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短編

美しい季節

作者: 日次立樹

 チリン。吊り下げられた風鈴が涼しげな音を奏でるが、そんなものは気休めにしかならないと思う。

 開け放たれた窓からは生ぬるい風が吹き込んできていて、まとわりつくような湿気になけなしの気力も奪われていく。

 連日の暑さにすっかり参ってしまった俺は、友人に誘われるまま、彼の実家がある田舎に避暑に来ていた。



 ザァザァと雨粒が木々の葉を鳴らす。

 友人は出かけてしまったので、今は俺一人だ。クーラーなんて気の利いたものはないから、扇風機の前に陣取ってアイスを食べていた。

 そうしていると、メールが届いた。雨が降ってきたからバス停まで迎えに来てほしいそうだ。午後は雨が降るから出かけるときは傘を持っていけ、といっていたくせに、自分は持って出るのを忘れてしまったらしい。

 やれやれと溜息をついて、重い腰を上げた。



 舗装もされていない土の道は、ぬかるんでいて歩きにくい。

 濁った水溜りにいくつもの波紋が現れては消えていく。ジーンズに泥を飛ばさずに歩くことは諦めて、地面に落としていた視線を上げる。


 雨の色は灰色だと、生まれてこの方思い込んでいた。

 だけどどうだろう。

 空は灰色だ。都会の狭苦しい四角い空よりは幾分白い気もするが、灰色だ。しかし山のほうへ視線をやると、白くけぶっているように見えて、幽かに青い。……青かった。



 バス停についた。都会ではもう見ることの無い、トタン屋根の小屋みたいなバス停。

 大粒の雨が屋根に叩きつけられて奏でる、昔ながらの音楽に耳を傾ける。

 目を閉じれば雨の匂い。水と、土と、緑と、何か優しいものの匂いが混ざり合っている。

 前面から吹き込む飛沫が心地良く体を冷やしていった。



 遠くにぼんやりと白いライトが見えた。バスが到着し、友人が降りてくる。

「傘、意味なかったな」

 ずぶ濡れになっていた俺を見て友人は笑った。

「別に、いいさ」



 本当の雨の色を、あなたは知っているだろうか。目を閉じれば鮮やかによみがえる、水色の世界。

 それは俺の知る、最も美しい世界だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。こちらも拝読しました。 私の先に読んだ二作と違い、こちらは私小説的ですね。 梶井基次郎が好きで、こういった自然と内面の素朴な描写に惹かれます。
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