その1 初めての
第2章に入ったからって、上手くなってると思うなよ
【幽霊探偵事務所】という都市伝説がある。どんな事件も絶対に解決してくれる凄腕の探偵――いつの間にか現れいつの間にか消えて、実態がつかめない幽霊みたいな探偵――がいる事務所があるというものだ。
そして僕、氷崎大智は現在その【幽霊探偵事務所】にいる。
いや、それだと少し足りないな。それにこの呼び方だと怒られてしまう。だからここは少し訂正をして言い直させてもらおう。
僕、氷崎大智は現在その【幽霊探偵事務所】という都市伝説の正体である、可ヶ丘高校探偵部の部室にいる。
可ヶ丘高校探偵部とは、可ヶ丘高校という変わり者が集まることで有名な高校にある『探偵部』という部活だ。なにをする部活なのかは、僕も先ほど説明されたことしか知らないけど、この探偵部は簡単に言ってしまえば探偵の真似事だ。人や動物や落し物を捜したり、事件の推理をしたりと。ただ、真似事ではあるがごっこではない。探偵部が主に専門としているのは普通の探偵では解決できないような『不思議な力』でおきた『事件』だそうだ。
さてさて、僕がここにいるということは、まあそうなのだ。僕はこの探偵部にある『事件』――妹である【氷崎千歳】が『消えて』しまった事件――の解決を依頼しに来たのだ。既に『事件』の詳細を伝え、依頼を引き受けてもらったのだが……
「貴様の持ってきた『事件』、この凄腕探偵のメルが解決してやろう!」
椅子の上に立ち、腕を組み、偉そうにしている少女。肩くらいまである白銀の輝く髪と透き通るような白い肌が特徴的な、ギリ中学生くらいに見える少女。僕の依頼を受けた人で、探偵部の部長であるらしいメル。
「危ないので椅子の上に立つのはやめましょうね、メイ様」
そう言ってヒョイっとメイを持ち上げて椅子から下ろす女性。腰まであるサラサラとした漆黒の髪がとても魅了的な、容姿端麗でミステリアスさを醸し出す女性。探偵部の副部長の東雲結奏。
「結奏は心配性だな」
「危ないという注意は普通のことだと思うんですけどね……」
「そうなのか?」
「ええ、そうです。あたりまえのことです」
「ふぅん……」
その身長差やメルの幼さ、東雲さんの大人っぽさのせいか二人は親子みたいだった。
「あの、それで、妹のことなんですけど……」
そのやり取りをもうしばらく見ていたいという気持ちが何故かあったけど、それよりも一刻も早く妹を見つけて欲しいという気持ちの方が強かったので、僕は二人の会話を遮る。
「あー、わかってるわかってる。【氷崎千歳消滅事件】のことは後でちゃんと調査しておくから」
「消滅事件?」
僕はその台詞を聞いて変なところが気になってしまった。
「なんだ、消滅ってのは気に障ったか?」
「いえ、別に消滅で状況的には間違いでもないので……。そうではなくて、なんで名前をつけたんですか?」
『事件』に名前なんてつける必要あるのだろうか。『事件』は『事件』でしかないと思うんだけど……。
「なんでって、そりゃ『事件』は別に大智の持ってきたものだけじゃないからな」
「そうです。少なくとも【幽霊探偵事務所】と噂される程度には『事件』を解決してきました」
「だからここは探偵部だっての!」
「あー、そうですね、ここは探偵部ですね。すみません」
「まったく……」
だんだん東雲さんの対応が雑になってきたのは気のせいだろう。
「私たちにとっては、大智さんの『事件』もその中のひとつになるわけですから、呼び方を決めておかなければ『事件』の管理が大変になるんですよ」
「まあそういうこった。別に私は『事件』は『事件』なんだからそんなことする必要はないと思うんだけどねぇ。解決しちまえば関係ないんだし」
「いえいえ、きちんと管理することは大切なことなんですよ」
「なにかあった時のために、忘れてしまわないように、そのことを残しておくことは……」
そういう東雲さんの表情を、僕はどう表していいのかわからなかった。いろいろな感情が混ざりあっているけど、それを押し隠しているような、なんとも表せない表情だった。
