1話 天界
ファンタジーと冠しましたが、どっちかというと高位世界から俯瞰している感じです・・・俯瞰タジー?
初投稿です。
あなたの目に留まって恐悦至極。ありがとうございます。
きれいごとを言うつもりはないから、はじめから言っておこうと思う。
この世には、どうでもいいことが確かに存在する。
例えば俺にとって父親や母親の名前を知っているのは大事なことだが、隣町の町長さんの趣味なんか知らなくてもいいし、別に知っていなくても困らない。パソコンやケータイは無いと困るが、その構造や性能も細かに知る必要があるかと言われれば、そうでもない。構造や性能なんて知らなくても、自分の使いたいように使えるからだ。ぶっちゃけパソコンはインターネットさえ使えればいいし、ケータイは電話とメールができれば、あとの性能はあろうがなかろうが困らない。
でも、もしかしたら別の人から見れば、俺にとってのどうでもいいことは大切なことであり、大切なことはどうでもいいことなのだろうと思う。
隣町の町長さんを接待したい人から見れば趣味はおさえておく必要があるだろうが、一家庭の人間の名前を知って何の役に立つというのか。それよりかは、条例の一つでも提案したり財界のコネを一つ増やしたりする方がまだ価値はある。
精密機器を作る人間にとっては、通信性能や画質を僅かでも上げるために、よく知らないが伝導率やら金属の配合率やらの知識を持っていなければならないのだろう。
俺にとっては、どちらもどうでもよいのだけれど。
とはいえ、「どうでもいい」というのはあくまで「あってもなくても困らない」のであって、「ないほうがいい」わけじゃあない。
もしそれをイコールで結んでしまうとするなら、牛乳をどうでもいいと思う人は牛乳無しシチューでも満足するし、大豆がどうでもいい人は味噌無しの味噌汁を美味しくすすることになってしまうことになる。あくまで「ないほうがいい」で喜ぶのは、「それが嫌いな人」だけだ。
結局何が言いたいのかと言うと、この世には「どうでもいいこと」と「どうでもよくない」ことがあり、それはまた人によっても違う、ということだ。
「で、諏桜虎太郎にとっての人生は「どうでもいい」から「なくてもいい」にめでたく昇格し、こうして天に召されてきたと」
「そういうことになりますね」
俺が間髪入れずに答えると、目の前にいる大柄な男が大きく息を吐き出した。
「お前なあ。どうでもいいだのなくてもいいだのどっちでもいいが、せめて天寿を全うするまで生きてくれよ。勝手に自分で命絶たれるとこっちまで迷惑するんだっての」
グチグチと呟かれる小言をこっそり聞き流しながら、俺は目の前の男を観察することにした。
大きな――本当に大きな男だ。椅子に座っていてさえ、立っている俺の身長を凌駕している。きっと腰を上げれば、首が痛くなるほど見上げなければいけないだろう。低く見積もっても3mくらいはありそうだ。
三十代前半頃だろうか。まだまだ顔つきに若さの残る壮年といった感じだ。金色の髪は短く切り詰められており、頭頂部は逆立つように天へ向いている。同じく金色の眉の下にあるのは、透き通るほどに綺麗な青い瞳。そしてムキムキではないが細くしなやかな体には、ゆったりとした純白の布を纏っている。道行く人に「天使を描いてください」と言ったら大半の人が描くであろう、あんな感じの配色だ。
違うところを挙げるとすれば、光輪や翼がないこととか、口調に神秘性の欠片も感じられないことくらいか。
「何ぼーっとしてんだ。聞いてんのか、お前さんは」
気付けば男は小言をやめ、不機嫌そうに俺の顔を覗き込んでいた。慌てて俺は返事をする。
「き、聞いてますよ。老衰や事故みたいな死に方は天寿を全うしているから生まれ変わりもすんなりいくけど、自分で勝手に死ぬと転生先の器がまだできていないから待たなくちゃいけないって話ですよね」
「そういうこった。余計な仕事増やしやがって、いい迷惑だよ」
あまりに勝手な物言いにカチンときた。
「そうは言いますけどね。俺の人生なんですから、いつ死のうが俺の勝手じゃないですか」
「はあ? じゃあ何か? お前がスイカの種を蒔いたとして、スイカが芽を出そうが出すまいがそれはスイカの自由か? スイカじゃなくてピーマンの実が生っても、それはスイカの勝手か?」
「そ、そう言われると……」
「ともかく勝手に死なれると、本来お前さんが天寿を全うして死ぬはずだった日までの間、俺らがこの天界でお前さんの面倒を見なきゃなんなくなる。まあそれまで仕事もしてもらうから、そのつもりでいろ」
ふむ。つまり、本来俺が死ぬはずだった日に合わせて転生先が用意される予定だった、ということだろうか。その予定を無理に変えるわけにもいかないから、生まれ変わる日まではここで働け、と。
「……わかりました。それで俺は、なにをすればいいんでしょうか」
「話が早くて助かる。って言っても、お前さんに選択権はねえんだけどな」
じゃあ言うなよ。せっかく話がまとまりかけているのに。
じろりと睨み付ける俺を尻目に、男がぶつぶつとひとりごちる。
「エリシムールん所は手一杯で役職がねえし、ユーカリアん所は縮小したばっかだしなあ。フヴェルゲンは人手募集してたが、女限定だったか……」
そう言って頭をガリガリと掻くと、男は顔を苦々しく歪めた。
「そうすると、今空いてんのはサリナルヴァん所のアレだけか。……他が空くまでしばらくはそこで我慢してもらうか」
「……あの。結局俺は何をすればいいのでしょう」
部署名(?)がたくさん出てきたが、俺が知りたいのはどんな仕事をさせられるかである。男の中で配属部署は決まったようなので、俺は意を決して聞いてみた。
すると男はこちらに顔を向け、頬を掻きながら口を開いた。
「ああ。とりあえず、しばらくはサリナルヴァって奴の所で働いてほしい。また空きがでたら、他の仕事を紹介しようと思うからそれまでは頑張ってくれ」
「はあ……」
仕事内容を訊いたはずなのに、なんか「とりあえず」とか「しばらくは」とか「それまでは」とか不穏な言葉が聞こえてきたんだけど。あれか、問題のある部署ってことか。ブラック企業か。退職者希望が続出するほど非人情的な仕事をさせられるのか。
猛烈に配属されたくない感がこみ上げてきたが、さっき男が言った通り、俺には選択権がないのだろう。それなら文句を言っても無駄だろうな。拒否権もないだろうし。
ありがたいのは、どうやら他に空きがでるまでの期間限定的なものになるらしいということか。それまでは頑張るしかないな。
「分かりました。それで、俺はそこでどんな仕事をすればいいんでしょうか?」
俺が尋ねると、男は微妙に目を背けながらその役名を口にした。
「〝万象命名士〟だ」
これが、俺と〝万象命名士〟という役職との出会いだった。
お読みいただきありがとうございました!
8/12訂正
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