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私とお城での物語

作者: Basho

ジャスティン=ガード=ルーゼント城


旧ユーラシア大陸の東端に位置する、この世界最高の造形と謳われる城、及び城壁の囲う土地の名前。城壁は円形で半径が4km。城の高さは150m。本館、北館、南館、西の離れの塔を有する、全て煉瓦造りの建物だ。城は大陸の外れに位置し、城の周りは森しかない。


私、加藤準は春からジャスティン=ガード=ルーゼント城にメイドとして就職が決まった。この城に就職できることは、この世界での生涯の安泰を意味する。100年前、第六次大陸戦争が勃発してから地球の状態はかなり変わった。それにもかかわらず、この城では労働以外の時間の拘束はない。が、悪い噂も聞く。城主が拷問好きだとか、城の財宝を守るために城は罠だらけだとか。それでも今回の募集は4人だったが、倍率は約400万倍だったと思う。先行は第五審査まであり、一次審査で、顔、年齢、状況判断力を二次審査で体力を、三次審査で、これまでの素行、及び待遇を、四次審査で乙女であることを、最終審査はジャスティン=ガード=ルーゼント12世様による直感判断である。

 晴れて採用されたことを私は誇りに思う。ゆうに10mはあろう正門で合格通知を見せ、中に入る。門番は屈強な男性が二人、ドーベルマンを連れて立っている。紫色のバッジを付けた男が言った。


「これからは家族です。あなたはメイド、私たちは門番として、ジャスティン様に尽くすだけです。それでは。」


言葉遣いも直さなくては。それにしても大きな庭だ。中は世間に公開されていないので、私にとっては意外だった。資料で見たことのある噴水などはなく、ひし形に白線が引かれた扇形の庭と、長方形で短辺の中央に白い四角い箱がおいてある庭と、また長方形でバスケットのようなものがぶら下がっている庭が私の興味を惹いた。

 城門までひたすら歩き、門をくぐると正面には恐らく、1世様から11世様までの自画像なり写真なりが飾ってあった。皆若かりし頃のものなのだろうが、何故か1世様を除く10人があまりに酷似しているので少し驚いた。

 先輩メイドに案内され、ジャスティン=ガード=ルーゼント12世様のお部屋にたどり着いた。扉を開けた瞬間、私は絶句した。12世様も2世様以降の先祖とそっくりだ。しかし若い、私と同い年程度だ。輝かしい金髪、城の煉瓦と似たような褐色の肌、瞳は恐らくグレー。背は高く、がっしりとした体つきだ。私の貴族は皆ひょろひょろしているという偏見が覆された瞬間だった。


「よく来てくれた。正門からここまではなかなか遠かっただろう?私は敷地内に車は入れない主義なのだ。申し出ればバイクなら許そう。ではそこに並べ。これで今回の審査に通った8人が皆揃った。」

私は小走りで整列したが、一番背が低かった。私の他に女が1人、男が2人。女は白人で、男は1人が私と同じような肌の色、もう1人は黒人だった。


「ゼロ=サイガス、田中誠、サラ=ヴィーナス、加藤準。君達には先輩を教育係として1人ずつ付ける。明日までに頭に仕事を叩き込むように。各々頑張ってくれ。それから、この懐中時計は私からの贈り物だ。この城の中ではその時計を目安に行動すること。頼んだぞ。」


私たちは一礼をして、それぞれの持ち場に着いた。皆バラバラになってしまったので何も話せなかった。


「私があなたの教育係、ジェシーって呼んでね。」


やたらフレンドリーな先輩だ。


「加藤準です。宜しくお願いします。」


ジェシー先輩は頷いて話を続ける。


「私たちはジャスティン様の身の回りのお世話を担当します。ジャスティン様がお買い物に行かれれば御一緒し、ベッドメイク、ジャスティン様のお部屋の掃除が主な担当です。かなりキツいですが頑張りましょうね。」


「はい。」


そう言ってジェシー先輩はサクサク説明してくれた。意外と簡単な事ばかりだった。ジャスティン様のお部屋は装飾品の類がなく、本棚だけなので掃除はかなり楽だ。しかもベッドもそんなに大きいサイズではないので手間もかからない。


「十分ね。じゃぁ今日はおしまい。夕食は19時だから、それまでは自由にしていいからね。」


意外と拍子抜けだったなぁ、と思いながらチラッと時計を見る。ここに着いたのが15時、今17時だから、二時間はふらふらできる。私はまず本館を回ってみようと思ってジャスティン様のお部屋を出た。ジャスティン様のお部屋は4階にある。まずは4階を回ってみることにした。4階には部屋が20程あり、全て書斎だった。しかし広い。が、埃も塵も全く積もっていない。明らかに年代の古そうな本もきちんと整頓してあった。

 私はこの塔が一番高いことを思い出し、上に昇る階段を探した。


「一体どこにあるのよ…。」


本館の4階中央にはジャスティン様のお部屋があり、正面には1階と4階しかない螺旋階段がある。塔の一番西にエレベーターが、一番東に階段があるが、どちらも4階までしかない。私は諦めて3階を回ることにした。3階には北館に続く渡り廊下があった。残りは全て客間だ。2階は南館への渡り廊下があり、残りの部屋は3階と同じく客間だった。1階はピロティーになっていて、広い調理場とそれ以上に広い食堂しかない。本館を回り終えたので、北館に行った。この時まだ18時半。北館は2階建てなので戻ってくればちょうど良い時間になると思った。北館へ続く渡り廊下の扉を開いたとき、向こうの扉の前に人がいるのがわかった。


「ゼロさんだ。」


30m程度の渡り廊下を小走りし、ゼロさんに北館に入りたいという旨を伝えた。


「ダメだ。俺はここの門番に配属された。何人も通さない。」


「えー、ケチ。」


「ダメダメ。」


「ちょっとでいいからさ。」


こんな押し問答を続けたが、ゼロさんは入れてくれなかった。恐らく南館もダメだろうと勝手に想像し、ピロティーにあるソファーに腰掛けてジャスティン様に頂いた懐中時計を眺めていた。脇を食堂の方へ抜けて行くゼロさんが見えたので会釈した。私は視線を時計に戻す。


