものだろうが。
「どうだ?」
俺は砂煙に包まれた場所を睨みつけるように見た。
だが、砂煙が邪魔をしていて敵を視覚に捉える事ができない。
「ちっ……仕方がない」
俺は舌打ちをして、足に力を入れバネのように飛び上がった。
30mほど飛び上がると、森を見下ろして敵を探す。
木の影や草の中に隠れたのだろうか、全く敵の姿を確認する事ができない。
やがて、俺は重力に引き寄せられて地に落ちた。
「ッ……」
俺が着地した場所の地面を陥没させながら、足に鞭を打って駆け出す。
風のように超高速で森を駆け回り、敵を探し回る。
(いない……ミリシア達が心配だな、一旦戻るか?)
俺は一度撤退するか、このまま探すかを思案していると、前方100m先に馬車に弓矢を向けて、狙いを定めている奴を見つけた。
俺はマサイ族ばりに目がいいので、最大で1km先まで見る事ができたりするのだ。
俺は敵を確実に殺る為に、高速で音をできるだけ出さないように近づいていった。
矢を今にも放とうとしている敵を見て俺は、間に合わないと悟り再びあの魔法を使う事にした。
今度はダガーナイフに重ねるのではなく、自分の手に重ねるように魔力を操る。
2層魔力を手に重ねて、ダガーナイフを投げる瞬間に刺激を手に与えて、手を爆発させた。
爆風が加わったダガーナイフは、更に速くなり飛んでいった。
(決まった!)
ダガーナイフはまるで弾丸となり、敵の胸にポッカリと穴を開けて貫通した。
穴の空いた死体は地にドサッと倒れた。
俺は本当に死んでいるかどうかを確認する為に、近づいていく。
近づいてそれを蹴ってみたり、ダガーナイフを1本創造して刺してみたりした。
「死んでるな…………さ、戻ろう」
俺は初めて人を殺めたが、そこまで実感は湧かなかった。
恐怖なんてものは無ければ、快楽殺人者のように興奮も感じない。
何も感じなかった。
俺は走りながら考える。
(矢は別の方向からも飛んできていた。という事はまだ敵がいるって事だ)
まだ敵が潜んでいるかもしれない森を慎重に――だが、できるだけ速く駆けていく。
2人に何も無ければいいのだが。
「抜けた――ッ! あれは!」
森を抜けるとまず目に見えたのは、薄暗い木々が生い茂る森にいたので網膜を強く焼く太陽光。
そしてその次に、馬車を襲う盗賊と思われる集団。
「ミリシア! ミシェリエ!」
俺は今までにないスピードで平原を走った。
焦る。2人にもしもの事があったら――と。
馬車には護衛がまだ2人いるはずだ。
確かフルプレートの大剣使いの男と、俺に魔法を伝授してくれた男。
それぞれ死んだ2人の男より強そうではあるが、盗賊の数が多過ぎる。
護衛が2人に対して、盗賊は16人もいる。
「オッんラァァッ!」
魔力を手に5層重ねて、ダガーナイフを超爆風で押し飛ばした。
もはや目で見えないほどに――まさしく光の速さで飛んでいったダガーナイフは、盗賊3人の上半身を吹き飛ばした。
爆ぜた瞬間、手がはち切れるような痛みが走り、俺は痛みで倒れそうになった。
だが、執念に近いものが俺の体を支えて、再び走り出す。
「な、何が起こってんだ!?」
「うわぁ!」
「巫山戯るな! 魔法かァ!?」
盗賊達の低い声が、俺の耳にやけに残る。
俺はダガーナイフを2本創造して、両手に持ち盗賊に接近する。
突然死んだ仲間に意識が集中していた盗賊を、後ろから接近して首を刈り取った。
『――』
急に現れた俺に盗賊は皆呆然とし、ミリシアが「ご主人様!」と喜びの声をあげる。
俺はここにいる全員に、俺という存在を知らしめるようこう言った。
「――待たせたな」
俺はニヤリと笑う。
盗賊達はやっと戻ってきたのか、武器を構えて俺を囲んだ。
ふと、ミシェリエを見る。
何かを言っているような気がした。
何かを伝えたそうな目でミシェリエは俺を見ている。
【ブキ、クレ、ダヨ】
俺の直感がそう言った気がした。
気がつけば俺は、左手に持ったダガーナイフをミシェリエに投げていた。