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龍の生まれる国  作者: るるる
第二部 平原の龍
114/128

ゼーン楼の医師

「医師を呼べ」

アヤノ皇子の言葉に、飲み屋にいた男達が驚いたように顔を上げた。


王城の門が閉められていて、ここにやっと戻って来て、最後の宿部屋を押さられて助かった、なんてことを話しながら、よくここであう旅仲間と話していた男が、驚いたようにアヤノ皇子の顔を見る。その顔に、アヤノ皇子は、

「医師を呼べ。必要だ」

と再び言った。


まっすぐ彼らを見る目は、青く澄み切っていて揺るぎがない。なのに使う言葉は高慢で、言われた男は、戸惑ったような顔から、むっとしたような顔に代え、

「酔っ払いかよ。向こうへ行け」

と手にした鳥の骨を、しっしと払うように振って見せた。


アヤノ皇子は眉間に皺を寄せ、

「陛下の命である。可及的速やかに、医師を要する」

「で、どんな病人がいるっての?」

と鳥の骨を持った男の前で、赤い酒をジョッキでぐっと飲んでいた男がバカにしたように聞いた。健康その物にしか見えないアヤノ皇子を上から下までわざとらしく見て、けっと口の中で音を出す。しかし、アヤノ皇子は、

「怪我人が参る。医師がいる。家人はおらぬので、おまえが呼んでまいれ」

「おいおい、家人が呼んでくれるような御大層なお家のおぼっちゃんって言うなら、とっととその家人を呼んで来ればいいだろうが」

「おらぬから言っている」

「俺らぁ、あんたの雑用の為にここで飲んでいるんじゃねぞぉ」

と唸るように言うと、口の中で不愉快そうに罵りの言葉を言ってから、ジョッキをぐっと傾けた。アヤノ皇子は少し困惑した顔になった。しかし、ぐるっと周囲をみまわして、

「急ぎで医師が必要だ。誰か医師を呼んでまいれ」

と言い募るのだった。


同じ言葉を繰り返すアヤノ皇子は哀れに見えた。少し頭の足りない青年が、面倒を見てくれる家人とはぐれてしまったのだろう、と思った者もいたようだ。しかし、

「竜王の指示に従う事は、身に余る光栄である。それを我と共に味わう誉にあやかれるのだ。進み、進言するものはおらぬか?」

とアヤノ皇子が言うと、ぐっと何かのどに詰まったような顔をして、そそくさと背を向けた。関わり合いになっては大変だ、とその動きが言っていた。「竜神信仰か」とつぶやいたものもいたようだった。


王都の門が閉じたのは、王都に侵入した信者を捉える為だと、もっともらしく噂が流れだしている。アヤノ皇子が彼らの中に踏み出すと、離れて座っていた者が、「勘定、ここへ置くぞ」と言って席を立ち始めたのが見えた。近くの者はひたすら背を向け飲んでいる。

「急ぎで医師が必要だ」

と言うアヤノ皇子の声には元気がなかった。人々の背が、これまでの王宮を思い出させる。「医師がいる」

と言う方い声に、

「どこに怪我人がいるんだよ」

と冷ややかな声が返った。


その時、アヤノ皇子は、どっと、胸を真っ赤な血を染めた青年の姿を思い出した。喉の奥で息を吸う。あれは、着替えが終わった後だった。小さな玄関に立ち、竜王と外へ出ようと待ち構えていた。アヤノ皇子は、竜王と外へ出る。たったそれだけの事しか考えていなかった。そのアヤノ皇子の前に、黒い影が躍り出た。竜王を守らなければと踏み出して、手を広げ、アヤノ皇子は満足した。剣は自分を通らなければ王には触れない。竜王をこれで守れる。と思った時だ、人が飛び出してきて、血しぶきが飛んだ。鼻孔の奥に、雨の匂いと共に、鉄臭い血の匂いが飛び込んで、目を見開いた。


