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万象命名士  作者: 龍青 そら
第一章 天界
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4話 万象の軛

 1日遅れの投稿、申し訳ありません!

 第4話、お楽しみください。

 落雷のような音を立てて現れた訪問者、彼の目的とは。

 その姿を一言で伝えるとしたら、『山賊』だろうか。

 初対面の人間に向かって使っていい比喩じゃないと思うが、俺の頭に(ひらめ)いた表現はまさしくそれであった。

 燻されたかのようにくすんだ金髪は荒波のごとく背中で散らされており、同色の髭はぼうぼうと伸ばされていて『蓄えている』というよりも『溢れている』といった表現の方が正しいように思える。ギリギリと眉間を締め付ける太い眉の下には、赤光(しゃっこう)の瞳が焼かれたようにギラギラとした輝きを放っている。

 そして、何より目を引くのは壁のように分厚い体に纏っている黒色の衣。白い建物、白い衣服の天界人の中においてその闇のような漆黒は、男の異質な存在感をさらに引き立てていた。


「エリシムール……」


 先に我に返ったらしいアルミナの声で、俺もようやく散漫になっていた思考をかき集めることに成功した。

 すわ敵襲か、と混乱してしまったが、どうやらアルミナの知り合いらしい。


「アルミナか。なぜお前がここにいる?」


「ちょっと新米の〝命名士〟さんの様子を見に、ね」


「新米だあ?」


 ぎろりとこちらを睥睨する大男に怯みつつ、俺は口を開いた。


「初めまして。諏桜虎太郎といいます。ここで〝万象命名士〟をさせてもらっています」


「ふん、そういやあ、グレディアスんとこの奴が空いたポストが無いか聞きに来てやがったな。つうことは、最近来た転生待機者ってのはお前のことか」


「そうよ、どこかの仕事が空くまでここで頑張ってもらっているの」


 アルミナが横から答えると、大男は「なるほどな」と言って鼻を鳴らした。


「虎太郎、この人はエリシムール。『天秤塔(アクショービヤ)』の……って言ってもわからないか、要はサリナルヴァと同じような地位にいる人よ」


 サリナルヴァと同じ……ということは、責任者ということだろうか。そういえば、エリシムールという名前をどこかで聞いたことがあると思ったが、俺の仕事を決める際グレディアスが呟いていた中にその名前があったような気がする。


 小柄で単調な上司や初めて会った美形の天界人とはまったく異質な風貌の訪問者に戸惑っている俺の傍らで、アルミナが相変わらずのマイペースさで「そういえば」とエリシムールを仰ぎ見た。


「エリシムール、何か用事があって来たんじゃないの?」


「あ? そりゃそうだ、用事もなくこんな所に来るかよ」


 そう横柄に言い捨てて、エリシムールは再び俺に視線を合わせた。

 そして、なんとも奇妙な質問をしてきた。


「虎太郎、といったな。〝万象命名士〟はどこにいる?」


「はい?」「え?」


「〝万象命名士〟はどこだっつったんだ。姿が見えねえようだが、今日は不在か?」


 ぎらり、と一層鋭い視線を向けられ困惑した俺はアルミナに彼の意図を問おうとしたが、アルミナも眉をひそめたまま首をかしげている。どうやら、俺と同様に解らないようだ。


 エリシムールの意図が解らない以上どう返すべきかも分からないが、黙ったままでいるわけにもいかない。意を決して口を開く。


「あの、さっきも言った通り、俺も一応〝万象命名士〟なんですが……」


「『俺も』」


 はっ、と鼻で笑う音。


「サリナルヴァ以外の奴に〝万象命名士〟が務まるものかよ」


 口の端をはっきりと嘲笑の形に歪めるエリシムール。ただでさえ強面な顔が凶悪な人相になってしまって恐ろしいことこの上ないが、それ以上に聞き捨てならない言葉を吐かれた。


