14話 99対1(表現控えめ)
目に留めていただきありがとうございます!
『天象司顕塔』で見学を続けるうちに、虎太郎は驚愕の事実に気付いてしまう……!?
俺が『天象司顕塔』での見学を許されてから2週間ほどが過ぎた。
その間、イリーナベルとオルマロイの付き添いのもと、受付以外にも事務や渉外、管理や司書といったいろいろな仕事を見学させてもらうことができた。
職を替えるために見学をしに来ているわけではないから流石に詳しい仕事の内容まで伺うことはできなかったが、やはりウチよりも大きな部署であるというべきか。渉外のような『補整塔』には無い仕事分担もあるし、各々がこなしているであろう仕事量はそれなりにありそうだ。
一方、人数が多いのだからウチと比べて余裕があるんじゃないかと思っていたが、そうでもないようだ。
むしろ人数がいるからこそそのぶん手を広げて、仕事が増えているように思う。
余裕のなさは『補整塔』とイーブン……いや、ウチの方が気持ち的には楽ではあるのか。
『天象塔』はシフト制で就業時間が限られているけれど、ウチは明確な仕事時間は決まっていないからね。
就業と休業が明確に切り離されていない分、『仕事に行くの嫌だー』と憂鬱になることもあまりないし、自己責任だが必要なら休みを作ったり、今回のように支障のない範囲で外出したりすることもできる。一種のフレックスタイム……というよりも、自営業に近いかな。仕事が日常の一部になっているといった感じだ。
ともあれ、そのように見学をしていると、サリナルヴァや俺――まあ99:1くらいの割合で上司側に比重が傾いているのだろうが、俺たちがやっている仕事と似通ったものもやはりいくつかあった。
おもに事務仕事の部類だが……イリーナベルから、訪問者とその用件をまとめたもの、部署毎の研究内容の進捗、さらには命名後の下界の経過の報告書の3つは最低でも作成されているはずだと聞かされた時は驚いた。いつも命名の合間合間にサリナルヴァが書類を作っていたのは知っていたけれど、『天象塔』では何人かの人間に分担されているというそれらを、ウチの上司は一手に担っていたらしいということに衝撃を受けたのだ。
長い間1人で業務を回していたらしいから、幼い見た目に反して有能だとは前々から思っていたけれど、そこまで辣腕だったとは。
それにしても、その膨大なはずの仕事が一向に俺に回ってこないんだよなあ。
サリナルヴァは、俺が尋ねても『その時になったら教える』と言って取り合わないし。
……その時って、いつ来るんだろうな。1ヶ月足らずで一人前になれたとうぬぼれているわけでは断じてないけれど、上司の負担をミリグラム単位でも減らせているのだろうかと考えると、焦る気持ちが出てきてしまう。
「――虎太郎、そろそろ命名希望者がたくさん来る時間だよ。……虎太郎? 考え事?」
不意に視界に白い絹糸のような髪が踊り、俺は顔を上げた。
「ああ、まあ。どうすればもっとサリナルヴァの役に立てるかなあって考えていました」
「虎太郎は十分役に立ってる。ちゃんと一人前にするから、焦らなくていい」
そう言って、相変わらず眠たげな双眸で見つめてくるサリナルヴァ。
いや、分かってはいるんだ。
サリナルヴァは確かに俺に激甘ではあるが、それでも少しずつ命名を担当する相手を増やしてくれている。初めはイリーナベル、ウィルマを入れて4人程度――エリシムールは例外だし、あれ以来命名していないどころか見かけてすらいないので除くが――だったが、今では6人前後のお得意様ができた。その人たち以外にも、例えば訪れる頻度の少ない人には紹介をしてくれるなど、塔の一員として慣れるように便宜を図ってくれてもいる。
1月近く経って2人しか増えていないのは、俺が『天象塔』に行っていることを考慮して、という部分もあるのだろうけれど。
「そろそろ命名以外の仕事の1つも覚えたいなあ、なんて」
「ダメ。虎太郎が見学に慣れるか、終えたら考える」
「……でもサリナルヴァ。かれこれ1月近く命名してるのに、俺、訪問者についての書類なんて作った覚えがないんですけど。もしかして、俺が作らなくちゃいけないぶんまでサリナルヴァが作ってません?」
「……書類があるなんてこと、どこで聞いたの?」
「イリーナベルから教えてもらいました。それって俺がしないといけないことですよね? 作り方教えてくださいよ」
「んぅ…………」
サリナルヴァはぽやっとした顔でしばらく俺を見つめたあと、小さく息を吐いて「わかった」と頷いた。
「でも、無理だけはしないで」
そう、無感情な声音ながらおそらく心配げに付け足してきたが。
ちなみに、訪問者を記録する書類は、担当者名と『訪問者名とその所属』、『命名した現象』を書くだけのとても簡単なものだった。これを知ったとき思わず上司の前で溜息をついてしまった俺を、責められる人間などおるまい。
……サリナルヴァ。上司が貴女なのに無理をしろと言う方が無理だと思う。
「――というわけで、俺もようやく仕事を増やしてもらえました」
「そうだったの。サリナルヴァもしょうがないわねぇ」