竜王の「剣を使ったのか」と言う短い声を、舌打ちと共に聞いた。アヤノ皇子はその声を聞きながら、目の前で喉から血を吹きだしながら倒れ込む青年に、両手を伸ばしていた。自分が受ける剣だった。これで、陛下も安心だ、と思っていた時の剣だった。なのに、受けたのはこの青年で。ふと、青年の

「覚えればいいんだ。ほら、手を出せ」

と言う声を思い出していた。


アヤノ皇子が上着を見て途方に暮れている時だった。着替えなければならない、と言う事は分かったのだが、何をすればいいのか分からなかった。あの時の声は、自分へ言っている声で、上でも無く、横でもない、まっすぐに自分に向かって出された音だ。イライラしていた。どこか諦めているような面倒くさがっているような声でもあった。でも、どこか温かい感じがした。自分のどこかに温もりが戻った気がした。その声の主が、真っ赤に胸を染めていた。


「怪我人がいる」

アヤノ皇子は目の前に座ってジョッキを睨む男に、屈み込むように話して聞かせた。

「大怪我をしている。手当をしなければ手遅れになる。陛下がいてこそ助かっているが、手当をしなければ、大変な事になる」

アヤノ皇子の声に必死さがこもった、周囲は呆れてバカにしたようにざわめいていたのが、静かになった。

「医師を呼べ。呼んでくれ」

アヤノ皇子が声を上げた。食べ散らかしたつまみの皿の脇にどんっと置かれていたジョッキに、男が手に伸ばし、ぐっとあおろうとしていた。その男に向かって屈み込む。鼻を近づけるように顔を寄せ、

「医師だ。呼んで参れ」

と目を細めながら、短く命じた。

男はぐっとのけぞるように距離を取り、アヤノ皇子が踏み込みながら、

「急ぎである。医師だ!」

と切って捨てるように言うと、のけぞり過ぎて椅子ごと倒れた。そこでやっと、男は、気おされたのだと気が付いて、土に倒れた椅子の背に手を乗せて、慌てたように立ち上がろうとして、顔をしかめた。なんで気おされたのか分からなかった。しかし、まっすぐの目は揺るぎが無く、真剣だった。上から見下ろす目は、高慢でも居丈高でも無かった。男には、まるで鼻先にその目があって見つめられているように見え、椅子の背に乗ったまま、

「な、なんで俺が医師を呼ばなきゃなんねぇんだよ!」

と怒鳴っていた。


アヤノ皇子は片膝をついた。そして、すっと背筋を伸ばしたまま顔を近づけ、視線を合わせると、

「私はどこに医師がいるのか分からぬ。呼んで参れ」

と低く言った。男はくっと息を飲んで、顎を引く。アヤノ皇子は身じろぎ一つしなかった。ただ、くっと心持近寄ったかのように見えた。と、男が、

「あっちだ! あっち! 医療院があるんだ。あっちで医師を呼んだらいいだろ!」

と大通りの向こうを指さしながら怒鳴りだしていた。


アヤノ皇子は、立ち上がりながら振り返った。大きなどっしりとした引き戸のある宿屋と、嬌声を上げる女性を膝に乗せる男が何人かいる飲み屋との間に、小さな家があった。玄関庇の下にドアがあって、入口だけが間口のような小さな家だ。その家の扉は閉じていて、扉はガラス格子で、ガラスの中は、真っ暗で誰もいないのが見て取れた。


「今の時間は飲み屋だよ」

と誰かのささやき声がした。アヤノ皇子はそちらを見た。うっと息を飲む姿は、他の男達の影に隠れて見えなくなった。アヤノ皇子はそちらへ踏み出す。「うわ、来たよ」としゃべった男が、胸に突っ込んであった布財布を引っ張り出して小銭をテーブルに投げると逃げ出していった。他の男達もアヤノ皇子が振り向くと、視線を落とすか、テーブルのつまみをむやみに指でちぎりだす。


おかしな光景だった。背筋の伸びた青年が歩こうとすると、全員の肩が揺れて関係ないと言うように、目立たないように背を向ける。全員が同じように動くのだから、奇妙に波だつ様に見える。その中を、無表情に歩き出す整った顔の青年は、歩くたびに背を向けられても、全く気にしていないようにも見えた。いつもと同じだ、とアヤノ皇子は感じていた。自分を見ない、自分に話しかけてはこない。ここから答えを探し出せ、と己に命じて歩き出す。


