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焼けゆく魂 03

「ラウラ。食事、朝からずっと食べてないでしょう? 持っていけって、うちの上司(ミセス)が」


 部屋に響いたノックの音と共に聞こえた声。返事をして待つと、入ってきたのはリーズ・オワイトだった。


 リーズは騎士団本部にある厨房(ギャレー)で働く女性だ。女性、とはいいながら、ラウラとの年の差は十五もあり、小さな頃から知っているせいもあって、いまだにラウラが子供扱いしていることを良く不満がられる。


 一方でリーズも、昔と違って今では騎士長という立場のラウラに対して、昔のまま気安く話をするなと叱責を受けることもあるようだ。ラウラ自身がそれで良いと言っているので、何を言われてもリーズは気にしていない。


 まだ湯気の立つ食事を手に、リーズが側にやってくる。緩く波打つ長い金色の髪がふわりと揺れる。華やかな容貌は、騎士団員からの人気も高いようだ。


「悪いな。置いておいてくれ」


 ラウラは机に広がる書類をまとめると、机の端を空けた。すぐに仕事に戻ろうと思ったが、トレイを置いたリーズが何か言いたげに立っている。


「どうした?」


 彼女の顔を見上げて尋ねると、リーズは腕組みをして一つ息を吐く。それから思い切ったように口を開いた。


「ユアンのこと」


 ラウラは面食らう。リーズの口からユアンの名前が出てくるとは思っていなかった。

 事情はすぐに察することができた。ラウラの表情は曇る。


「……まさか、きみもか」

「そ、つきあってたの」


 ラウラはこれみよがしに大きくため息をついた。椅子に背を預け、書類から手を放してこちらも腕組みをする。


「リーズ。いったい、いくつになる?」

「二十六だけど、それが?」


 むっとするリーズに、ラウラは再びため息をついた。


「彼はまだ十八だぞ」

「関係ないじゃない。成人してるんだし」


 たしかにそれはそうかもしれないが。やれやれと呆れた様子でラウラは、先を促す。


「それで?」

「……ふられたの。つい、昨日。私だけじゃない。ユアンとつきあっていた子がみんなね」


 ラウラはさらりと言われたリーズの言葉の意味を理解しようと、頭痛がしそうなこめかみに手を当てる。


「……つまり、同時に複数人と関係があった、と」

「まあ、そういうこと。みんな、それを承知でつきあってたから、そんなことはどうでも良いのよ」


 良くはないだろう、と言いかけたラウラの言葉を待たずに、リーズは続ける。


「ユアンは誰に対しても本気じゃなかった。そんなこと、少しつきあえばすぐにわかる。だからほとんどの子は、すぐに離れていったけど」

「……きみは、長くつきあったのか?」


 リーズは肩をすくめる。


「長い方じゃない? ユアンが入団してから、昨日までの半年だけど。他の子に比べればね」


 ラウラは昨日のことを思い出す。ユアンにああは言ったが、まさかその翌日に、こんな結果になるとは思ってもいなかった。


「きみが別れることになったのは、私のせいだな」

「……どういうこと?」


 リーズの整った眉根が寄せられる。


「彼に、生活を見直すようにと言ったんだ。トラブルが多かったようだからね」

「……そうだったの」


 リーズは腕組みを解き、その場に膝を落とした。ラウラの座る椅子の肘掛けに両腕を組んでもたれると、その上に頬をのせた。


「……まあ、仕方がないか。どうせ、いつまでも続くような関係じゃなかったし」


 ぽつりといったリーズの言葉がひどく寂しそうで、ラウラは驚く。どう見ても、「仕方がない」というのは強がりだ。ラウラは彼女の頭をそっと撫でた。


「好きだったのか?」


 そう聞くと、リーズははじけるように顔を上げた。


「やめてよ。違うわ。わりきってつきあってたんだから、私は。落ち込んでるわけじゃない。ただ―」


 リーズの瞳が、何かを思い出すように、はかなく揺れる。


「……ユアンって時々ひどく、寂しそうだった」


 ラウラはユアンの顔を思い出す。気だるげで、あまり生気のない、冷ややかな美貌。


「ユアンは、寂しかったんだと思う。だってユリアス様は亡くなってしまった。ユアンは、お父様の愛情を受けることができなかった。だから、寂しさを埋めようとして、誰からの誘いも断らなかった。でも、本当に欲しいものじゃないから、誰に対しても本気になれない」


 ラウラは思わず嘆息する。自分も彼のことは気にかけていたつもりであったが、そこまで()んでやることができなかった。では、ラグーンへ行きたいと願うユアンの根底にあるのは、やはりユリアスなのだろうか。ユリアスは()の地で、命を終えた。


「もうつきあえないからっていって、ユアンが最後に何て言ったと思う?」


 リーズは小さく笑う。笑っているが、彼女の瞳は泣いているように揺れていた。


「幸せになれよ、だって。いままで見せたことないような優しい顔で」


 リーズは必死で、喉から出掛かっている感情をかみ殺すようにして苦笑いする。


「たぶんあれって、きっと、本心だったと思う。ねえ、ラウラ。ユアンはあれで、優しいところもあるのよ。ほんと、たちが悪い」


 ラウラは今一度、彼女の頭を優しく撫でた。苦い顔をしていたリーズの頬に、涙が一筋、こぼれる。


「私、聞けなかった。それじゃあユアンはどうしたら幸せになるのって。ユアンの幸せそうな顔、私、一度も見たことがない」


 そう言ってリーズは両腕に顔を伏せてしまう。


「……大丈夫。彼のことは、私が責任を持つ。心配しなくていいよ」


 リーズの細い肩が、小さく震えはじめる。


「リーズ、いつかきっと、乗り越えられるよ。人はその痛みを乗り越えて、幸せになるのだから」


 頭をゆっくりと撫で続けながらそう言うと、リーズはゆっくりと顔を上げた。

 ラウラは机からハンカチを取り出し、リーズの涙を拭いてやる。


「私のように、いまだに独り身でも、なんとかやっていっている人間もいる。それに比べて、きみはまだ若い。いくらでも良い人にめぐりあえる」


「……そうね。私、ラウラみたいに、その年まで独身なんて耐えられない。そうなったら、ラウラが貰って」


 涙目のまま小さな笑みをこぼしたリーズに、ラウラも思わず相好を崩した。

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