ほんの少し気になったから聞いたことで、まさか東雲さんのあんな表情を見ることになるとは思わなかった。
そして僕はこんな雰囲気で言うのもアレだけど、もう一つの気になったことも聞くことにした。
「あの、後で調査しておくってどういうことですか」
「なにがだ?」
「調査するのに時間がかかるのはわかるんですけど、それでも今から始めてはくれないんですか? メルの言い方だと今すぐには無理みたいな感じがしたけど……」
依頼をしに来ておいて、そんな細かいことばかり、文句を言ってばかりだけど、僕は焦っていたのだ。心情描写では自分のことより周りの描写ばかりをしていて伝わりづらいと思うけど、やっぱりこんな経験をしといて気丈に振る舞えるほど物語の主人公のような人間ではないのだ。
たとえ周りに流されやすくて、すぐに目的を忘れていたとしても、だ。
「大智がいってたじゃんか。その妹がいた痕跡が残ってないって。大智の中以外から消えちゃったって」
「いったけど……」
「それってつまりさ、調査のしようがないじゃんか」
言われてみれば確かにそうだった。存在していない存在なんて捜すことも調べることも無理難題にも近かった。
「でも、それじゃあどうやって妹を」
「まあ落ち着けって。もう説明したはずだよ、ここは『不思議な力』を専門にしてるってさ」
椅子に深く腰掛け、腕を組み足を組む。幼い容姿なのに社長みたいで偉そうだ。いや、実際に部長ではあるのだからこの部では偉いのだろうけど。
「私たちだけではどういった『不思議な力』が関わっているのかわからないときは、知り合いのそういったものに詳しい人に詳細を伝え、調査の手助けをして貰っているんです」
「探偵部はそういった……人脈? まあそういうのが凄いからな!」
メルはふんぞり返る。東雲さん並みの『巨』と呼ばれる胸ならばそれは男にとってとてもいい光景ではあるけど、綺麗な凸の一切ない曲線を描いているメルでは別になんとも思わなかった。
「なにやら邪な気配が」
「?」
東雲さんの台詞にビクッとする。
女性の感は鋭いとか聞いたことがあるけど、あながち嘘じゃないのかもしれない。メルはさっぱり感じていないようだけど。
「で、でも、それでも、今すぐその方に伝えて」
「だから落ち着けってば。こういうのは急いだからどうにかなるってものでもないんだよ」
僕は『不思議な力』については何にも知らない。だからここは僕よりも詳しく専門にしている人の言うことを信じて引き下がる。これ以上僕が何かを言って気分を害させる可能性もあるのだし。
「それに、今しないと、いまからしないといけないことがまだあるみたいだからねぇ」
そういってメルは窓の外をちらりとみる。
そういえば、僕がここに来てから数えても、メルは窓の方を何度も見ていた。外を気にしているような、そんな感じ。
「たった今久しぶりの依頼を受けたってのに、もう次の依頼とは、今日は忙しいねぇ」
「?」
メルは何を言っているのだろうか。今この部屋には僕たち以外には誰もいないと思うのだけれど。もしかして依頼の予約とか何かがあったということだろうか。いや、それでは僕が依頼しに来た時にまるで僕が久しぶりの依頼人であるように言っていたのがおかしくなるし、だからといって僕がこの部屋に来てから二人が外部と連絡をとっていたということもないし……。
「大智、とりあえず今日はもう帰ってもいいぞ。また明日、学校帰りにでも来てくれ」
いつの間にか……というか僕が色々と変なことに思考を巡らせていた間にメルに扉の前まで連れてかれていた。
「結奏、大きめの席を用意しておいてくれ」
「かしこまりました、メイ様」
メイの指示に従っててきぱきと動く東雲さん。指示を出しているメイ自身は椅子に座りながら飲み物を飲んでいた。
「…………」
依頼を受けてもらったのだから、もう僕がここに留まっている理由はないのだし、様子から察するにこれからここに誰かが来ることは明白で、僕はその人が持ってくるであろう『事件』とは一切関係がないのだから、部外者である僕がここにいては邪魔だというのはわかっている。
