焼けゆく魂 04
ユアンは何を抱えているのか。何故ラグーン行きを志願するのか。ラウラは、それを明らかにする必要があった。
「ラウラ・アズル、入ります」
大きくノックし、返事を待たずにラウラは扉を開ける。
部屋の中央にある、美しい装飾の施された豪華な執務机の前まで進む。目の前にくるとようやく、その人は顔を上げた。
「手短にすませろ。私は忙しい」
氷のような眼差し。温度を持たない大理石の彫刻のようだ。ユアンと良く似ている。いやユアンが似ているのだ。彼の伯父である、クラウス・ラングハートに。
「お時間を取っていただき、感謝します。宰相」
アスファリア国王の信頼厚い、時の最高権力者であるクラウスは、ユリアスの年の離れた実兄である。ユリアスと十は離れていると聞いたから、今年でちょうど五十になるだろう。年を取り、冴え冴えとした眼光は、一層凄みを増している。
「本題に入れ」
「ユアンの件で、お伺いしたいことが―」
だがクラウスに、こちらの質問を聞くつもりなどないようだった。ラウラの言葉は途中で遮られる。
「グレンは、自分の師団にユアンを欲しいとお前に言ったそうだが」
ユアンの七歳年上の従兄である、第二師団長であるグレン・ラングハートは、クラウスの長男である。ラウラの後継として、次期騎士長の座を期待される男だ。
「……グレンの申し出は、私が断りました。彼はラグーンにユアンを連れていく気でいましたから。まだ、時期ではありません」
「腕に問題はないはずだ」
「彼の生活に、問題が」
切り返すと、クラウスは無言で全身を椅子に預ける。足を組むと、ラウラを見ながら薄く笑った。
「子供の遊びだ。いちいち干渉するな。くだらん」
やはり、知っていたか。ラウラは内心で舌打ちをする。
「そういうわけにはいきません。彼の精神面は、不安定です」
「不安定だと?」
クラウスはくっと口の端をゆがめる。
「お前に何がわかる、ラウラ。お前が想像するほど、ユアンは脆くない」
「しかし」
「私は八歳の頃からあれを育てている。半年しか知らぬお前が言うな」
「…………」
父親を亡くしたユアンを、クラウスが引き取ったという事実は知っている。だからこそ、今日ここに、話にきたのだ。
「父親が死に、母親が去っても、あれは涙のひとつも流さなかった。その精神力の強さが、わかるか」
クラウスの言葉に、ラウラは一瞬、耳を疑った。
「母親が、去った? どういうことです。一緒に暮らしていたのではないのですか」
クラウスは、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、鼻先で笑った。
「ラングハートの血をひくわけでもない、そんな女をなぜ家におくと? ユアンの教育にも邪魔だ。ユアンには、ラングハート家の人間としてふさわしい教育を施した」
「そんな。記録では、ラングハート家で生活していると」
「ああ、そういうことにしていた。表向きはな。でなければうるさい人間がいるからな。一方的な正義感を振りかざしてものを言う、ちょうどお前のように」
ラウラは目を見張った。血の気がひく。まさかという思いがよぎる。
その様子を察したのか、クラウスは不機嫌に眉を少し寄せる。
「くだらん想像はするな。言っておくが、生きている」
ラウラは思わず、安堵の息をついていた。
「あの女も、馬鹿ではなかった。ラングハート家で十分な教育を受けるのと、この私を敵に回すのと、どちらがユアンにとって幸福か、それくらいは判断できたようだ」
そう言ってクラウスは口角を上げる。
「結局、今では別の人間と再婚している。その程度の女だ。私の判断は間違っていなかったわけだ。まったく、ユリアスもくだらん女にひっかかったものだ。あれほど私が反対したのに。しかし、ユアンを生んだことだけは、良くやったと言わねばならんだろうな。あれはユリアスの生き写しだ」
満足気なクラウス。ラウラは腹の奥からふつふつとこみ上げるものを感じた。
「……あなたのことは、素晴らしい政治家として心から尊敬しています。あなたは間違いなく、アスファリアにとってなくてはならない存在です。ですが」
一旦そこで言葉をきって、ラウラにしては珍しく、感情を隠そうともせずに目つきを険しくした。
「ユアンに対するあなたのやり方は、間違っている」
ラウラの強い口調に、しかしクラウスは冷ややかな笑みを崩さなかった。
「覚えておこう」
それを最後に、ラウラは一礼して部屋を去った。
リーズは、ユアンの抱える心の一端を指摘した。だがそれだけではない。ユアンの心は、おそらくもっと複雑だ。自身を守ることに対して、ユアンがあまりに無関心であると危惧したことも、間違いではなかったと確信する。
ユアンの内心はわからない。簡単にわかることなどできないだろう。しかし、少なくともラウラは決心していた。ユアンをアスファリアから出し、クラウスから引き離す。後のことは、それから考える。
亡き友を思い、ただひたすらに胸が痛かった。