美しい季節
チリン。吊り下げられた風鈴が涼しげな音を奏でるが、そんなものは気休めにしかならないと思う。
開け放たれた窓からは生ぬるい風が吹き込んできていて、まとわりつくような湿気になけなしの気力も奪われていく。
連日の暑さにすっかり参ってしまった俺は、友人に誘われるまま、彼の実家がある田舎に避暑に来ていた。
ザァザァと雨粒が木々の葉を鳴らす。
友人は出かけてしまったので、今は俺一人だ。クーラーなんて気の利いたものはないから、扇風機の前に陣取ってアイスを食べていた。
そうしていると、メールが届いた。雨が降ってきたからバス停まで迎えに来てほしいそうだ。午後は雨が降るから出かけるときは傘を持っていけ、といっていたくせに、自分は持って出るのを忘れてしまったらしい。
やれやれと溜息をついて、重い腰を上げた。
舗装もされていない土の道は、ぬかるんでいて歩きにくい。
濁った水溜りにいくつもの波紋が現れては消えていく。ジーンズに泥を飛ばさずに歩くことは諦めて、地面に落としていた視線を上げる。
雨の色は灰色だと、生まれてこの方思い込んでいた。
だけどどうだろう。
空は灰色だ。都会の狭苦しい四角い空よりは幾分白い気もするが、灰色だ。しかし山のほうへ視線をやると、白くけぶっているように見えて、幽かに青い。……青かった。
バス停についた。都会ではもう見ることの無い、トタン屋根の小屋みたいなバス停。
大粒の雨が屋根に叩きつけられて奏でる、昔ながらの音楽に耳を傾ける。
目を閉じれば雨の匂い。水と、土と、緑と、何か優しいものの匂いが混ざり合っている。
前面から吹き込む飛沫が心地良く体を冷やしていった。
遠くにぼんやりと白いライトが見えた。バスが到着し、友人が降りてくる。
「傘、意味なかったな」
ずぶ濡れになっていた俺を見て友人は笑った。
「別に、いいさ」
本当の雨の色を、あなたは知っているだろうか。目を閉じれば鮮やかによみがえる、水色の世界。
それは俺の知る、最も美しい世界だった。