しかし、その姿を見て、口の中で舌打ちした男がいた。アヤノ皇子の目に、怒りも恐怖も、勢いも、意志も無く、ぐるりと見る顔は状況をさらりと見ているだけのようにも見えた。それが、舌打ちした男には、あきらめきった子供の顔の様に見えて、イラっとしたようだった。


だからだろうか、アヤノ皇子がさらに知っている男を探しそうと踏み出すと、

「ゼーン楼だ。あっちの二階だ」

とアヤノ皇子が振り返るのを確かめると、ゆっくりと手を上げて、横を指さした。その先には明るく提灯で照らされた土間に降りる階段があって、両側には店の者達が膝を折って挨拶をしている。ゆっくりうなずきながら階を上る客の姿は、厚手の布や刺繍の上等な服を着ていると言うだけでなく、鷹揚な頷き方や、表情の読めない笑顔などから、下の飲み屋の男達と全く違った世界の人間たちだと気づく。


飲み屋の二階は、店から店へと繋がっていて、大通りの両側に延々と続く回廊になっていた。その回廊の欄干からは煌びやかな、豪華な衣装で着飾る男女が欄干に乗りかかるようにして、提灯に照らされた大通りを眺めたり、空を眺めて何か小唄を歌ったりしながら、楽しそうに過ごしていた。王都の街門の中では味わえない解放感を奔放に楽しんでいるようだ。奥には廊下があって、その廊下を盆を抱えた給仕たちが、勢いよく駆けまわっているのだが、大通りからはほとんど見えない。アヤノ皇子達のいる飲み屋から見ると、まるで、豪華な衣装や、享楽的な動きとが相まって、異世界人の展覧場のようにも見えた。


「止めた方がいいぜ、にーちゃん」

と囁くように止めた男もいた。アヤノ皇子がじっと二階を見上げていたから、ふと心配になったのだろう。上品に見える青年だが、上品に見えるからこそ場違いだ、と思ったらしい。しかし、アヤノ皇子は反応しないで、じっと二階の回廊を睨むと、ついっと階段に向かって歩き始めた。


それを見て、『ゼーン楼だ。あっちの二階だ』と言った男が、飲み屋の大通り近くのテーブルで飲んでいたのだが、

「急げ、急げ。急げば一杯飲み始める前に、引っ張り出せるぞ」

と声を掛けると、アヤノ皇子はまっすぐ階に向かって駆け出した。


男は、駈け出したアヤノ皇子を見ると、ふんっと鼻から息を吐いた。アヤノ皇子が年相応の顔をしていたようで、男は満足したらしい。椅子に腰かけてだらしなく背に片腕をかけてもたれかかる。


しかし、座っただらしない姿とは違って、裏に絹の生地を使ったこげ茶に白糸の刺繍を入れた上品だが派手さのない上着を着ていた。手には小さなキャップのようなガラスがあって、アヤノ皇子が階段の下で、店の男達ともめ始めるのを見ながら、くいっと親指と人差し指でつまんだまま、あおって飲み干す。


短い黒髪に面長な顔で、長くすっと通った鼻梁に丸い眼鏡が掛かっていて、表情が分かりにくい。キャップのグラスを手にしたまま、指の節で眼鏡を上げると、椅子の背に凭れてふてくされているようにも見えるのだが、やけに考え深い表情をしているようにも見えた。その視線が、階段の下でもめだしたアヤノ皇子を見つめ、店の男に「お客様じゃなきゃ上がれないって言っただろうが!」と言われて両手で押される姿を眺め、

「さて。どこかで見た顔だ」

と低い声でつぶやいた。すると何か思いついたらしい。


 眼鏡の男はふらりと、椅子を押して立ち上がると、グラスをテーブルにこつんと置いた。袖口の広い上着だったのだが、その袖の中に手を隠すように入れて腕を組むと、二階屋へ続く階段の方へと歩き出す。ちょうどそこへ、アヤノ皇子の前へ、階段の裏から腕の太い姿勢の悪い男が出て来て、

