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焼けゆく魂 02

「さて、と」


 ラウラはユアンに向き直る。ユアンも長身だったが、ラウラの方がまだ少し目線が上にあった。


「何か言いたいことは?」

「立ち聞きとは、趣味が悪いですね」


 悪びれもなくそう言うユアンに、ラウラはため息をついた。


「少し、火遊びがすぎるな」


 特別、彼が女性に関心があるとは思えない。むしろ関心があるのは女性の方で、ユアンはいつも受身だ。騎士団内に女性は少ないが、騎士団だけでなく、王宮の侍女たちにも、ユアンは有名であった。彼は決して断らないと。


「そんな規則があったとは、記憶していませんが」

「ない。だが個人的に心配している」

「それはどうも」

「関係を持つなと言うつもりはない。だがもう少し節度を持つべきだ」

「いつからあなたは俺の保護者に?」


 冷ややかな笑み。人によっては、馬鹿にしていると受け取るだろう。だがラウラはそう感じてはいなかった。ただ一層心配になるだけだ。ユアンの希薄さが。危うさが。


「きみは私にとって、息子も同然だ」


 ラウラは心の内を、つつみ隠さず言葉にした。


「ユリアスの、大事な忘れ形見だからね」


 その瞬間、ユアンはラウラから目を逸らした。


「……あなたの知っている人と、俺は、違う」


 そのときユアンの瞳の奥にうつったもの。やりきれなさと、悲しみと、そして諦めにも似た光。それでラウラははじめて知った。ユリアスの姿と重ねられること。それがユアンにとって、喜ばしいことではないということに。


 ラウラは一瞬言葉に詰まった。ユリアスに良く似ている。そういう視線を多分彼は、これまでずっと感じて生きてきただろう。今まさに自分が、そうした。


「……私は、きみ自身を否定しているつもりはないよ」

「…………」


 ユアンは視線を逸らした。もう、いつも通りの彼に戻っている。感情を隠すのは得意なようだ。


 ラウラはひとつ息をついて、話を変えた。


「とにかく、トラブルのない生活を。それができないのなら、次のラグーン駐屯部隊への参加も、却下せざるをえないな」


 そう言うと、ユアンは目を見張ってこちらを見た。


「月例戦で、十八勝しています。条件は、クリアしているはず」


 月に一度の、騎士団員同士での実践試合。互いの武力向上のため、騎士団創設以来の伝統だ。一人あたり、一度の月例戦で最大三回参加する機会を与えられる。

 ユアンが騎士団に入って半月。つまり彼は、入団以来、すべての月例戦に参加し、すべての戦いで勝利しているのだ。普通なら、一年で十勝すれば上出来な方だ。


 実際、ユアンには素晴らしい素質があるとラウラも思った。バランスのよい体格、生まれつき備わった勘、ラングハート家で身に着けたであろう一流の技術。何よりユアンの動きには迷いがない。


 だが、その迷いのなさに、ラウラは不安を覚えるのだ。ユアンは自分の身を守ることに対して、あまりにも執着がなさすぎる。


 ラウラにとって、いや騎士団にとって、最も重要なのは生きて戻ることだ。仮にユアンにトラブルがなかったとして、ユアンを国外に送り出すことをラウラが承知したとは言い難い。


「戦歴だけが、条件ではない。駐屯部隊は、二カ月間も国を離れて生活する。それだけで団員にとっては大きなストレスだ。送り出すこちらの身としては、彼らの体と精神(こころ)の両方に配慮しなければならない。きみと一緒にいて、同僚がストレスを感じないと言い切れるか?」


 さきほどのルイスとのやりとりを目撃されて、さすがにユアンに言い返せる言葉はないようだった。


 奥歯を噛み締めるように、ユアンは言葉を絞り出す。


「……以後、気をつけます」


 ラウラは小さく安堵のため息をついた。ユアンに聞きたいことは山ほどあるが、今日はこれ以上の追及は良くないだろう。


「わかってくれたらのなら、いい」


 去り際に、ユアンの肩を軽く。それに何も答えず、ユアンはただじっとその場に立ち尽くしていた。

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