「改めて見るとすごい時計だなぁ。」


恐らく全て銀で出来ている時計は、表にユニコーンと人が対面している、ジャスティン=ガード=ルーゼント城の城紋が、裏には私の名前が刻んである。メイドの先輩方は首から下げていたので、私もそうすることにした。開いてみると19時まで後5分、急いで食堂に向かった。


「準、君が最後だ。皆!今日の片付けは準だぞ!」


私の思いとは裏腹に皆喜んでいる。私は一番扉側の席で、ジャスティン様は遙か向こう。その間に、ざっと見ても50人はいる。全ての盆、食器などを下げると思うと少し憂鬱な気分になった。


「さぁ、今日は新しい家族の歓迎会だ!皆!大いにのみ、語り明かそう!それではグラスを持て!準備はいいか?乾杯っ!!」


オォーという声とともに皆一気にグラスの中身を飲み干しテーブルに叩きつける。私もグラスを掲げたが、鼻を突くアルコールの匂いに躊躇して呑めずにいた。それを見たジャスティン様が声を上げる。


「飲み干した者は座れ!……残ったのは準だけだな。恐らく呑むのは初めてなのだろう?無理はするなよ?舐めてみて無理そうだったら止めておけ。」


ここまで言われて黙っているのも癪だったので、私はグイッと飲み始めた。喉が焼けるように熱かったが、何とか呑みきった。顔が熱くなっていくのがわかった。初めての酒はなかなか美味しかった。


「皆!準が呑みきったぞ!」


ジャスティン様がそう言うと周りから拍手が上がった。少し恥ずかしかったが酒のせいもあってか悪い気分ではなかった。それから皆でワイワイ騒ぎながら食事を取った。どれも美味しい、まさに豪華絢爛といった感じだ。


「よし、今日はこれでお開きだ!」


時計が22時を指したとき、ジャスティン様がそう言った。皆、席を立ち西棟へ帰っていく。私の横を通ったゼロさんに頑張ってなと言われて、片付けが私の役割だということを思い出した。皆が食堂を後にして数分後、私は漸く片付けをするきになった。


「よし、片付けるか。よっこい……しょっ?」


転けてしまった。しかもかなり間抜けに。すると笑い声が食堂に響いた。


「そんなことだろうと思ったぞ。」


ジャスティン様だ。水が入ったグラスを手に戻ってきてくれたようだ。


「水を飲んで、深呼吸をして…はい、少しは楽になったか?」


「はい…。」


「ダメそうだな。座っていろ、私が片付けるから。」


城主にそんな事をさせるなんてとんでもない。私が席を立ち、手伝おうと動いた瞬間だった。


「二度言わせるな。」


少しジャスティン様が怖かった。私は大人しく椅子に座って待つことにした。


「準、酒は初めてだったか?」


ジャスティン様が片付けながら話しかけてくれた。


「はい。」


「結構呑んでいたな。強い方のようだ。サラなんか、2杯でダウンしていたからな。」


「父が、酒豪だったので。」


「ん?お前、施設出身ではなかったか?」


「12の頃に、両親とも事故で、日本は地震が絶えませんから…。」


「悪いことを聞いた。すまない。」


気にしてないと言えば嘘になる。だが、その事実は過去にしかと受け止めた。


「大丈夫です。私もお聞きしていいですか?」


何だ?と言って、殆どの皿を片付け終えてジャスティン様は、私の横の椅子に腰掛けた。


「ジャスティン様のご両親は?」


「北欧で仕事をしているはずだ。ここは旧ユーラシアの東端だろう?遠くて会う気にもならないさ。」


ジャスティン様はクスクス笑い、私もつられて笑った。


「話は変わるが準。お前、キスしたことないだろう?」


本当に話がグッと変わった。私はあまり答えたくなかった。


「図星だろう?お前ほどの女だ。周りが放ってはおくまい。歩けば殆どの男が振り向くだろう。」


「いえ…そんな事はありません。」


「謙遜することはない。ちなみに私もキスしたことはないのだ。同期のサラはここに就職するために乙女だけは守ったようだぞ?他は知らんがな。」


ジャスティン様は意地悪く笑った。ジャスティン様は続ける。


「乙女を捨てた瞬間、城紋のユニコーンが黙っていないがな。っと、準?寝てしまったか。」


私が起きたのは、ジャスティン様のベッドの上だった。


「気づいたか?ほら、水だ。」


ジャスティン様がグラスの水を寄越した。冷たくて頭痛が少し楽になった。時計を見ると3時を指していた。


「あの…。申し訳ありません。」


「気にするな。明日は買い物にお前を連れて出掛けるつもりだったからそのまま寝てていい。」


「それではジャスティン様がお休みになられないのでは…?」


「私はあまり眠らない質でな。それとも添い寝でもして欲しいのか?」


ジャスティン様が笑いながら聞いてきた。


「違いますっ。」


「なら良いではないか。私はお前の寝顔だけで十分満足だったぞ?」


顔が熱い。もう酒のせいではない、ただ恥ずかしい。


「変なこと言わないで下さいっ。」


私は布団に潜り込んだ。次に気がついたのは朝、正確にはジャスティン様に起こされたのだが。


「風呂に入ってこい。その後食事だ。それが済んだら街まで買い物に出るぞ。」


ここは朝風呂が習慣らしい。ジャスティン様に浴場に案内された。それにしても、食堂の向こう側に風呂があったとは…。

 大きな風呂だ。脱衣場で会ったジェシー先輩は縦50m、横25mで出来ていると言った。20人ほどの先輩メイド達がシャワーを浴びたり、サウナに入ったり、湯に浸かったりしていた。皆スタイルもよく、私の貧相な胸では太刀打ちできないのは明白だ。


「昨日はどこで寝たの?」


ジェシー先輩がシャワーを浴びながら尋ねてきた。


「ジャスティン様のお部屋です。」


そう言うと、周りの4、5人が一斉にこっちを見た。信じられない!とかどうやったの?とか質問責めにあった。私は食事の後、酒に酔って寝てしまって、気付いたらジャスティン様のお部屋にいた事を説明した。ジェシー先輩が他のメイドを追い払い、2人で湯に浸かると微笑みながら言った。


「凄くラッキーなことよ。今度私も潰れてみようかしら。」


先輩はウインクしながら言った。


「きっとジャスティン様が介抱してくれますよ。」


「それはないわ。以前潰れた時は私の教育係の先輩が部屋まで連れてってくれたもの。きっと、あなたは特別なのよ。細いけれど、しなやかな筋肉や脚をしてるし、胸はないけど、可愛いもの。」