「お店に迷惑かけちゃなんねぇよ」

とガラガラ声で言っていた。腕を突っ張るように出すと、アヤノ皇子は、階段から二歩離れた。男は店を背で隠すように立ちはだかる。男は腰には刃の広い剣を差し、見るからに用心棒と言う姿だった。しかし、空いた手は首の後ろを撫でている様子からすると、あまり深刻にアヤノ皇子を追い出そうとしているのではないらしい。店の用心棒が、ちょっとした脅しの為に、若い子の目の前に出て来た、と言う感じだった。


その腕の太い男へ向かって、アヤノ皇子ははっきりした声で、

「医師が要る。これへ呼べ。呼べぬならば、私が参る」

と言うと、男は、

「お客以外はこの階段は登れねぇって事になってんでさ。ぼっちゃんよ」

と上品な雰囲気のアヤノ皇子に言い聞かせるように低く答えた。アヤノ皇子は、首を左右に振って、

「大けがをしている。一刻を争う。医師にそう伝えよ。そう聞いて動かぬ医師はおるまい」

と言うと、男は嫌な笑いを顔に乗せた。しかし、言葉は丁寧で、

「ここの声は上に筒抜けになってまさ。大きな声ですし。これで、降りて来ないってのは、医師様の意志」

と言って笑った。バカにした笑いだったが、バカにしているのは、アヤノ皇子に対して、と言うよりも降りて来ない医師に対してだったのかもしれない。


アヤノ皇子は男をまっすぐに見て、すぐに二階へ視線を向けた。そして、ついっと大通りへと踏み出すと、二階を見上げる場所に立って、

「医師よ! 降りて来て患者を救え。救う腕がある者が人を救わずして、いったい誰が人の命を救えるのか! 疾く、下りて参れ!」

と大きな通る声で二階へ叫んだのだった。


飲み屋で飲んでいた男達は、思わず動きを止めた。どんぶり飯を掻っ込んでいた男が動きを止めたり、飲みかけのジョッキを傾けたままだったり、つまみの皿に伸ばしていた手を止めて、大通りに立つアヤノ皇子に視線を向けた。


まっすぐに二階を見て、怒るでもなく、嘆くでもなく、揺るぎないまっすぐな心の言葉を出す青年を見て、真面目な顔になった。ざわめいていた二階の回廊が徐々に音が小さくなる。胡弓を奏でていた者が、曲がちょうど終わったのだろう。手を止め、次の曲のリクエストでも待っているのか、曲が止まった。すると、辺りが静かになった。遠くで小太鼓の音がして、嬌声や歓声が聞こえてくるのだが、場違いのような静けさだった。


その中で、アヤノ皇子が、

「医師よ、下りて参れ。怪我人がいる。血が流れ過ぎて危ない者がいる。来て、その命を救うがいい」

と良く響く声で、まるで歌でも歌うように言うと、二階から返事が返った。

「そんなに危ない命なら、そろそろ尽きている頃だろう。要るのは医師か? 坊主じゃないのか?」

「命は尽きぬ。竜王がおられる。直す事だけが叶わぬが、命は尽きぬ」

「そりゃ結構だ。ちょいと飲んでしまうまで、待ってておくれ」

と笑うようにその声は答えた。


よく見ると二階の回廊に両手で乗っかるように大通りを見下ろしている。欄干に寄りかかって、扇子を片手に、指で開いたり閉じたりしながら、下をのぞき込んでいる男がいた。年のころは25歳を過ぎた辺りか。大通りに立って見上げるアヤノ皇子を面白そうに見下ろしていた。そして、

「ここ数日、朝から晩まで引っ張りまわされて、治療だ何だと強制されてね。やっと解放されたんで、命が尽きない患者なら、ちょいと待たせて、私もいっぱい行かせてもらうわ」