「……どういう意味ですか?」


「どうもこうもねえ。お前は新米〝命名士〟なんだろうが、〝万象命名士〟が務まるのはこの世でサリナルヴァただ1人だろうよ」


 ああそうですか。ご丁寧に意味を説明してくださったので、その意図がよく解りましたよ。

 要するに、俺は(・・)〝万象命名士〟にふさわしくないと、そう言いたいわけだ。


「たしかに俺だって見習いですが〝万象命名士〟です。勿論〝命名〟だってできますし、今は頼りなくても経験を重ねて行けば、サリナルヴァみたいにだってなれるはずです」


「そうかい、そう思うならそうすりゃいいさ。お前に才がありゃあ、サリナルヴァの後継者にだってなれるだろうよ」


 で、とエリシムールは続ける。


「そろそろ俺の質問に答えろや。〝万象命名士〟はいねえのか?」


「っ」


 カチン、ときた。

 目の前の大男は、三度(みたび)、同じ質問を繰り返した。

 三度、俺の前で「〝万象命名士〟は不在か」と言ってきたのだ。


 勿論、俺がさっさとサリナルヴァが席を外していることを伝えればよかったのかもしれない。

 それに、まだ〝万象命名士〟1日目の俺に、何某(なにがし)の責任者が仕事を頼むわけがないというのも、なるほど理に適ったことなのかもしれない。


 だが、俺は大男の態度が気に入らなかった。

 まるで最初から俺など眼中にないかのような、サリナルヴァのことを聞き出すために少し話をしてやっただけとでも言うような、その横柄な態度が。

 だから、我慢できずにその言葉を口にしてしまっていた。


「エリシムール、貴方は何をしに来たのですか?」


「あん? こんな場所に来る理由なんぞ、〝命名〟以外の何が――」


「なら、それを俺に任せてもらえませんか。俺だって〝万象命名士〟です。見習いみたいなものですが」


 そう言い放った瞬間、周りの人間は容易に見て取れるほど大きく表情を変えた。アルミナはなぜか苦々しげに。エリシムールはより嘲笑を乗せて。


「お前がサリナルヴァの代わりに〝命名〟をすると、そうぬかすのか。おもしれえ。やってみろや、新米〝命名士〟」


「わかりました。ではまず、現象のイメージを伝えていただけますか」


 アルミナの反応は気になるが、今取沙汰すべき内容でもないので、〝命名〟の準備を始める。


 この儀式、最終的な目的として、俺に〝万象命名士〟としての見込みがあるのか、それを示さなければならない。


(〝万象命名士〟になる前、サリナルヴァは俺に、「貴方のような人にこの仕事を受けてほしい」と言った)


 人員確保のためである部分も大きいかもしれないが、サリナルヴァは俺に期待をしてくれているのだ。

それを嘲笑うエリシムールを少しでも見返して、サリナルヴァの期待に応えたかった。


(まあ、エリシムールの態度が気に食わないっていうエゴがほとんどだけど、ね)


「はっ。サリナルヴァならこんな回りくどい方法なんぞ使わねえのにな。面倒くせえ」


 そう悪態を吐きつつも、エリシムールはその赤光の(まなこ)を俺に近づけてくる。


 正直、泣く子も過呼吸になりかねない強面を至近距離で見るとか拷問でも勘弁してほしいところだが、そうしないとイメージを受け取れないので腹に力を入れて迎え撃った。


 赤く燃える溶岩のような瞳、その奥にある光景は――


「……なんですか、これは」


 自分でも驚くくらいに低い声が、俺の口を割って出る。


 そこには、『死』があった。


 人間に限ったものではない。そこに暮らす動物を、植物を蹂躙するかのごとき『死』。


 イメージという仮想空間を通してでさえ三半規管を狂わされるほどの大規模な揺れ。

 それが原因で、揺れが収まり住民がほっとした所に襲い掛かる巨大な津波。

 生物も無生物も関係なく、濁流で(さら)っていく凄惨なさま。


 筆舌に尽くしがたい災害とはまさにこのことだと思った。

 むしろ、これを完全に表現できる人間がいたとしたら、俺はその精神状態を疑うだろう。


 この断片的な場景だけで見ても、その惨たらしさは十分すぎるほど伝わってきた。

 おそらく死者22万人、被災者500万人という悪夢を叩き出したかのスマトラ島沖地震に匹敵する屈指の大災害となるだろう。


 こんな大惨事を引き起こす現象を〝命名〟するなんて、到底受けられるものではない。


「話になりませんね、俺はこんな現象を〝命名〟する気は起きません」


「はあ? 何言ってやがんだ、お前」


 案の定、エリシムールが不満の声を上げる。だが、俺とて譲る気はない。

 ここで俺が〝命名〟してしまえば、俺の頭の中で起こった大災害が実際に地上で起こってしまうのだ。

 なんとしても、それは防ぎたかった。


「人的被害が大きすぎて看過できません。申し訳ないですが、この〝定義〟で命名することはできません」


「ほう。なら、どんな〝定義〟だったら通すんだ、お前は?」


 口の端を引き結んで問いかけてくるエリシムール。少なくとも、無理に押し通すつもりはないようだ。

 それに幾分安堵しつつ、俺はウェルマの時のように妥協案を持ちかけることにした。


「現象を一度に集めるのではなく、影響のない単位まで分散します。マグニチュード9で1回ではなく、ええと……マグニチュード5程度で……100万回といった感じで」


「ほう」


 エリシムールが腕を組んで頷く。地学や物理学など学んでいないためうろ覚えだが、何かの本でマグニチュードのエネルギーは対数的に大きくなると読んだことがある。

 大雑把な計算だが、マグニチュード5まで分散したとしてもさすがに1億回を超えるなんてことはないだろう。


「そして、人間への被害は最小限に。できれば死者ゼロが望ましいですね」


 ふむふむ、と頷くエリシムール。


「もしくは、規模は大きいままで人里離れた場所に現象を起こしてもらう、という手もあります。ただ、望まれた現象が強大すぎるので、これも数回に分けていただくことになりますが」