「そんな事ないです。先輩の胸が羨ましいです。」


「重くて肩凝るだけよ?」


そんな会話の後、食堂へ向かう。皆メイド服なのに、私とサラだけ私服という何とも浮いた格好だった。

 食事が済み、私とサラはジャスティン様について買い物に出かけた。あの片付け罰ゲームは何かしらイベントが合ったときにしか行われないらしい。


「今からお前たちのメイド服を買いに行く。街まではなかなか遠いぞ。」


まさか歩いていくとは思っていなかった…。街まで10km以上は確実に有ったと思う。ジャスティン様が洋服屋に入ったので私とサラは後に続いた。店主が女の店員を呼び、私たちのサイズを計る。店主が昼には出来ると言い、ジャスティン様がそれまで街をふらついていいと言ったので、サラと2人で街を歩くことにした。


「まさかジャスティン様があんなに端正な顔立ちだとは思わなかったわ。」


歩きながらサラが話し出した。


「サラもジャスティン様を狙ってる1人なの?」


「当たり前よ。体が疼くわ。準もジャスティン様を狙ってるのよね?」


どうなんだろ…?私は人を好きになるという事を経験していない。


「多分…。」


「多分って…。一晩お部屋で過ごしたのに、何もなかったの?」


「うん。」


「奥手なのね。まぁ可愛いから許しちゃうけど。私がジャスティン様のお眼鏡にかなっても妬いちゃイヤよ?私は準がジャスティン様に選ばれたら、それはそれで嬉しいもの。」


「大丈夫。ありがとう。」


サラの化粧で綺麗な顔が、より綺麗に見えた。結構な時間ふらふらしていたのでそろそろ戻ることにした。


「もう出来てるよ。2人とも。さぁ着てみてくれ。」


店主がそれぞれにメイド服を渡した。フリルでいっぱいの、それでいて動きやすいメイド服だった。が、かなり胸に余裕がある。私の胸が貧相なせいかと思ってサラを見ると、そうでないことがわかった。


「2人とも、よく似合ってるぞ。着替えたら、次の店に行こう。」


たたみ方がわからない…。私は店主を呼んで手伝ってもらった。凄く大きな袋に入っているので、端から見たらなかなか不細工だと思う。その後ジャスティン様とレストランに入って、昼食を取った。

 食事の後、ジャスティン様が入った店は武器屋のような所だった。所狭しとナイフ、剣、、槍、斧、鎌、銃などが置いてある。ジャスティン様は店主と話を付け、まず槍を25本購入する事が決まった。


「お前たちも武器を選べ。私の城には良からぬ事を企む者が入り込んでくることがあるからな。」


ジャスティン様は続ける。


「メイド服の胸に、余裕があっただろ?あれは防具を付けるためにわざとだ。」


そう言ってMとLサイズのチョッキを出した。


「これは特殊な繊維で出来ていてかなり緩衝力がある。バズーカが当たっても肋骨にヒビが入るくらいだ。まぁ、撃たれたらかなり吹き飛ばされるが、死ぬより幾分かましだろう。後はこれだ。」


ジャスティン様が小さな筒を出した。


「これで、強力な磁場が起こる。ビームやビームサーベルは曲がるからな。スイッチを押せば良いだけだから簡単だろ?この2つは防衛手段だ。そこで撃退用の武器をというわけだ。」


「じゃぁ私はこれで。」


サラが手に取ったのは長めのナイフだった。


「こう見えて、結構強いですよ?私の家には自衛の為の訓練がありましたから。」


「良いぞ。じゃぁ次は準だな?何かやっていたか?」


「はい、空手を。」


ジャスティン様はほう、と言って頭をかいた。


「極真か?あれは歴史が長いからな…。」


「極真です。」


「ふむ、ならあれがいいな。」


ジャスティン様は再び店主と話に言った。店主はかなり驚いていたが、ちょっと待ってくれと言って奥に入っていった。その間、空手に興味を示したサラが話しかけてきた。


「カラテって何?」


「立ち技のみの武道だよ。」


「今はバーリトゥードしか無いじゃない?立ち技だけで戦えるの?」


「楽勝だよ。」


「ちょっと信じられないわ…。」


私はふふっと笑って話を終わらせた。別に見せる必要もないし。


「準!こっちに来い。」


ジャスティン様に呼ばれたのでサラと移動した。そこには指の第二間接まで覆うグローブが有った。


「握れば堅くなる。ビームサーベルは防げないが、ある程度の剣は通さないはずだ。」


私は装着して拳を握ってみた。手のひらは柔らかく、手の甲の内側は緩衝作用のあるゴム、外側は何やら繊維が入っていて、握るとかなり堅い。ジャスティン様がそれでいいかと聞いたので、私は頷いた。時計を見るともう16時。大分遊び回ったようだ。グローブをメイド服と同じ袋にしまい、帰る用意をした。