と笑いながら言っていた。


少しも喜んでいない、乾いた笑い声だった。そして、疲れ切っているようにも見えた。声は続く。

「連れまわせるほどの怪我なら、大丈夫だろう。そうそう何かあったりはしないさ。あんたも飲むかい? 上がって来るか?」

と言ったところで、アヤノ皇子はまっすぐ階に向かった。今度は店の者も止めなかった。ただ、雨で泥だらけになった靴を、椅子に座らせて拭う間だけ、止まらせたのだが、不思議な程大人しく「足を拭いてからだ」と言う言葉に、出された腰かけに腰掛け、言われるがままに、靴と靴の裏を拭われていた。


アヤノ皇子は足を軽く布でふかれると、そのまま、上へと上がって行った。侍従達に世話されるのとなんら変わる事が無い。自分を見ているかどうか、いつもはとても気になるのだが、この瞬間、自分に向かっての言葉だったか、周囲への言葉だったか、気にする事も忘れていた。


階段を駆け上がり、欄干を手にくるりと回廊の方を向くと、明るい提灯の下に、テーブルが延々と続いていた。ここは大通りに面した、大回廊になっていた。アヤノ皇子はぐるりと見て、欄干にのしかかるようにして下を見ている男を見つけた。


緑の上着に緑の帯をして、緑のズボンに緑の布靴を履く。全ての緑は、生地や折り柄が違っていた。また、糸の種類も違っていて、華やかなグラデーションを作っていた。緑は医師の色だったのだが、アヤノ皇子は知らなかった。しかし、回廊の欄干に乗り上がって、大通りを見下ろして探すように扇子を振り回している姿を見ると、テーブル席で駆け上がって来るアヤノ皇子の姿を驚いたように見る豪華な装いの人々を無視して、まっすぐに大股で近づいていった。


そして、扇子を持つ男が、反対側の手に小さな瓶を手にしているのを見ると、すっと手を伸ばして、男が気づくより早く取り上げて、ぽんっと大通りへ投げ捨ててしまう。はっと気づいて男が振り返ると、怒りだす前に、アヤノ皇子は、

「酒は意識をぼんやりとさせるものだ。おまえの腕がどれほど良くても、怪我人を見る前に飲むべきものではない」

と言って、男が欄干から回廊へ驚いたように向き直ると、その姿に一つ頷き、それから、

「医師とは素晴しい技を持つ者だな。呆けている顔をしていると言うのに、私はお前の顔を見ただけで、どこか安心しはじめている」

と真面目な顔で言ったのだった。


言われた医師は、怒りだそうと顔に血の気が上がっていたのだが、すぅっと血の気が引いたらしい。欄干に寄りかかったまま、ついと視線を板の床に落として、

「今日は終いだ。今まで待てるなら、明日まで待てや」

と言う。アヤノ皇子は、

「待ってほしいと言うのだな。それなら、怪我人を見てから決めるが良い」

と言って、男に向かって腕を伸ばし、医師の扇子を握っている腕をぐっと掴んだ。途端に、アヤノ皇子の襟首をつかむ者が出た。階段下で、アヤノ皇子を止めていた腕の太い男がアヤノ皇子の襟首を後ろから掴み、息が詰まったところを見ながら、医師の腕を掴む手をひねるようにして軽く外した。


アヤノ皇子はぐっと顎だけで振り返って、腕の太い男を睨む。しかし、男はどこ吹く風、と言うようにアヤノ皇子を見て、

「飲むのはお客。邪魔するのは侵入者。おまえは後者だ」

と言って、ぐっと引っ張りだした。と、アヤノ皇子は足で男を蹴る。男はアヤノ皇子の足を片手の平で受けて、左にすっと流して止めてしまう。そして再び、引っ張り出すと、低い声で、

「こいつの、この医師の目の前に患者を持ってくるんだな。したら、嫌でも治療をするさ」

「できないから、探している!」

と言うアヤノ皇子に、肩をすくめた。そして、ただ、

「高貴過ぎて人前に出せないって言うなら、あきらめるんだな」

とつぶやいて、ずるっとアヤノ皇子を引きずった。そこに、

「医師さんよ、ちょいと一緒に行かないか?」

と声が掛かった。


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