「なるほどな。それがお前の考えた妥協案ってやつか」


 エリシムールが腕を組んだまま問うてくる。


「はい。俺はこれ以外の条件で貴方の〝命名〟を受ける気はありません」


「そうか、わかったぜ。…………お前には失望したぜ、虎太郎」


 蔑むような声で、大男はそう言い放ってきた。

 だがそれがどうしたというのか。いくら相手が軽蔑しようと、俺が〝万象命名士〟である以上、折れなければいけない理由はない。

 なかったはずだった。

 追うように付け加えられた一言を聞くまでは。


「サリナルヴァなら、文句ひとつなく承諾したのにな」


 …………は?


「待ってください。サリナルヴァなら承諾したってどういう意味ですか?」


「どうもこうもねえ、そのまんまの意味さ。……どうやらお前は勘違いしてるみたいだなあ、虎太郎」


「……勘違い?」


「現象を〝定義〟するのは誰か、っつう話だ」


「〝定義〟……それは、貴方がたが」


「そう、俺たちが〝定義〟すんだ。俺たちが、な」


 そう言って、エリシムールはぎろりと俺の目を見下ろした。


「だが、お前は俺たちが決めたことに口を出そうとしてやがる。これは越権行為じゃあねえのか?」


「で、でも、それなら尚更〝命名士〟なんて必要ないじゃないですか。俺らは〝定義〟を精査するために――」


「それが勘違いってんだ、虎太郎」


 そう言って、エリシムールはふんと鼻を鳴らす。


「〝万象命名士〟の仕事は、〝定義〟にケチ付けることでもなければ下界を守ることでもねえ。俺らの言い分に判を押すことだけなんだよ」


「それじゃあ下界が……っ」


「そうだな。だがそれがどうした? お前は〝万象命名士〟の見習いなんだろうが? 下界の人間に差し障りのねえ現象だけ〝命名〟する。そんなのは〝万象〟を命名する者じゃねえ、ただの〝現象命名士〟だよ」


「…………っ」


 俺は、何も言い返すことができなかった。

 違う、そんなんじゃない。

 そう思いながらも、脳裏にはイリーナベルやウェルマたちとのやり取りが思い浮かぶ。


 たしかに、人類にとって無害な現象はそのまま〝命名〟し、有害な現象は場所を挿げ替えて被害を最小限にとどめるよう努力した。

 それを、エリシムールは『ただの現象命名』だと吐き捨てる。


 だが、そんなわけはない。

 そんなわけはないのだ。


 もし、エリシムールの言うことが正しいというのなら……それこそ、〝『万象』命名士〟とは、益であろうと害であろうと生まれ出づるすべての現象に判を押さなければならない――ただの承認機関ではないか。


「……それでも、俺は災害を〝命名〟することが正しいとは思いません」


 切り返しの言葉すら思いつかないが、俺は精一杯キッとエリシムールを睨み返す。

もはや意固地になっているだけの人間だと思われているだろう。

 だが、いくら自分のスタンスを否定されても、俺はそれを撤回したくはなかった。


 そんな俺を、エリシムールはまたあの横柄な態度で見下ろしてきた。


「そう思うなら勝手にすりゃあいい。お前の仕事だ、お前が思うとおりに〝命名〟すりゃあいいさ。そんなのは俺の知ったこっちゃねえ」


 「だが」とエリシムールは不意に首を背後に巡らせて、


「そういう〝命名士〟を目指すのであれば、尚更俺たち『害悪を引き起こす側』について教えて(・・・)おくべきだったな」


 そう言うと、エリシムールは「また日を改めて来らあ」と言い残して、どすどすと部屋から出て行った。


 彼の出て行った部屋の入り口の扉では、いつの間にか戻ってきていたらしいサリナルヴァが、いつもは茫漠としている顔を真っ青に染めて立ち尽くしていた。


 イリーナベル「ついに虎太郎もエリシムールと顔を合わせたわね。まだ4話目で『ついに』っていうのもなんかアレだけれど」


 ウェルマ「メタだよイリーナベル……。それにしても、虎太郎は胆力あるね。エリシムールに一歩も引かないなんて」


 イリーナベル「本当よねえ。私なんて子供の頃、エリシムールの凶悪顔に怯えて散々泣かされたのに」


 ウェルマ「あれ? イリーナベルに子供の頃なんてあったっけ?」


 イリーナベル「それ以上はネタバレだからやめなさい、ウェルマ」


 ウェルマ「メタだよイリーナベル……」





 お読みいただきありがとうございました!

8/18訂正

 万象の軛 → 4話 万象の軛

タイトルミスるとかお前……orz

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