 店の外に出ると、引き車に槍が25本括り付けられていた。

「さぁ準、今日の仕事はやりがいがあるだろう?城まで頑張れ。」


私の口は情けなく開いてしまった。


「サラ、荷物を車に乗せていいぞ。」


何でそんなに男前なのですか…?サラもはしゃいで乗せることないでしょ…。これも仕事だと割り切って押してみたがかなり重い…。


「200kgは下らないと思うぞ?」


ジャスティン様はサラと話ながら、私は荷物を引きながら城まで行くことになった。が、5km位の辺りで腕に限界が来た。

「ジャ…ジャスティン様…。」


「ん?限界か?はい、じゃぁサラの番。」


サラは少し不満気に車を引こうとした。


「動かないわよ!?準!あんた物凄いバカ力なのね!?」


「ダメか?情けない…。仕方ないから私が引く。準もサラも車に乗れ。」


ジャスティン様は何も引っ張っていないような素振りで歩く。全く信じられない…。私は疲れて車の上で寝てしまった。


「起きて!準!」


サラに顔をペチペチ叩かれて、既に城に帰ったことに気付く。サラは私を西棟の部屋に案内してくれた。


「あなたは私の隣の部屋、2階は男性寮で、3階が女性寮、1階は見たとおりホールだからね。」


「ありがと。」


「もうじき19時だから着替えて食堂に行きましょ?先に準備ができたらノックしてね。私が先ならそうするから。」


私は頷いてメイド服に着替えた。中にチョッキを着たが、胸が少し余って憂鬱な気持ちになった。そんな中ノックの音がした。


「準?服、私の物と間違ってるわよ?」


言われてみれば、袖が余っている。少しホッとした。着替えてみるとジャストフィットだった。食堂に入ると先輩達が似合っていると言ってくれて嬉しい気分になった。


「皆!明日は闘技大会だ!参加しない者は着席しろ!男は強制!女は志願制だ!」


先輩メイド達はわらわらと着席している。


「褒美はいつも通りだ!私の出来うる限りで望みを一つ叶えるぞ!」


結局、女性で志願したのは先輩メイド3人とサラだけだった。先輩メイドの中にジェシー先輩も含む。


「あぁ、忘れていた。新人は強制だ。と言うわけで、準。立ちなさい。」


スゴく理不尽な気がする…。


「女は武器の使用を認める。ただ刃物を使う者は申し出よ。既に刃を潰してある物を用意してあるからな。」


私以外の全員が手を上げていた。皆の視線は手を上げていない私に向かう。少し恥ずかしがった。


「うむ。それでは食事にしよう。」


食事を取り、部屋に戻り、動きやすい服に着替える。ここから私のもう一つの日課が始まる。突き、蹴り、受け、気が遠くなるほど繰り返す。ひたすらひたすら爪を研ぐ。孤児院に居たときほど時間はない。質を追求する。個人的には、この後に眠るのがスゴく好きなのだ。

 翌朝、食事を取った後、広い庭で大会が催された。


「参加者全員で30名。クジでトーナメントにするぞ。」


Aグループが16人、Bグループが14人。サラとジェシー先輩はAグループ。私と残り2人の先輩メイドはBグループになった。


「出揃ったな!それでは始めよう!」


Aグループの覇者とBグループの覇者が戦い、買った方がジャスティン様と戦い勝利して初めて褒美が貰えるらしい。


「ルールは目つきと噛みつき以外はなし!リングもなし!相手を失神させるか『参った。』と言わせれば勝ち!刃物を持つ者は急所を突けば無条件に勝利だ!」


Bコートにレフェリーが来た。


「それでは、加藤準とルーシー=ヴァレルの試合を始める。それでは、準さんは白のはちまきを、ルーシーさんは赤のはちまきを着けて。」


レフェリーがそう言うとマイクを持った解説らしき人がやって来た。


「白!加藤準、身長153cm、体重41kg、武器はグローブ!対してー…赤!ルーシー=ヴァレル、身長167cm、体重50kg、武器はナイフ!さぁ始まります!」


厄介な解説だ…。そう思いながらはちまきを締める。白というのが気に入らなかったが仕方ない。


「始めっ!」


レフェリーの声と同時にルーシー先輩がナイフ片手に突進してくる。これではナイフを払いのけてくれと言わんばかりだ…。私のスタイルは一撃必殺の空手。私はナイフを蹴り飛ばし、そのナイフを拾った。


「まだやりますか?」


ルーシー先輩は首を横に振った。


「勝者…加藤準!」


観戦していた人が拍手を贈ってくれる。こんな拍手を経験したことがなかった私は、気分が高揚していくのを感じた。Aコートでも歓声が上がっている。目をやるとサラがピースして笑っていた。試合は進み、次の対戦相手はゼロさんに決まった。サラの相手は同期の田中さんだった。


「第2試合。白!加藤準、身長153cm、体重41kg、武器はグローブ!赤!ゼロ=サイガス、身長196cm、体重86kg!始めっ!」


196cm…私の上段蹴りでは顎に届かない…ましてや、こめかみなんか話にならない。しかもルールは何でもあり。抑え込まれたら何も出来ない…。


「行くぞ、準ちゃん!」


スタンスからして、レスリング。……これなら顎に届く!狙いはカウンターだ。

 ゼロさんは頭を低くし、いつでもタックル出来る準備だろう…。


「シャァッ!!」


ゼロさんが飛び込んできた。思いのほか、速い!?


「セヤァッ!!」


振り遅れたと思ったが、運良く顎を打ち抜いてくれた。ゼロさんはうつ伏せのまま失神した。


「勝者、加藤準!」


良かった…膝が入ってくれて…。ゼロさんは担架で運ばれていった。


「準!スゴい!」


ジェシー先輩だ。


「たまたまです。先輩は…?」


「勿論勝ったわよ!」


「おめでとうございます。」


「でも次はサラちゃんか田中くんなのよね…。勝てるかしら…。」


「私はどっちも応援しますよ?」


ジェシー先輩はありがとっ、と言ってAコートに戻った。少ししてAコートから歓声が上がった。どうやらサラは負けたようだ。泣き顔が少し可愛かった。

 次の私の試合は、あのめちゃくちゃ体つきの良い門番だった。


「あなたはかなり強い。私はストリートしか知らない。胸を借りるつもりでいきます。」


ストリートしか知らないと言うだけあって、かなり予備動作が大きい。ましてや小柄でスピードが武器の私に当たりはしない。私は動き回りながら下段蹴りを打ち続け、膝が折れた瞬間に、側頭部に回し蹴りを放った。


「押忍っ!」


「あぁ、もう無理です。参りました。」


私は無事に3回戦も勝ち抜き、後は決勝を残すのみとなった。緊張は全くない。ダメージも0、この上なくいいコンディションだ。不意にAコートから歓声が上がる。向こうも決勝戦に出る選手が決まったようだ。手を上げて喜んでいたのは田中さんだった。


「それでは今から決勝戦を始める。」


田中さんは174cm、体重は72kg…。あの構えは柔道…。


「おい、加藤。昔から『柔よく剛を制す』と言うだろ?今から証明してやる。空手なんかじゃぁ柔道には勝てないっ!」


「空手なんか…?お前っ!大山空手を愚弄する気かっ!」


私は着ていたシャツを脱ぎ捨て、下着姿になった。あれだけ言うんだ、よほどの実力があるのだろう…。服など着ていたら捕まれた瞬間終わりだ。


「恥ずかしくないのかよ!?」


「私の恥よりも、大山空手を貶された事が恥だ。お前は必ず空手で倒す!私がお前に『剛よく柔を断つ』という事を証明してやる!」


田中はズンズン歩いて間合いを詰めてくる。狙うは一瞬…。


「セイッ!!」


田中が左手を取りに来た瞬間、私の突きが田中の鳩尾をとらえた。


「グッ…。シャァッ!!」


田中が左手を掴んだまま飛びついた。飛びつき十字固めとわかったのは、地面で極められてからだった。痛い!スゴく痛い!


