倍返し
僕は、この一ヶ月間、彼女への仕返しをずっと考えていた。
ただの仕返しじゃ、きっと、だめだ。
――そう、やるなら、倍返し。いや、それ以上がいい。
と言っても僕は、具体的にどうすればいいか分からなかった。
どうすれば、彼女の心を揺さぶるほどの衝撃を与えることができるだろう。
どうすれば、僕が受けた以上の気持ちを彼女に与えることができるだろう。
でも、考えてみると「倍返し」は難しい。
例えば、倍返しの基準となるものが、お金とか個数とか、数値で表せるものなら簡単で分かりやすい。単純に、自分が受けた分の、倍の値のものを返せばいいのだから。
けれど、数字では表せない、気持ちや行為が倍返しの対象になると、それは曖昧になってしまう。個人の主観で決まってしまって、倍なんて分からないからだ。
それなのに、「倍返し」という言葉は、あの有名なドラマのセリフのように、主に後者の方で使われることの方が多い気がする。
たぶんそれは、後者の方で使われた方が、その言葉の重みが増すからだと思う。
倍返しをされる方は、どんなものが返ってくるのか、倍が想像できない。わくわくしながら、あるいはびくびくしながら待つしかないのだ。
倍返しする方としては、もちろん、それを狙っているのだけど。
僕が決めた倍返しは、倍返しになるのだろうか。
そんな一抹の不安を抱えながら、その日を迎えた。
その日、僕は、彼女を呼び出した。
いつも通りの様子でやってきた彼女の背後に、僕はそっと近付く。
僕の手の中で、銀色のそれがきらりと光る。
そうして、その華奢な首筋に、そっとその銀色を近付け―
「……えっ?」
首元を見た彼女が、驚いた様子で振り返った。
彼女の首にかかっている、シルバーチェーンの先には、光を反射してきらきらと輝くダイヤ。
「倍返し。……一ヶ月前のね」
そう、今日は、君への倍返しデー。
3月14日。