俺の話を聞いたイリーナベルが困ったように笑う。彼女も俺が『下界環境補整塔』(マハーヴァロチャイナ)に来てから、毎日とはいかないまでもほぼ1ヶ月間顔を合わせていた間柄であり、必然的に我が上司の甘やかしぶりを目にしてきた人間であった。
「でも、サリナルヴァも手探りなのよ。だから虎太郎も嫌がらないで見守ってあげてね」
「別に嫌がっているわけではないんですけれどね」
優しげな声音でそう諭してきたイリーナベルに、俺は苦笑を返す。
これは最近になって知った――まあ薄々感付いていたことなのだが、ウチの零細部署は、縮小とか分裂とかではなく本当に昔から零細部署だったのだそうだ。
部下がいたことが無いわけではないが、それは多くても両手の指があれば数えられてしまえる程度の数。
その中でベテランにまで至り今でも活躍している人数はというと、……言うに憚られるため現在の職員数から察してほしいところである。
そんなわけで、『部下教育』の経験はともかくノウハウという意味では、必然的に他部署の責任者より、いや下手をすれば末端の管理職よりも不足している可能性があるのだ、ウチの上司は。
それでは手探りにもなろうというものだ。
「前の子が辞めたのは自分が求めすぎちゃったのが理由だって思っているみたいだから、今回は余計に慎重なんじゃないかしら」
「確かに、仕事内容が結構精神的にクるものですしね」
それにしたところで、この『石橋を叩き続けて一向に渡り終わらない』状況は、早くサリナルヴァの負担を減らしてあげたい俺にとってはどうしても歯がゆく思えてしまう時があるのだ。
とはいえ、俺がそう反発することで白髪の上司の心をざわつかせてしまっては本末転倒というもの。
負担を減らせているのかは疑問だが、少なくとも役立たずというわけではないらしいので、俺ばかり逸っても仕方がない。これまでと同じように俺からつついて、仕事を少しずつ任せてもらうのが一番良い方法なのだろう。
そう自分の中で結論付け、俺はイリーナベルへと笑顔を向けた。
「わかりました。俺もあんまり焦らず、のんびり構えるよう努力します」
「それがいいわ。また何かあったら、遠慮しないで話を聞かせてね」
薔薇輝石の瞳を細めて温かな笑みを返すイリーナベル。その表情から、俺やサリナルヴァを深く気遣ってくれていることが見て取れる。
ウェルマといい、イリーナベルといい、俺は本当によい先輩たちに出会えたのだなと、胸が熱くなるのを感じた。
「上司といえば、カーナルアンジェはどうやってイリーナベルたちに仕事を指示しているんですか?」
話が一段落したところで、ふと気になったことを口にしてみた。
それは誰あろう、この『天象司顕塔』の主である日本人形のような少女である。
カーナルアンジェ。
長い射干玉の髪と鮮やかな琥珀色の瞳をもつ彼女は、サリナルヴァとは別の意味で変わり者である。
なにせ執務室から出ない。
一歩たりとも出ない。
いやいやさすがにそれは嘘だろうと俺も思ったが、アルミナから聞いた話に加えて、訊ねた『天象塔』の職員全てに「カーナルアンジェ? 執務室にいなかったら超焦るわね。天界滅亡の前触れかって」と返されたら信じるしかないだろう。
実際、俺が見学のために塔内を歩き回っていても一度として鉢合わせたことがないし。
そうなると、彼女はどうやって塔内の部下に指示を出しているのだろうか。勿論サリナルヴァが俺にしているように直接伝えるというのもあるだろうが、流石に五十人規模の部署でそれは現実的ではないように思う。
「やっぱり『天象司顕塔』(ディーパンカラ)くらい大きいと、指示系統みたいなものがあるのでしょうか」
そう問うと、イリーナベルは眉をひそめて「うーん」と唸った。……もしかして外部には教えられないことだったのだろうか。
「あの、機密でしたら無理に教えてもらわなくても」
「……いえ、そういうわけじゃないのよ。ただ、どう答えたものか少し困ってね」
そう言い置くと、イリーナベルは言葉を探すような……というよりも、どこか申し訳なさそうな表情で、こう続けた。
「私たちは、カーナルアンジェの指示を仰いで動いているわけではないの」
……はい?
キリア「虎太郎様、御仕事が増えて良かったですね。クレア」
クレア「そうですね、キリア。それにしましても、実際は虎太郎様のなさるはずだった書類までサリナルヴァ様がされていたなんて……虎太郎様、御労しい」
キリア「サリナルヴァ様は御教示されるおつもりはなかったとは言え、此処を訪れる事で其れを存知なされたのは、虎太郎様にとっても僥倖でいらしたのでしょう」
クレア「虎太郎様はサリナルヴァ様の御役に立ちたい一心で来られているのでしょうからね」
キリア「これからも虎太郎様と佳き縁を紡いでいける事を祈りましょう、クレア」
クレア「そうですね、キリア」
アルミナ「……どうでもいいけれど、貴女達の上司が放任主義みたいな終わり方をしていることに対してのコメントは一切ないのね?」
キリア・クレア「「あのカーナルアンジェですから」」