「降参しろ。無理に動くと折れるぞ。」


「うわぁっ!!」


強引に体を捻り、わき腹に突きを放った。瞬間、ボグッという嫌な音がした。腕は抜けたが、痛い。恐らく折れたか、運良くて脱臼だろう…。動くだけで頭に痛みが走る。今頃さっきの一戦の下段蹴りで消耗した体力が響いてきた。


「無茶しやがって…。ビックリして手を話しちまった…。」


私は痛みに寄る消耗で体力の限界が来ていたので、次の一撃に全てを賭けることに決めた。一直線に田中に向かって走る。

「うわぁああ!!」


左前蹴りを田中の腹に入れ、その足でベルトを掴み、残った足で跳んだ。


「うおっ!!」


田中が驚き体勢を崩した瞬間、私の右膝が顎を打ち抜いた。私は着地に失敗し、強く背中を打って気絶した。


「あ…れ?」


気がついたのは、再びジャスティン様のお部屋だった。


「気がついたな?ほら、水。」


「ありかっ痛っ!?」


「左手で取ろうとするからだ。」


私は体を起こし、水を飲んだ。なぜかわからないが、とても美味しく感じた。


「誠が腕をはめてくれたが、当分動かすなと言っていたぞ?」


「私、あいつ嫌いです…。」


「その事なんだが…。」


コンコンとノックの音がした。ジャスティン様は部屋に入るよう促した。


「加藤さん。大丈夫ですか?」


さっきと大分、感じが違うので戸惑ってしまった。


「あの、悪口言ってすいませんでした。やっぱり怒ってますか?」


「うん。」


「あー…。言い訳聞いてもらえますか?」


言い分があるなら聞いておこう。私は頷いた。


「本気を出してほしかったんです。手加減しているのが丸わかりでしたから。本当なら『バカ』とか『チビ』とかで良かったんですけど、加藤さん極真みたいだったから、普通の悪口では怒らないと思って…。」


「だから私が背負う空手という看板をバカにした訳ですか。あなたは柔道でしょ?我々には昔から『道場破りには本気で』という気質がありますからね…。今回だけは許します。」


私が笑って安心したのか、田中さんは御辞儀をして帰っていった。


「あれで、手加減していたのか。怖い女だ。」


ジャスティン様が笑いながら言う。


「田中さんのときは本気でしたよ。」


「まぁいい。それで、準の願いは何だ?聞いてやるぞ?」


「私は田中さんに勝ってません。」


「お前たちはほぼ同時に失神したからな、痛み分けというわけだ。私はどちらの願いも聞いてやることにしたのだ。良い試合で感動したからな。」


ジャスティン様は頷きながら話を進めた。


「誠は私との試合を望み、それを受けた。誰も観客は要らないと言ったので日時は通知しないと決めた。」


私は黙って聞いていた。


「それで、準の番だというわけだ。」


「私、蜜柑が食べたいです。」


「は?」


よほど驚いたんだろう。ジャスティン様らしからぬ言葉遣いだ。


「蜜柑が食べたいんです。」


「もっと無茶な望みを答えると思っていたので驚いたぞ…。蜜柑な…確か地下に農園が有ったはずだ。少し待ってろ。」


ジャスティン様がお部屋の時計を弄り、何やら話しかけている。


「ルーンか?確か蜜柑の農園が有ったな?地下3階で合ってるか?」


「はい。地下3-Bが蜜柑の農園です。」


「それだけだ。」


ジャスティン様が机を漁り、救急箱のような大きな箱を取り出した。


「準、こっちに来い。右手の親指を出せ。」


歩くのも辛いのに…。左腕を庇いながら動いてるとジャスティン様が抱きかかえてくれた。


「恥ずかしいです…。」


「人前で下着姿になるような奴の台詞とは思えんな。」


はっと思い出し、恥ずかしいと思ったが、皆に貧相な胸を披露したと思うと憂鬱な気分になった。ジャスティン様は私を抱えたまま、親指を機材に触れさせた。


機械がガリガリ音を立てて、中からカードが出てきた。


「3-Bのパスだ。」


空いている右手で受け取った。


「一度しか言わないからな。」


ジャスティン様は一番奥の本棚の、上から二段目を強く押した。少し奥に入った棚の一番左の本を抜いて戻すと本棚全体が上にずれ、扉が出てきた。取っ手がなく、城紋が刻まれただけの銀の扉だった。


「ユニコーンの口にカードを挿せ。その後に向かい合っている人間の目を触れ、勿論親指でな。その後にカードを抜け。」


ジャスティン様に言われたとおりにすると、扉がスライドし、エレベーターが現れた。中にもまた差込口が有った。カードを差し込むと3-Bという文字が浮かび上がった。


「カードを入れれば起動するからな。後は文字に触れればいい。」


ブーンという低い音とともに私は地下へ移動しているのがわかった。ジャスティン様に言われたとおり、到着したらカードを抜いた。エレベーターからは一本道しかない。コンクリートで造られた無機質な通路が私とジャスティン様の靴音を響かせて不気味な雰囲気を漂わせていた。30mほど歩き、ジャスティン様が立ち止まる。