それでもここから立ち去るのが名残惜しいと思ってしまうのはなぜなのか。もしかしたら単純に非日常的なことに興奮してしまって、魅せられてしまっているだけなのかもしれないけど。
「…………」
まあ、何を思ったところで立ち去らないといけないことには変わりはない。ここで立ち止まっていればいずれ来るであろう人の邪魔になってしまう。
そう思い、僕は扉を開こうと手を伸ばす。
『――こス――な――』
「?」
声が聞こえたような気がした。
振り向いてみるが、そこではペットボトルから自分でオレンジジュースを注いでいるメイと、僕の座っていた席を端に持っていき代わりに一回り大きい席を準備していた東雲さんがいて、別に二人とも会話はしていなかった。
それに僕が聞こえた気がした声は男の人のような気がする。
『――ぉぉ――なこ――たん――』
また聞こえた。しかもさっきよりはっきりと聞こえた。
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!』
「!?」
誰かが叫んでいる。だいぶ低く野太い声。
『はぁぁぁぁぁなぁぁぁぁぁこぉぉぉぉぉ!!!』
そしてその声はだんだん大きくなっていき……というか近づいてきてる。
『どこにいるんスかはなこおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
誰かが走ってきている。効果音で表すならドタドタとかダダダとか。その音からだいぶ体重が重い人……大柄な人だと想像した。
もしかしてこの人がメルのいっていた依頼人かも知れない。もしそうなのならば、このままにここにたっていては――
「ここにいるスか!? はなこおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ぁ」
――危ない。そう考えが至った時には既に遅かった。
ガラガラと音を立てて勢いよく、乱暴に扉が開き、そこから想像通り大柄な男が飛び出してきて
「うわあああああああ――んんっ」
何かを巻き込んだわけではないけれど――いや、僕が巻き込まれてはいるんだけれど――イメージ的にはガラガラドシャーン。
大柄な男は僕とぶつかり、もちろんぶつかられた僕は支えきれるはずもなく、その衝撃で後ろに倒れる。
客観的に見たのならば僕は大柄な男に押し倒されたという感じだろう。少女漫画などで見る押し倒すとは全然かけ離れたロマンチックの欠片もないけれど。厳密に言えば違うのだけれど。
「ん゛ん゛!?」
ある意味その先のことが今、自分の身に起きていた。
「おおー」
「まあまあ」
メルと東雲さんの声が聞こえる。その声にどんな感情が篭っているのか、普段の僕ならば記していたのかもしれないけれど、今の僕にはそんなことを考える余裕すらなかった。
なぜなら、今、僕は、先ほど入ってきた、大柄な男に、床に倒れた状態で、覆い被さられており、さらには、その大柄の男の、口が、唇が、僕の、口と、唇と、触れ合っているのだ。
唇と唇が触れ合う。その行為を世間では『キス』と呼んでいる。
高校二年の6月のある日。僕は8月の17歳になる誕生日を迎える前にファーストキスを経験することとなった。それも、見ず知らずの自分より身長が20cmくらいは高そうな筋肉のある大柄の男で。
第2章に突入しました。
が、場面は前回からの続きです。
ただ、一応主人公である大智君の依頼パートが終わったのでここからを第2章としています。
第2章第1話のラストで何故か主人公が新キャラとキスしていますね。
本当になんでなんでしょうか。
キャラを制作した時も、ストーリーを制作した時もこんなことが起きる予定なんてなかったのですけど……
書いてたらいつの間にかこんなことに。
こういう突然の茶番のせいで内容がグダグダになったり、機動を修正するのに苦労しているのですけど、きっとこの先も私が予定していなかった展開が起きると思います