「ここだ。扉にカードを挿して、親指で触れろ。」


言われたとおりにすると、ガンガンと扉の鍵が開く音がした。その後、扉はスライドし、目の前には蜜柑農園が広がっていた。


「準の好きにして良いからな。」


「本当ですか!?」


「うむ、満足したか?しかし仕事に支障が出るようならば、パスは取り上げるからな。」


「はいっ!」


「それでは戻ろうか。」


「一つ取っていって良いですか?」


「勿論。」


私は木に生っている蜜柑を一つ取りジャスティン様の後に続いた。ジャスティン様は私をベッドに寝かし、側にあるテーブルの上に食事を並べてくれた。


「夕食だ。食べておけよ。」


私は使える右腕だけで食事を済まし、蜜柑を食べようとした。が、皮が剥けない…。ジャスティン様が私の蜜柑を取り剥き始めた。


「無茶をするな。大事なメイドだ、左腕が動かなくては困るからな。」


丁寧に白い筋まで取ってくれた。私はそれを口に運んだ。


「美味しい…。」


「当然だ。料理人たちが、丹精込めて育てているんだからな。」


「ありがとうございます。」


「今日はそこで寝ろ。棟へ帰るのは大変だろう?」


私はジャスティン様の好意に甘えることにした。

 季節は変わり、夏になった。私の腕も完治していた。しかし、いくら白が北の方にあるとはいえやはり暑い。メイド服も夏仕様に替わった。何事も無く平和そのものだった。やはりあの変な噂は嘘だったのだと確信していた。私が自室で床につくと、ガァンと鳴った凄まじい音とともに棟が地下に潜り始めた。私は何が何だか分からなかったが、扉をノックされ先輩メイドにホールに集まるように言われた。ホールにはもう殆どのメイドが集まっていた。どうやら私が最後のようだ。ジェシー先輩が皆に言い聞かす。


「久しぶりに良からぬ輩が城に侵入したわ。皆ここで待機するようにね。」


「良からぬ輩って何ですか?」


「盗賊とか、泥棒とかよ。」


あの噂は本当だった。私はサラと隅に寄って話した。私はどうしたら良いのか分からず、膝を抱えるしかなかった。


「まさか盗賊が入るとは思わなかったわ…。」


「怖いね…。」


「多分私たちは安全よ。ジャスティン様が心配だわ…。」


30分くらい経っただろうか?棟が上り始めた。


「終わったみたいね。」


私は棟が上りきると一目散にジャスティン様のお部屋に向かって走り出した。ピロティーを抜け、階段を駆け上がり、ノックも忘れて扉を開いた。


「ジャスティン様!!」


ジャスティン様は血の付いた服を脱いでいる最中だった。


「どこですか!?どこをお怪我なさったのですか!?」


ジャスティン様は異様に落ち着いている。ため息を吐いて私に言った。


「準、ノックを忘れているぞ。それにこれは返り血だ。怪我などしていない。」


「良かった…。本当に…。」


安心して緊張の糸が切れたのか、自然に膝が折れて勝手に涙も出てきた。拭っても拭っても止まらなかった。


「お、おい準!?どうした?どこか痛いのか!?」


ジャスティン様が背中をさすってくれた。手はひんやりと冷たかったが心は温かくなって、漸く私は気づいた。ジャスティン様のことが好きなんだと。


「大丈夫です。申し訳ありませんでした。」


「そうか。私はあまり女性の扱いになれていなくてな…。」


「私、部屋に戻りますね。」


振り向いて扉に手をかけた時だった。


「なぁ準。今日は一緒に寝ないか?」

私は耳を疑った。


「ふぁ?」


あまりに唐突だったので変な返事になってしまった。


「いや、嫌なら良いんだが…。」


「ぜっ全然嫌じゃないです!」


「良かった。」


そう言ってジャスティン様はベッドに入った。私も控え目にベッドに入れて貰った。


「ジャスティン様、なぜ私をお誘いになったのですか?」


「その言い方だと、まるで準を抱くかように誤解するぞ?なぜかな…。準が部屋に入ってきたとき嬉しかったからだと思う。」


「何か私恥ずかしいです。お城では恋愛は無しではないですか。」


私はジャスティン様に背中を向けた。


「就職してから1年経てば恋愛は良いのだぞ。バッジを付けている者がそうだ。私のところに申し出ればペアでバッジをプレゼントしている。」


「そうだったのですか。」


急にジャスティン様は私を抱きしめてた。


「ジャスティン様?」


「久しぶりに疲れた…。寝ていいか?」


「おやすみなさい。」


私はドキドキしてあまり眠れなかった。目が冴えて、寝ては起き、寝ては起きを繰り返した。6時に目が覚めた私は、ジャスティン様を起こさないように、棟に戻った。

 部屋に入り、メイド服に着替えているとノックの音がした。


「準!居るの!?」


サラだ。


「居るよ。」


私は扉を開けてサラを迎え入れた。


「あなたどこ行ってたの?ビックリするじゃない。」


「ごめんなさい。ジャスティン様が心配で…。」


「全く…。それでまたジャスティン様のお部屋に泊まったのね?」


サラが私のほっぺたを引っ張った。


「いひぁい。シャラ、いひぁい。」


「こいつめ、また抜け駆けして。こうだ。」


散々ほっぺたをグリグリ弄くり回されて漸く解放された。


「うー、痛い。」


「当たり前よ。痛いことしたんだもの。」


「ごめんね、サラ。」


「もうスッキリしたからいいわ。」


サラは部屋を出ていった。お風呂は私の話で盛り上がっていた。


「準ちゃんまたジャスティン様のお部屋に泊まったらしいわね。何で?ズルいわよ。」


ものすごく怒られている気分だった。


「そういう子はくすぐりの刑よ!」


4人の先輩に首、脇、お腹、脚を一辺にくすぐられた。もう笑いすぎて涙が出ていた。先輩たちは満足したのかお風呂を上がった。湯船に浸かるとジェシー先輩が横に腰を下ろした。


「準ちゃん良いわねー。」


「正直、こんなにいじめられるなんて思いませんでした…。」


「仕方ないわよ。ジャスティン様大人気だもの。」


「そう言えばジェシー先輩の恋人って誰なんですか?」


「門番よ。だからめったに会えないわね…。食事の時と彼と私のオフが重なったときくらいよ。準ちゃんは良いわね?ジャスティン様のお世話担当だから何時でも会ってるじゃない。周りなんか気にしないでガンガンいきなさい。今までジャスティン様がこんなに1人に優しいことなんてなかったのよ。」


それを聞いて凄く嬉しくなった。私たちもお風呂を上がり食事を取った。その後、ジャスティン様のお部屋の掃除とベッドメイクを済ませた。


「今日は出かける予定はないからな。あとは自由にしていいぞ。」


たまにこういう日があるのだ。私は昼食後、庭を散歩することにした。初めて着たときは用途が分からなかった庭も、サッカー大会、野球大会、バスケットボール大会が開催されたので分かった。少し歩いた所から人が集まってるのが見えたので行ってみることにした。

 こいつは酷いとか、よくもまぁという驚きと呆れの声があった。15人程度の人だかりというのは私にとって大きな壁でしかない。人の間をぬって漸く眼にしたものは、60cm程度の穴が開いた城壁だった。


「本当に…酷い…。」


ぽっかり開いた穴を撫でていると、勝手に涙が出てきた。


「可哀想…。」


私は肩をポンと叩かれた。見たことのある料理人の男だった。


「大丈夫。夜になったら、ジャスティン様が直してくれるんだ。」


「そうさ。ジャスティン様の修復技術は神の様なんだぞ?」


皆がそういうので私も少し安心した。私は急に蜜柑が食べたくなったので、ジャスティン様のお部屋に行った。ノックをしても返事がなかったので勝手に入ることにした。いつものようにエレベーターにカードを挿そうとしたが、入らなかった。というより、既にカードがあった。


「あれ?」


カードが挿してあるということは、行き先階が点灯しているということだ。地下が4階まであるのは知っていたが、上に行けるのは知らなかった。やはり4階より上は飾りでは無かったようだ。


「これ、多分天辺だよね…。」


一度で良いから行ってみたかった。私は欲望に負けてRのボタンを押した。エレベーターはグングン上って静かに止まった。エレベーターから出るとそこは外、屋根が付いているだけで、それ以外は何もない、360度見渡せる広間だった。腰の辺りまである柵に手をかけて景色を見る。城の全て、城よりずっと遠くにある町まで見える。別の方角を見れば森だけが見える。ずっと眺めていたい。そんな気持ちになる。


「準!」


いつの間にかジャスティン様が居た。


「あっ…。申し訳有りません…。」


「別に怒っているわけではない。お前が屋上に向かったとわかったとき、少しビックリしただけだ。恐らく私のカードが挿したままだったのだろう?」


「はい。」


ジャスティン様が私のカードを出すように促した。私がカードを渡すとジャスティン様はハサミで3つに切ってしまった。

「あっ…。」


「パスは上書き出来ないからな。これからはエレベーターに挿してあるパスを使え。あれは指紋認証がいらないタイプだからな。私はカードなど使わなくともエレベーターを動かせるからな。……準、何を泣いている?」


「勝手に屋上に来たからパスを没収されるのかと…。」


「準は泣き虫だな。穴の開いた城壁の所でも泣いていただろう?」


見られてた…?恥ずかしい。


「屋上は良いところだろう?」


「はい。」


「準は素直で良い子だな。」


褒められるだけで嬉しい。会えるだけで気分が高揚する。人を好きになるということは、この事だ。

 もう太陽が西に傾いていた。私が街の方を見ていると、一台の車がこちらに向かってきた。豪華な装飾が施された、金色の車だ。


「ジャスティン様、何か城に向かってきてます。」


ジャスティン様はそれを見ると少し驚きの表情を浮かべた。


「あの女!また来たのか…。」


ジャスティン様は私を連れて門まで歩いた。途中門番の男が走ってきた。


「ジャスティン様、アズルムーン嬢がお見えになりました。ジャスティン様との面会を望まれています。」


「門外で待たせておけ。城には入れん。」


門番は御辞儀をして走って戻った。


「アズルムーン嬢って、あのアズルムーン家のお嬢様ですか?」


アズルムーン家は大財閥で、そのお嬢様は容姿端麗、品行方正で有名な人だ。


「そうだ。見えてきたぞ。」


ジャスティン様が門から出て車の横で日傘をさしているアズルムーン嬢に一礼し、私も同じようにした。


「お久しぶりです。アズルムーン。」


「半年ぶりですね、ジャスティン。要件はわかっておいででしょう?」


整った顔、白く透き通った肌、スタイルも抜群に良く黒いドレスが似合っている。日傘から覗く金髪をなびかせる。噂に違わぬ美貌の持ち主だった。


「あなたも返事はわかっているはず。私の心は変わりません。」


「せめて理由を聞かせてほしいわ。」


「それは言えません。」


「何時になったらお聞かせ願えるのかしら?」


「さぁ?要件は終わりましたね。それではお帰りいただきたい。私はあなたが私の領地に入ることすら不愉快です。」


「それは初耳ですね。その理由は聞かせてほしいわ。」


「あなたが乙女ではないからです。では。」


ジャスティン様はきびすを返し城に戻ろうとした。私はアズルムーン嬢に御辞儀をして、ジャスティン様の後に続いた。


「ジャスティン様?少し言い過ぎでは無かったですか?」


ジャスティン様は前を向いたまま話した。


「私はあの女が嫌いなのだ。男遊びに呆けているクセに体裁だけは取り繕っているのだ。」


意外だ。私は良い噂しか聞いたことがなかったので尚更衝撃だった。


「一つお伺いしても良いですか?」


「何だ?」


私は核心を突きたかったので、直球の質問をした。


「要件って何ですか?」


「さっきのか?『アズルムーンと結婚する。』ということだ。私は結婚する気などない。」


「えっ!?」


結婚しない!?私の恋は実らない…。


「何だ?私と結婚したかったのか?私は結婚できるほどまともではないのだ。」


「そうなのですか…。」


泣きそうだった。実らない恋とはこんなにつらいものなのか…。


「ところで準。蜜柑を食べに来たのではなかったのか?」


「えっ…、あ、そうです…。」


私はジャスティン様と蜜柑を取りに行き、ジャスティン様のお部屋で食べた。いつもは甘くて美味しい蜜柑が、なぜか酸っぱく感じた。

 ソファーで蜜柑を食べた私はそのままボーっとしていた。ジャスティン様は横に腰掛けて本を読み始めた。何分、いや何時間経ったのだろう。ジャスティン様は本を読み終え、深く座りなおした。


「準、元気が無いぞ?具合でも悪いのか?」


「違います…。ただ…。」


私が話終わらないうちにドォンと轟音が鳴り響いた。瞬間、ジャスティン様は走り出していた。


「準はここにいろ!」


ジャスティン様は扉を開けて走っていった。また泥棒が入ったのだろうか?地下では聞こえなかった機械音が絶え間なく聞こえる。私は不安になり、部屋を出ようとした。不意に扉が開きサラが入ってきた。


「準!?何故ここにいるの!?」


サラはメイド服を着ていなかった。動きやすそうな服とナイフだけを持っていた。ジャスティン様と買い物に行ったときのナイフではない。


「準が相手じゃ分が悪いわね…。でも退けないわ。あなたには死んでもらうわよ。」


「サラ?何言ってるの!?」


「まだ分からないの?今入ってきた輩は私の仲間よ。」


「えっ…。」


「お喋りはおしまい。行くわよっ!」


サラのナイフが私の首筋を一直線に突く。紙一重でかわしたが、私は尻餅をついてしまった。信じられない…。サラは本気で私を殺す気だ。スッと立ち上がり、グローブをはめた。不意を突かれて動揺したのか膝が笑っている。私は自分の頬をパンッと叩き、自身を奮い立たせた。サラの戦力さえ奪えればいい。ナイフを持つ左手を壊す。


次の一撃は右の首筋にきた。私は左手でナイフを掴み、右手で伸びきった肘を殴って折った。ここで一瞬気が緩んだ。


「えっ!?お腹が熱い!?」


私が自身の腹に目をやると、見覚えのあるナイフが刺さっていた。サラも同じチョッキを着ている。そのスレスレを狙ってきた。最初からこれを狙っていたのか…。私の膝は折れ、仰向けに倒れた。腹がドクドクいってる気がする。熱いし、痛い。


「残念だったわね。」


サラは私の体を調べ、カードを抜き取った。


「確か一番奥の棚だったわね?」


蜜柑農園へのパスを貰ったときに嬉しくて、話した私が馬鹿だった…。『死にたくない。』とひたすら強く願った。しかし目が霞みだして、私は意識を失った。

 私が気づいたとき、ジャスティン様が手を握りしめてくれていた。


「ジャスティン様?」


「準!?良かった…。」


頭が痛い…。


「水、飲むか?」


私が頷くと、ジャスティン様は背中に手を回して上体を少し起こしてくれた。


「ありがとうございます。」

冷たい水が喉を潤す。


「もういいのか?」


「はい。楽になりました。」


「もうあれから3日経った。準は目覚めないかと思ったぞ…。」


3日も!?私は3日も眠り続けたの?


「そうですか…。あの、仕事も出来ずに申し訳ありませんでした。」


「何を言ってる?全快するのが先だ。」


頭は痛いがお腹は痛くない。が、私は刺された記憶があるし、メイド服も切れている。私は切れ目から指を入れて傷の状態を確認しようとした。


「あれ?傷がない…。」


ジャスティン様を見るとベッドの側まで移動させたソファーに座り直していた。


「準。真面目な話がある。」


私はジャスティン様を真っ直ぐ見て頷いた。


「私は、人間ではない。」


「は?」


真面目な話というのに、いきなり外された感じだ。


「私は人間ではない。私はこの城自身だ。いきなり過ぎて信じられないだろう?」


私は返事に困ったが、ジャスティン様は続けた。


「信じられなくてもいい、別に。ただ聞いてほしい。」


私は再び頷いた。


「私は1世に設計されて建築された。昔のことだが、今も鮮明に覚えている。私は1世の残留思念のようなものだ。私を造るときに相当な想いを込めたのだろう。だから、私は死なないし、死ねないのだ。」


いつの間にか私は食い入るように聞いていた。


「私が皆に配った時計には城の煉瓦が入っている。それで、誰がどこにいるかわかる。」


私はただ頷くばかりだった。


「が、何故だろうな。今までこんな事は無かったし、こんな事になるとは思わなかった。」


「こんな事って何ですか?」


「準を好きになってしまった。」


唐突過ぎて返事もできない。


「驚くのも無理はない。私は準の目の前で『私は結婚しない。』と言ったばかりだからな。あれは私の気持ちに嘘を吐いたのだ。こうすれば踏ん切りがつくかと思った。しかし逆効果だった。準を好きになってはいけないと思うほど、準が気になって仕方ない。」


これは告白されているのだろうか?そう思ったら顔が熱くなってきた。


「準、すまないことをした。」


「何がですか?」


「準が倒れているのを見つけてベッドに寝かせて、『生きていてほしい。』と『今までの準のように笑いかけてくれ。』と強く願ったせいで、出血多量で死ぬはずの準が残留思念として残ってしまった…。」


「えっ?」


「つまり肉体はあるが、老いないし、死ねない体になってしまった。」


「そうなんですか…。」


「落胆したか?すまなかった。」


「いえ、別にそんなことは有りません。」


下を向いていたジャスティン様の顔がこっちを向いた。


「死ななかったなら、それでいいじゃないですか。」


「しかし、死ねないのだぞ?何年経っても!」


「ジャスティン様も同じじゃないですか。」


「同じだが…!」


ジャスティン様の言葉を初めて遮った。


「良いんです。好きな人と一緒に居れれば。」


ジャスティン様はフッと笑った。


「変わった女だな、準は。」


「お互い様です。」


私達は何故か笑っていた。サラのことは残念だったけれど、ジャスティン様が捕まえて解雇したらしい。

 月日は流れ、二回目の春が訪れた。サラの襲撃以降は一度も輩が攻めてくることはなかった。あれから少し考えた。私が残留思念として今を生きているのは、恐らくサラに刺されたとき、『まだ生きていたい。』、『ジャスティン様にお仕えしたい。』と強く願ったせいでもあると勝手に結論付けていた。

 今日は、私がここに来てちょうど一年の日だ。昼食後、私が蜜柑農園で蜜柑を選んでいると珍しくジャスティン様が農園に入ってきた。


「ここにいたか。」


「はい。でもこの時計でわかってるんですよね?」


私は首から下げた懐中時計をプラプラさせた。


「そうだな。なぁ準。私と結婚してくれないか?」


ジャスティン様はいつだって唐突だ。でも私もこの日を待っていた。私がジャスティン様にお付き合いを申し込める日を。先を越されたとは思ったが、私の返事は決まっていた。


「ふつつか者ですが、よろしくお願いします。」


ジャスティン様が金色のバッジをくれた。


「よく似合うぞ。」


「嬉しいです。」


ジャスティン様は私を屋上へ連れて行った。もうかなり気温も暖かくなってきた。柵に肘をついてジャスティン様と景色を眺めていた。そこで私は初めてキスをした。嬉しくて、恥ずかしくて、心が温かくなる。これが愛か。

 それなら、私はこの人を永久に愛していけると思う。


読んでくれた方。ありがとうございます。拙い文章だったと思いますが、感想など教えていただけたら嬉しいです。

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